第6話 パウラ、戦略と戦術を教えられる

「ヘルムダール大公は、聖紋オディラのある直系女子が継ぐ。

パウラもそれは知っているね?」


こくりと頷くと、母も頷き返してくれる。


「私やパウラは、他の公国の女子のように他家へ嫁には行けない。

4公家から夫を選んで、ヘルムダールへ入ってもらうことになる。

これは黄金竜オーディとの約束だからね、どうしてもそうしなければならないんだよ。

ヘルムダールに生まれた女子の、運命だね」


レモン水の入ったグラスを傾けながら、母は続けた。


「でもね、だからといって誰でも良いとは思えないだろう。

少なくとも、私は思えなかった。

限られた範囲ではあるけれど、その中で最も好ましい人を夫に迎えたいと思った」


限られた範囲にいる対象から、絞り込みをしたということか。

それならば母のとった方法は、現在パウラが抱えている問題にも応用できるかもしれない。

それに見事目標の「ヘルムダールの跡継ぎとして送る普通の生活」を手に入れたなら、当然結婚も視野に入れなければならないわけで。

そうしたら今のうちから、せめてリサーチくらいかけておいた方が良いには違いない。

これはかなり聴くべき意見だと思う。

パウラの小さな身体は、思わず前のめりになる。


「まずは対象になりそうな公子を調べることから、私は始めた。

容姿、人となり、趣味に特技、それから評判、そんなとこかな。

そしてできるだけ直に会う機会を作った。

幸いヘルムダールの娘なら、4公家の行事に招待される機会は多いからね。

それを何度か繰り返していれば、好ましいなと思う人がわかるはずだよ」


リサーチ後の現ブツ確認が必要ということか。

いや、それは難しいのではと、パウラは小さな唇を引き結んだ。

4公家の公子なら、それもかなうだろう。

けれど聖使となると、話は違う。

滅多には会えないはず…と、ここまで思ってはたと気づいた。

ある!

4公家主催の竜の祭典は、たしか2年に1度行われていたはずだった。

その時には、祭典の主役となる竜の代理人、聖使が必ず招かれる。

そしてそこには、ヘルムダール大公も招かれるはずである。


「わかりましたわ、おかあさま。

わたくし、こんやくしゃこうほの方々について、調べてみることにいたしますわ。

秋の祭典にまにあわせますから、どうか今年はわたくしもお連れください。」


ぱぁっと笑顔になったパウラに、つられるようにして母も笑う。


「今年は水竜、ヴァースキーの祭典だね。

ああ、そうだ。

それならテオドールと一緒に行ってくると良い。

先方には、早めに伝えておこうね。」


自分の教えを瞬時に吸収し反応するわが娘に、母は満足そうな顔をしている。

ウチの娘、天才かも…親バカ中のようだ。

今のパウラは6+数千年分の人生経験があるのだから、反応が速いのは当然といえば当然で、残念ながら天才ではない。



(ごめんなさい、お母さま。

お母さまのおっしゃる4公家の公子は、どちらかというと「ついで」ですわ)



本命は聖使の4人。

あの曲者揃いの面々であれば、準備期間は長いほどありがたいというもの。

17才で黄金竜の泉地エル・アディへ召喚されるまで後11年ある。

黄金竜の泉地エル・アディへ上がるまでに、適度に好かれるための下ごしらえをしておかなくては。

まず当面の攻略対象シモン・ヴァースキーに絞って考えてみる。

あの黒い微笑の美少年は、何を嫌っていただろうか。


「あーーー、女の子ってめんどくさい。

助けてもらって当たり前って顔、僕キライなんだよね」


前世、「試練の儀」課題の遠征時、不意に受けた襲撃に、がくがくと震えてすがるエリーヌにシモンが放った言葉。

心からうんざりした様子で、彼にとりすがるエリーヌの細い手を引きはがしていたような記憶がある。


武術を習おう!

なにかあっても自分の身は自分で守れる、その程度には。

そうすれば11年後には、きっと役に立つ。


「おかあさま、こんかつにも体力がひつようですわね。

わたくしもヘルムダールの女子のたしなみとして、ぶじゅつを習いたいですわ」


小さな拳を握りしめて強請るパウラに、母の機嫌はますます良くなった。


「良いね、それは本当に良い考えだと思うよ。

良い教師をつけようね。

ああ、近衛の騎士に一人心当たりがあるよ。

楽しみに待っておいで」


やはり母は頼りになる。

示された基本方針は実に現実的で、だからこそその次にくる問題解決方法を、より具体的に考えることができたのだと思う。

父がデレデレになるはずだ。


「おかあさま、とっても嬉しいですわ。

ありがとうございます」


お礼を言って、パウラはようやく空腹を自覚する。

ナプキンを膝にひろげると、食べやすそうだと思われるものをメイドがとりわけてくれる。

パウラの手にしたスプーンの上で、コンソメのジュレがブルンと揺れた。

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