第三十七話・迅弓と超銃

 ――弓と銃、どちらを選ぶべきでしょうか?

 サミジナは自分の軍団に加入しようとする射撃能力に適正が見られた悪魔兵から必ず聞かれる質問を思い出していた。

 弓使いの自分にその質問はいささか失礼ではないかと毎回極々小さな怒りを感じつつもサミジナは決まって弓を薦める。

 弓使いが弓を薦めなければ筋が通らない、と以前グレモリーに言われた。

 それから小一時間続いた説教に、相談相手は慎重に選ぼうという教訓を得た。

 それが心に響いたのもあるが銃よりも弓を薦める明確な理由は二つある。

 一つ目は魔力を込める量。

 銃弾は大きい物で八センチに対して矢は平均して一メートル前後。

 媒体の大きさが違えば魔力を込める量に差が生まれ、火薬だかガスだかの力で発砲される銃弾にも引けを取らない威力を発揮する。

 特に巨大な図体の相手には魔力強化された弓矢が有効な手立てになる事がある。

 二つ目は銃を使う者は臆病者という風潮が悪魔達の間で存在するからだ。

 訓練すれば誰でも扱える手軽さ。一発で殺せる威力。速射性、連射性に優れている。

 そんな武器は銃ぐらいしかないだろう。

 だが長年の風潮は悪魔達に謎のプライドを芽生えさせ、銃を使っても仲間から臆病者と揶揄され手放す。

 普及率は極めて低く、銃を作るには高水準の技術を持った工房に頭を下げ、高い金を支払わなければならない始末。

 悪魔にとって銃とは一種の鑑賞品と化した。

 この二つの理由によりサミジナは弓矢を使う事を薦める。

 例え威力以外の性能が銃の方が圧倒的に上回っていたとしてもだ。

 なぜそんな事を今思い出したのか。サミジナはわかっていた。

 自分が戦っている相手がソロモン七十二柱唯一にして最強の銃使いベレトであるからだ。

 正直、ベレトと戦う事はサミジナ自身望んでいたところではある。

 従える軍団に示しをつけれる。勝てば今までより堂々と弓を薦める事ができる。

 仕組みは違えど同じ遠距離攻撃武器使いとして負けられない思いだった。


「……よし」


 二階の適当に選んだ教室に身を潜め、呼吸を整えたサミジナは感覚を研ぎ澄ます。

 足音なし。魔力感知に反応なし。気配なし。

 以前から諜報隠密活動を専門とするベレトの侵入技術スニーキングスキルは七十二柱随一。

 『索敵』の固有魔法がないと位置の把握は困難だった。

 だが必ず近くにいるはず。奇襲に備えて黄金に輝く矢を番える。

 聞こえるのは自分の呼吸と鼓動。

 ――どこから来るの? 横から? 上から? それとも……。

 次の瞬間、悪寒を感じてその場から離れようとしたが、反応が遅れてしまい銃声と共に足に刺されたような激痛が走る。


「っ!」


 足の痛みに耐えながら離脱する。


「当たったようだな」


 床をすり抜けてベレトが現れる。冷徹な視線がサミジナを射貫く。

 固有魔法『透過』。魔力を持たない無機物をすり抜ける魔法。ベレトにはうってつけの魔法だ。

 さらに彼女の武器は巨神器超銃ヘカトンケイル。固有魔法は『変形』。

 今手にしている銃は拳銃タイプだが本人の意思により機関銃や狙撃銃に一秒足らず形を変える。

 何でも人間界から銃の図鑑をわざわざ取り寄せて構造を一から勉強したらしい。そして変形でき得る全ての銃を完全に扱いこなせるまで訓練したという。

 そうしてベレトは自らの地位を確立したのだ。


「サミジナ、お前ならわかるはずだ。銃と弓の性能差を」

「ええ、勿論よ」

「なら話が早い。降参して、私達の派閥に加われ」


 ベレトの提案をサミジナは意外とは思わなかった。

 アガレス派の人数はバアル派の半分。

 悪魔界の敵となった集団に手を貸す者はそうそういないだろう。元々取り引きがあった者は別として、だ。

 ゆくゆくは悪魔界の覇権を握ろうとしているアガレス派がバアル派と対等に戦うには人数の補充が不可欠なのは容易に想像できる。

 他の面々の事も気になるが、今は目の前の相手に集中しなければ。


「今のあなた達は私達の敵。敵に加担する程、心は腐ってないわ。あなたを倒す……!」

「そうか。実に残念だ。お前とは気が合うと思ってたんだが、断るならしょうがない」


 ベレトの眼光が鋭さを増した。拳銃が一瞬にして機関銃へと変形する。

 殺気を感じるより早く、サミジナは飛び出していた。

 教室を出、廊下へ。

 ベレトが追ってくるのを見越して一度だけ振り返り矢を放つ。

 予想通り遅れて廊下へ出てきたベレトに当たる直前で銃弾と相殺してしまうが、サミジナの矢はその場で炸裂し、光の刃となってベレトを傷つける。

 怯むベレトだったが、銃口は容赦なくサミジナへ火を吹く。


「迅弓エンケラドゥスよ。その堅固なる意志で魔を守りたまえ」


 矢を番えている時間はない。防御魔法を詠唱する。


意志ウォルンタースの壁・パリエース!」


 廊下の形に合わせて輝く壁が出現する。

 銃弾を先へ通さない硬度を誇るが、あちらも巨神器なため長くは持たない。

 今のうちにできるだけ離れ、反撃の準備をする。

 絶え間なく与えられる銃弾の衝撃に耐えきれなくなった壁は割れて消えてしまった。

 サミジナは再び教室に隠れる。


「逃げるのがお前の作戦か? それなら私に分がある。どこまでもお前を追い詰めて殺す。私に課せられた任務はそれだ」


 今のベレトは諜報員ではなく、サミジナという獲物を狙う狩人。

 堂々と進み、声を荒らげる。


「お前も同じ臆病者だ! 武器なんか関係ない! 出てこい!」


 ベレトが銃を選んだ経緯は知らないが風潮通り、今までいくつもの後ろ指を指されてきた事だろう。

 だが負ける訳にはいかない。すぐに言葉を返す。


「私が逃げてなんかいないわ。あなたを倒す作戦を立てているのよ」

「何だと?」

「あなたと私が戦うのは予想できていた。そうでしょ?」

「ああ、そうだ。他は全員近距離戦。この場に来なくても探し出してお前と戦ったさ」

「私も同じ考えよ。だからずっと作戦を練っていたの」


 ベレトがサミジナがいる教室の扉の側にいるのを感じた。

 積極的に動くベレトは戦いを長引かせるつもりはないようだ。短期決戦でサミジナを殺し、他のアガレス派の悪魔に加勢する。

 そういう魂胆だろう。


「あなたは優秀な銃士。勝つのは難しいわ」

「ならどうする? 助けを呼ぶか?」

「でも思いついたわ。私一人で勝てる」

「……やってみろ!」


 扉を蹴飛ばして入ってきたベレトが銃を乱射する。

 ベレトの姿が目に入った瞬間にサミジナは三本もの矢を放った。

 その矢が三本から六本、六本から十二本へと増殖する。

 無数の矢が無数の銃弾を追尾する。

 貫き、破裂し、サミジナの元へと届かせない。

 やがて銃弾が底を突く。ベレトは軽く舌打ちをした。

 未だに消えない矢はベレトに装填する動作に入る前に襲いかかる。

 サミジナとの戦いを予想して着用した貫通と斬撃に特化した防護服が全く意味をなさない。

 血の臭いに包まれながら突進。

 機関銃から散弾銃へ形を変える。


「うぉあああああ!」


 ちょうどその時、矢の持続時間が切れ、光となって消えた。

 仕留めきれなかった、とサミジナ。

 向けられた銃口から火花が見えた。

 姿勢を低くして駆け出すも、放射状に射出された小さな弾丸から逃れるには少し遅かった。

 衣服を貫通して横腹と足に一発。掠めただけが数発。

 ベレトと正面から撃ち合えばこちらが死ぬ事をわかっていた。矢を射るまでに銃の速射性に負けてしまうからだ。

 だがここまでは作戦通り。あとはベレトが仕掛けに引っかかるかどうかだ。

 窓を突き破って再び廊下へ。ベレトの視界から消える。


「あいつ……」


 憎たらしそうに歯軋りをするベレト。作戦だろうと何だろうとまだ戦える体力を残していながら敵に背を向けるのは武人としての心構えを有無を疑う。

 ベレトは戦いに関してそういう考えを持っていた。


「殺してやる」


 散弾銃からまた形が変わる。普通の拳銃よりも銃身が一回りも違うリボルバー式大型拳銃。龍の鱗さえも一発で貫通する事ができる威力。

 サミジナの固有魔法があろうとそれを看破できるだろう。

 あるかどうかもわからない作戦に怯えていてはサミジナに勝てないし、仲間の救援にもいけない。

 警戒をしながら逃げたサミジナを追う。

 諜報員として必要不可欠な敵の位置を把握する能力。鍛えに鍛えた魔力感知は敵が通った道筋を視覚化する。

 サミジナは廊下の端まで行き、階段近くで右往左往した挙げ句、突き当たりの教室へ入ったようだ。

 中で弓を構えて待っているのか、とも思ったが魔力の放出量が違う。

 ともなれば、考えられるのは一つ。命中した散弾が深手となった可能性だ。

 次に備えて治療にあたっているのかもしれない。

 戦闘から意識が離れている今が好機だった。

 扉を蹴破る。魔力感知により入り口すぐ横の高い棚の裏側に隠れている。

 スピード勝負だった。引き金を引くが速いか、弓を射るのが速いか。

 ベレトは走り、棚の裏側に回る瞬間にサミジナの姿を確認すると、すぐさま発砲した。

 薬莢が落ちる代わりに銃が火を吹いた。

 仕留めた、と思ったのも束の間、違和感を覚えた。

 確実にサミジナに当たったはずなのに、リアクションが見られない。それどころか流血もしていない。

 床に座り込むサミジナは全く動かない。


「何だ……?」


 ゆっくり近づく。

 目の前のサミジナから感じ取れる魔力は確かにサミジナのものであるのに、からは生気を感じず、ベレトを恐怖が取り巻く。

 目に映るサミジナらしき物は何なのか。その疑問はすぐに解消された。

 伸ばした手が触れずにすり抜けたのだ。


デコイ……」


 無意識に口に出していた。

 魔力感知を欺くためにわざと魔力を放出、残留させておく技術は存在するが形を伴うものは見た事も聞いた事もない。

 おそらくサミジナの固有魔法によるものと判断した時、目の前のサミジナが頭から光る霧になって教室の外へ出ていく。

 慌てて追い、開け放たれた入り口から見えたのは直立して弓を構えるサミジナ。光る霧は彼女の体へ吸い込まれていっていた。


渦巻くボルテックス意志弓・アルクス!」

「っ! このっ!」


 弓を放つのとほぼ同時に引き金を引いた。

 回転する黄金のオーラを纏った矢はベレトを吹き飛ばしながら覆い隠す。

 だが大型拳銃へと変形した超銃ヘカトンケイルから発砲された弾丸はサミジナの矢を受けてもその勢いが衰える事はなく、サミジナの胸を貫通した。

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