第五十一話・首都観光

「さて、我々は議事堂の方へ向かうか」


 修道女を見送り、二人は本来の目的を果たすべく行動を始める。

 ソロモン七十二柱序列一位バアルの元へ七十二柱死亡報告。

 グレモリーのせいで同行する羽目になったがそれももうすぐ終わる。

 大和は背伸びをした。

 与えられた罰から解放されたら、もっと大きな背伸びをしよう。

 また同じ時間をかけて帰らなければならないが、その頃にはグレモリーも解放感に浸って和やかな雰囲気になっているだろう。


「お前が勝手に動いてなければ今頃家にいたのにな」

「終わった事をねちねち言うでない。性格が曲がるぞ」


 嫌味を言ってみるが、グレモリーに効果はない。

 言われ慣れているからだろう。この上なく憎たらしい。

 とにもかくにも、二人はバアルに会うため議事堂に向かうが、問題があった。

 ウォフ・マナフの三倍はある面積を歩きで目的地まで辿り着くには土地勘が足りなかった。

 だが外から街を眺めた時に修道女が高い建物を指差して、あれが議事堂だ、と言っていた。それに先ほどと同様に道を聞けばすんなりと教えてくれるだろう。

 グレモリーの「都の者は気位が高い」というのは嘘にしか思えない。

 おそらくは彼女の思い過ごしだろう。


「それじゃ行くか」

「いや待て。我は小腹が空いた。昼餉ひるげにするぞ」

「帰りたいんだけど」

「そう言うな。せっかく都へ来たのじゃ。知らぬ土地の味覚を体験するのも悪くはあるまい」


 陽光が真上から燦々と降り注いでいる。

 なるほど。昼食にはうってつけの時間である。

 大通りの出店はどれも美味しそうな食べ物ばかりだった。

 少しの息抜きならバアルも許してくれるだろう。

 裁判以来会っていないが、七十二柱の中では話が通じる方だと思っている。


「ちょっとだけな」

「よぅし! そうと決まれば食べ歩きじゃな! 行くぞ行くぞ!」


 大和の手を引っ張り、グレモリーは来た道を引き返した。

 あまりの初速に大和の体が浮いた。

 地に足を着け、なんとかついていく。

 食べ物に惹かれて目的を後回しにするグレモリーの姿は実に幼稚だ。

 余程腹が減っていたのか。憎き相手を信仰する修道女がいなくなってたがが外れたのか。

 だがこれでこそグレモリーだ。

 心のどこかでいつもの、本調子のグレモリーに戻るのを待っていたのかもしれない。

 まだまだ知らない事は多いけれど、彼女との関係に慣れはじめてきたようだ。 

 大通りに出たグレモリーが真っ先に立ち止まったのはドラゴンの串焼きを薦めていた店だ。


「主人! それを十人前くれい!」

「あいよ! 気前いいね! 姉ちゃん! 銀貨十枚だよ!」


 懐から銀貨を取り出し、店主の前に置く。

 受け取った店主が銀貨を数え、十枚ある事を確認すると串に刺したドラゴンの肉を鉄板の上へ。

 触れた瞬間、じゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いが漂う。


「姉ちゃん、どっかで見た事あるねぇ。なんだっけなぁ」

「無理に思い出そうとせずともよい。早う食わせておくれ」

「せっかちだねぇ、姉ちゃん。ほれ、召し上がれ。兄ちゃんも」


 一本ずつ手渡されたのは四角に切られた肉が三つ刺さっていた。

 悪魔界に来てからドラゴンの肉を食す機会は何度かあったが、肉質が硬すぎてとても食えたものではなかった。

 隣で汚ならしく貪り食うグレモリーは何の苦もなしに噛み千切っている。

 恐る恐るかぶりつくと、驚くほど柔らかく、歯が通る。

 味つけは塩胡椒だけのようだが溢れる肉汁の甘味が口一杯に広がり絶妙な旨さを醸し出している。


「うっま!」

「ほう。これは絶品じゃの」


 二人とも揃って舌鼓を打つ。

 その様子を調理しながら嬉しそうに眺める店主が壺に入ったタレをつけてグレモリーに差し出した。


「うち特製の秘伝タレだ! 本当は追加で金貰うが、お二人さんにサービスだよ!」

「いい匂いじゃな。何を使っておる?」

「そりゃ言えねぇ。が、悪いモンは使ってねぇ。食べてくんな」


 透明感のある琥珀色のタレが陽光に照らされて輝く。

 二人同時にかぶりつく。

 しっかりとした甘味。仄かな酸味。果物でも使っているのだろうか。


「美味じゃのー。都ならではじゃな」


 初めは嫌々訪れた首都だったが、こうも美味い食べ物があると気が変わってくる。

 夢中で食べていると店主から紙袋を渡された。


「残りの八本だ! 半分にしているから仲良く食べな!」

「感謝するぞ!」

「ありがとう!」


 離れた途端、二人の食いっぷりを見て食欲を刺激された大勢の客が押し寄せる。

 それを尻目に二人はドラゴンの串焼きを食べる。

 周囲の目が集まる。


「あれ美味しそうだ」

「行儀悪い」

「お母さん! あれ食べたい!」


 もし、一人だったら耐えきれず裏道にでも逃げ込んでしまいそうだが今は隣にグレモリーがいる。

 普段着ですら胸の谷間と腹回りをさらけ出している彼女と一緒にいる事に比べれば、全く気にならない。

 グレモリーの性格が移ったか。

 なぜか酷く冷静に分析する事ができた。


「そこの色っぽいお姉さんとお連れのお兄さん! 生搾り果物ジュースはいかが!」


 一つ目の店主が両手に果物を持ち、客引きをしている。

 宙に浮いたいくつかの果物が、店主が「はいっ」と合図すると一斉に萎んでいく。

 落ちる果汁が木製の容器に注がれ、商品ができあがった。


「魔法が使えるのか、お主」

「へへっ、まぁね。簡単なやつしかできないけど」

「気に入ったぞ。二杯貰おうか」

「ありがとさん! 銅貨四枚だ!」


 容器に蓋をし、ストローを刺して手渡す。

 金を払って飲み物を受け取り、店主に別れを告げる。

 片手に串焼き、片手に飲み物。腕には串焼きが入った紙袋を提げて街を練り歩く。

 商店街を抜けると、大きな水路に橋が架かっていた。

 一休みできるベンチに腰掛け、雑踏の狭苦しさから開放された。


「祭りかって思うほど多かったな」

「首都はこんなものじゃ。やつら、群れるのが好きなんじゃよ」

「偏見だろ」

「否、偏見ではない」


 今しがた買った飲み物を一息に飲み干し、コップを握り潰して粉微塵にした。

 誰もみていない事を確認すると、さりげなくベンチの裏に手を回し木屑を捨てた。

 そよ風に流されていく木屑を見送り、静かに口を開いた。


「勘じゃ」

「何だよそれ」


 呆れつつグレモリーの方に顔を向けると、そこには魅惑の微笑。

 他人を小馬鹿にする気持ち悪い笑みはなく、純粋のこの状況を楽しんでいるかのような。

 思えば、任務以外で、それも二人で飲み食いする事など今までなかった。

 せっかくの休日もスパルタな特訓ばかりだった。

 懲罰中だが、これはデートではないのか?

 一度そう考えてしまうと無駄にグレモリーを意識してしまう。


「どうした? 顔が赤いぞ」

「い、いや。何でもない」


 そっぽを向いて誤魔化す。

 果物ジュースを飲み、熱を帯びた頬を冷ます。肉を噛み千切る。


「……我に惚れたか?」

「はっ?」

「ま、仕方ないの。我ほどの美人、引く手数多。悪い気はせんな」

「勘違いすんなよ! グレムはただの仲間だって!」

「はっは! 怖い怖い」


 串焼き三本目に突入したグレモリーは変わらないペースで食べ続ける。

 冷やかすばかりのグレモリーにやり返したい気持ちが芽生えた。

 似た系統の質問を投げかけてみる事にした。


「じゃあさ、グレムは俺の事どう思ってんだよ」


 問われたグレモリーは目をぱちくりさせた。

 肉に噛みついたまま硬直。再び動き出して、咀嚼を始める。

 驚いているのは明らか。さて、なんと答えるか。

 わざとらしくごくりと音を出して、肉を飲み込んだグレモリーは一瞬飛んでいる鳥を目で追った。


「紆余曲折あったが、良き仲間と思っておる。お主の事は嫌いではないぞ」


 ふざけた答えを出してくるかと思いきや、至極真面目な回答をしてきたため、どう反応していいかわからなくなってしまう。

 だがこれはグレモリーの本心。

 疑わず、裏を読まず、そのままの意味で受け取って問題ないだろう。

 よくわからない空気が二人を包む。

 話を切り出した方がいいのか否かと悩んでいると、横から手が伸びてきて、大和の紙袋から串焼きを一本奪った。


「貰うぞ」

「はいはい、どうぞ」


 早くも食べ終わったグレモリーが六本目に手をかける。

 まだ三本目の大和は顎が悲鳴を上げていた。

 いくら柔らかく調理しているとはいえ元は硬いドラゴン肉。

 人間の咬合力ではさすがに限界がある。


「残りもやる」

「誠か! では遠慮せずに頂くぞ」

「これ食べ終わったら議事堂に行くか」

「まだじゃ。食後の甘味が残っておる。そうじゃ! 串焼きをくれたお礼に我が直々に買ってきてやる! そこで待っておれ!」


 串焼きを無造作に大和に渡して商店街へと戻っていく。

 すっかり弱々しくなってしまった顎でちびちびと啄むように肉を食べる。


「『良き仲間』か……」


 それぐらいの関係性がちょうどいいのかもしれない。

 恋仲になる必要性はないし、なろうとも思わない。

 そもそも人間界で自分を殺した犯人を見つけた後、自分はどうなるのか。

 このまま一生悪魔界か、人間界に戻るかの二択を迫られる。

 今は戻りたい気持ちが大きい。

 だけど、


「大和! 買ってきたぞ!」


 グレモリーの行動によって左右されそうだ。


「これなに?」

「知らん! 甘味を探していたらそれを見つけた! これを食べながら行こうぞ!」

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