第三十九話・妖刀
両者同時に走り出し、刀を合わせる。
刀の伸縮、屈曲をできるだけ警戒しながらの立ち回り。注意が多方向に分散されるのは好ましくない。
それに武者鎧の絶妙なタイミングの攻めがマルバスのリズムを崩す。
「蠅が育てた獅子が如何程かと思えば、師には遠く及ばないなぁ」
「当然だ。師匠は誰かの手に届くようなお方じゃない。嫌味を言っているようだが、それは承知の上だ」
「ほほう、中々の心酔ぶりだな。それなら奴を崇める宗教にでも入信すればいいものを、なぜそうしない?」
「愚問だな」
踏み込んで斜めに切り上げる。
武者鎧は仰け反って避けるがマルバスが速く、胸部の装飾が真っ二つになる。
「俺が師匠に弟子入りしたのは……」
大きく振りかぶって降ろした真っ向斬りは武者鎧が上段に構えた刀で防がれてしまうが、『神速』の効果により威力と重さを大幅に増した斬撃は攻勢だった武者鎧を後退させた。
「師匠を越えるためだ」
幼少期、彷徨い歩いて辿り着いた竹林で問答無用にベルゼブブが襲いかかってきたあの日は忘れもしない。
その場で弟子入りし、死すら覚悟した稽古を生き抜いてきた。
今でもマルバスの最終目標はベルゼブブに勝利する事だ。
「そうかそうか。なんと、なんと」
マルバスの勘が全力で働く。
顔へ伸びた切っ先を超反応で避ける。その方向へ直角曲がったのも避ける。マルバスが逃げた方へ武者鎧の刀はどこまでも追ってくる。
『神速』で目にも止まらぬ速さで逃げ回り、武者鎧の後ろから斬りかかろうとするも、一瞬で元の長さに戻った刀の回転斬りを合わせられる。
「儚い幻想を抱いてる事よ。不可能だ、奴に勝つなど」
「俺が挑み続ける限り不可能じゃない」
「貴殿は知らないのだよ」
「何?」
退がりながら斬撃を受け続ける。
攻勢と守勢が目まぐるしく変わりながら、両者は言葉を交わす。
「奴は化け物、悪魔の皮を被った神だ。あの心技体、神の御業だよ」
「わかっている」
「それでも奴に追いつける、勝てると言うのか」
斬り上げる武者鎧の手首を片手で掴む。
突然の事で刀を伸ばす事も曲げる事もほんの一秒遅れてしまう。
マルバスにとっては充分すぎる時間で鎧ごと肩を深く切り裂く。さらに柄頭を鳩尾に当たる所に強く打ちつける。直接的なダメージはないが、生み出された振動は体を内部から揺らす。
「ぐぅっ」
堪らずマルバスと距離を取る武者鎧。追撃せずマルバスは見守る。
「追いつく追いつかない。勝てる勝てない。そんな話じゃない。強者に挑んで何が悪い。相手との絶対的実力差を知っても尚、挑み続ける事こそ誉れ。諦めた奴よりよっぽどマシだ」
ベルゼブブを越えるという目標を語ると応援してくれる者はいるが、武者鎧のように否定的な意見を言う者がやはり多い。
ベルゼブブの偉業を考慮すれば誰もが口を揃えて言う。
彼は神だ、と。故にベルゼブブを信仰する宗教が作られる。
ほとんどの悪魔が崇め奉り、「最強」の称号を持つ彼の弟子になったからこそ、越えたいと思うのだ。
「戯言をべらべらと……。貴殿の幻想、某が打ち砕こう」
刀が伸びる。弾く。刀身が折れ曲がって襲い来る。また弾く。その繰り返しだった。
嫌な戦い方だ。
どこまで伸ばせるのかは不明だが、屋上の端までは余裕で届くと予想する。
一向に間合いを詰められないままマルバスのスタミナが削られていく。
『神速』で一気に攻め入るのも方法としてはあるが、あまり有効ではない上に反撃で腕一本持っていかれかねない。
一撃で決着をつける方法はある。それを使う時をマルバスは見計らっていた。
「どうした! 防戦一方で攻めきれてないぞ!」
刀が元に戻った途端、武者鎧はマルバスとの距離を詰める。
振り上げた刀に合わせ、鍔迫り合いになる。
「某に手間取っているようでは蠅の王には届かん! それに貴殿、まだ本気ではないだろう!」
「……」
「その武器、巨神器だという事はわかっている! 出し惜しみはするな! 礼儀に欠ける!」
「なら遠慮なく使わせてもらおう」
武者鎧を押し返し、素早い二連撃。いなされてしまったが、問題ない。
どうせあちらは巨神器の固有魔法が発動するまで待つ腹だろう。
内心、武者鎧は後悔する事になると思いながらマルバスは刀に命じる。
「妖刀スリュム、俺に力を貸せ」
かつて起こった
悪魔軍総大将のベルゼブブに敗れ、その身を刀に封じ込められた。
怨敵の弟子の愛刀として永い時を過ごしたスリュムの腹の中を知る者はベルゼブブとマルバス以外にいない。
「固有魔法『
陽光が突如闇に遮られ、屋上一帯が薄暗くなる。
刀から無数の呻き声。それは徐々に大きくなり、はっきりとした言葉となって両者の耳に届く。
「あぁ、痛い。痛いよう」、「なんで俺がこんな目にぃぃぃ!」、「あいつ、絶対に許さない!」、「だれかぁ! 助けてぇ!」、「もう殺し、て」。
やがてそれらの声の主は幽体となりマルバスの刀から這い出て、武者鎧へ向かっていく。
「な、何ぞこの魔法は!?」
「気をつけろ、こいつら俺以外を敵味方関係なく襲う」
武者鎧は何かに気づき周囲を見回す。
幽霊達はマルバスの刀からだけでなく地面から屋上に入る扉から、果ては空中から次々と姿を現す。
老若男女、多種多様な種族、手足を欠損し、体が腐っていたりと同じ姿の幽霊は一体としていない。
それらが罪のない武者鎧に全方向から這い寄ってくるのだ。
自分でこの固有魔法を受けた事がないため、どれ程の恐怖があるかはわからない。
今まで使ってきた相手は皆一様に泣き叫び、抵抗虚しく幽霊に体を破壊し尽くされ死んでいった。
「うぉぉぉ!」
一心不乱に刀を振り回し、幽霊を斬る。しかし両断された部分が煙を払うように風に流れるだけで幽霊達は無傷。一旦足を止めるも、すぐに繋がりまた歩き出す。
「某の攻撃が通らん! なんなんだこいつら!」
一体の幽霊が武者鎧の背にのしかかる。
足元にいる幽霊が両足を掴む。
一際大きな幽霊が動きを止めた武者鎧へ豪快に拳を叩き込む。
他の幽霊達を搔き消しながら吹き飛ぶ。
「何故幽霊なのに攻撃が当たる!?」
『万幽霊園』の幽霊達は幽体なため相手からの物理攻撃は一切当たらないが、幽霊の攻撃は実体を伴い相手に当たる。
理由はマルバスも知らないが、ただ単にそういう魔法なのだと勝手に理解している。
自らの圧倒的不利を悟った武者鎧は幽霊を一体でも近づけまいとがむしゃらに刀を振るう。
マルバスは敵の余裕のなさを見逃さなかった。
幽霊の間を縫うように、伸縮する刀の隙を見切り、『神速』で武者鎧の懐へ潜り込む。
「一刀流居合……」
幽霊にばかり気を取られていた武者鎧はマルバスの接近に反応できなかった。
遅れて気づき、刀を振り下ろそうとするが大量の幽霊が纏わりついて動きが鈍る。
「このわかぞ……」
「霊気一閃」
抜刀した瞬間、禍々しい霊気を纏った斬撃が鎧を破壊する。
「がっはっ……」
血が飛び散り、武者鎧は数歩後退して膝をついた。
「お前らもういいぞ」
マルバスの一言で幽霊達は妖刀スリュムに全て吸い込まれて消えた。
屋上一帯を覆っていた闇も晴れ、陽光が燦々と降り注ぐ。
幽霊が残っていないか確認すると、武者鎧の頭に刀を突きつける。
「勝負あり、だな。お前に聞きたい事は山程あるが……。まずは、教えろ。お前は誰だ?」
「くっ、若造が。なんと、ふてぶてしい。師匠に似てる」
「答えになってないな。もう一度聞く、お前は誰だ?」
「わからんか。まぁ無理はない。貴殿もまだ若い。この世界の実情を知らんからなぁ」
話を逸らし、質問に答えようとしない武者鎧に苛立ちを覚える。
武者鎧が言う「世界の実情」がマルバスの知らない敵勢力の存在を示唆するものであるなら、是非とも欲しい情報だ。
多少、手荒な真似をする事にした。
顔面がとても蹴りやすい位置にある。
「ぶほぉ!」
思い切り蹴り、倒れたところで顔を踏みつける。
「勘違いするな。俺は交渉をしてるんじゃない。お前に命令してるんだ」
「頭が高い。実に頭が高いぞ。悪魔界黎明期を支えた某達に対する……」
「知らん。お前が何者だろうと、敵なら殺すだけ」
「容赦なし、か。それならば某は逃げるとしよう」
逃げれるはずがないと思いながらも、マルバスは刀を振るった。
兜が真っ二つになるが手応えはない。抜け殻となった鎧がそこに転がっているだけだった。
逃げられたが、追いはしなかった。
恐怖は充分与えた。出直さないと勝てないという事も武者鎧の中身はわかっているはずだ。
一応撃退はしたようなので、仲間の元へ向かう事にする。
と、その前にマルバスは鎧を調べる。
武者鎧が言っていた事が仮に全て事実だとすれば、身元を特定する何かがあるはずだ。
鎧を斬って裏側まで隅々まで見る。
「これは……」
その甲斐あって、マルバスはそれらしき物を発見した。
胴から吊り下げられ、腰から大腿部を守る
炎の背景に王冠を被ったヤギの頭の紋章が描かれている手の平サイズの丸い装飾品。
マルバスはそれが何を示すのかわからないが、何かの手がかりになると思い、紋章だけを切り取って懐へ仕舞う。
それからすぐに屋上から飛び降りた。
仲間達は大丈夫だろうか。
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