第二十四話・最強からの警告
まず驚いたのは、内装は古民家のような造りになっていたことだ。石の玄関に木の床。部屋の中央には囲炉裏があり、天井から下げられた鉤には鉄瓶が引っ掛けられている。
さらに家具までも悉く日本を思わせる物ばかりで桐箪笥、植物が描かれた襖。その隣の床の間には水墨画の掛け軸と生け花、刀掛け台が飾られていた。
「珍しいか、俺の家が」
「えっ? いや、やけに日本式だなと思って」
「ああ。俺の趣味だ」
「趣味?」
「まだ規制が緩かった時に日本に行ったことがある。あそこは良い国だ。日本人のお前もそう思うだろ」
「俺が日本人ってわかるのか?」
「わかるさ。大和って名前は昔の日本の地名だ。それくらい知ってる」
ベルゼブブは戸棚をごそごそと漁っている。少しして右手に茶筒、左手に急須を持って囲炉裏の側に座った。
「立ってないで座れ」
「あ、じゃあ」
囲炉裏を挟んだ反対側に座る。しばしの沈黙が窮屈で部屋をキョロキョロしたり、指を弄んだりして暇を潰す。そうして気を紛らわしていないと、窮屈さに息がし辛くなるようだった。
終始そわそわしている大和には目もくれず、ベルゼブブは茶筒の中の茶葉を一掴みして、急須に入れる。温めておいたであろう鉄瓶の湯を急須に注ぐ。
「お前に関する話は全て聞いている」
鉄瓶を鉤に引っ掛けながら口を開いた。
「俺がこの座に就いてから一番の大事件だ。情報は館を介して常に耳に入る」
「その………」
「謝らなくていい」
大和の行動を予知して先に制した。
急須を静かに回して湯呑みに注ぐ。
「裁かれるべきはお前を殺した犯人。俺も犯人の殺した目的と人間界に行った方法を考えたが録な物が浮かばない」
緑茶で満たされた湯呑みを大和に渡す。熱すぎず温すぎないちょうど良い温度の緑茶から漂う匂いが懐かしい。一口飲む。
「犯人像は?」
「さあな。だが悪魔界の内情を知っている口振りから、悪魔界の誰かであるのはほぼ確定だ。まぁ別の奴の可能性もあるがな」
「それは他の悪魔達も言ってた」
「目的の方だが、ベルフェゴールのオジキとマダム・マモンの所で聞かされたのが一番有力だな」
「『一成る者』のこと?」
「そうだ。ゴタゴタしたがお前らが俺を訪ねたのはそいつが何者かを知るためだろ」
グレモリーや巨神器が喧嘩を売りそうになったりしたせいで忘れていたが、一行は怠惰と強欲の大罪に薦められてベルゼブブの元を訪れたのだ。
「『一成る者』は九つの種族、具体的には神族、天使族、悪魔族、妖精族、巨人族、竜族、
ベルフェゴールの時は種族の内容までは教えてもらわなかったが、彼は細かく知っていた。
悪魔界に滞在して十数日。人間がいかに珍しく、出会いにくい種族であることは散々聞かされてきた。
人間以外の種族はどうにかして入手できそうだが、人間は人間界にしかおらず行くにも規制が非常に厳しいため入手は不可能と言える。
だがら犯人はなんらかの方法で人間界に来て大和を殺して悪魔界に転生させた。いや、それでは筋が通らない。
転生させる必要はないはずだ。その場で殺してその場で血を取り込めばいい。なぜ犯人は転生させるような手間を取ったのか。
「なんで犯人は俺を転生させた?」
ベルゼブブに言った訳ではないが、自然と口に出ていた。
「『一成る者』に成るためには時間が掛かる」
「どれくらいだ?」
「知らん」
「え………」
「『一成る者』について書かれてる本を読んだことがある。うろ覚えだがすぐに成れる者ではなかったはずだ」
「それが俺を転生させたのとどう関係してくるんだ?」
「成る前に殺されるのを恐れたからだろう。それに悪魔界だったら自分の考えに賛同してくれる奴を足止めにして時間稼ぎになる。そんなところだろ」
「なるほど」
一応理解はしたが、まだ腑に落ちない所が幾つもある。それを消すにはやはり『一成る者』が詳しく書かれた本を手に入れることだ。だが焚書で全てが燃やされたとベルフェゴールから聞いていたので望み薄ではある。
「ベルフェゴールにも聞いたけど、もうその本は一冊もないのか?」
なにも言わないベルゼブブ。その顔は大和を見つめ続けており、仮面をつけているので考え込んでいるのかすらわからない。右目に相当する部分に開けられた穴は変わらず暗く、目元をみることができない。
「心当たりならある」
「本当か!」
「今はヴァサゴ達が防衛線を張っている四つの街。そのどれかの小学校に寄贈されたって話がある。あるとしたらそこだ」
「なんでまた小学校なんかに?」
「さあな。誰が寄贈したのかもわからん。だが教育機関の書物までは手出し出来なかったとは思う。批判の対象になるからな」
話が出来過ぎている気もするが、一筋の希望が見えた。前線に行くのは危険だと思うが、大和には頼もしい仲間がいる。彼らと一緒ならば大丈夫だ。
「喜んでいる所悪いがお前はなぜ俺が二人で話したいって言ったかわかるか?」
今まで話した内容なら特にグレモリー達に聞かれても問題ない。むしろ共有すべき内容だ。
「………わからない」
「俺が伝えたいことは一つだけだ」
ゴクリと唾を飲んだ。
「グレモリーを信じ過ぎるな」
なんで、と聞き返そうとする前にベルゼブブは席を立ち、家から出ていった。
自分で考えろということか。
他人からグレモリーを信じるなと言われたのはこれで二回目だ。
一回目はオセーを倒した後にフルングニルから。たった今ベルゼブブからので二回目。
フルングニルが言った時はただの悪口の域を出ないと当時は思っていたが、あれはもしかするとベルゼブブと同じく警告だったのでは。
グレモリーは命の恩人。発言はウザいがなにかと尽くしてくれる。彼女を信じ過ぎるなと言われて、簡単には受け入れられない。
しかしベルゼブブがわざわざしてくれた警告を無視する訳にはいかない。
大和は最強の言葉を頭に留めておくことにした。
冷たくなった茶を飲み干し、家を出た。
外ではベルゼブブが切り株に腰掛け、その前に悪魔三人が横一列。
グレモリーと目が合うなり、こっちに来いと手招きをされる。
先程の警告がよぎり、ベルゼブブとグレモリーを交互に見やった。
彼の真意が気になるところだが、行動を共にしている点で恐ろしさはグレモリーに軍配が上がる。今後なにをされるかわかったものではない。
近寄るとすぐさまヘッドロックを掛けられた。
「ベルゼブブになにか吹き込まれたのではなかろうな」
いつもより低い声で囁かれる。吐息が耳をくすぐった。ギリギリと腕の力が強まってくる。
「い、いや。特に、なにも、ない、です」
「
「は、い」
下手くそな腹話術師のような喋り方になってしまうのは仕方ない。とにかく悟られないように言葉を紡ぐ。
グレモリーの尋問と大和の回答が何度か続き、ようやく解放された時には首が赤くなっていた。少し息苦しい。
「いいか、ガキ共。『一成る者』についての本の在処は大和にも伝えた。どうするかはお前らに任せる」
「ありがとうございます、師匠」
「それからマルバス、サミジナ」
名指しされた二人が体を硬直させた。
「そこのバカの暴走を止めるのがお前らの役目だ」
グレモリーを指差す。今にも襲おうとする勢いの彼女をなんとか宥める。
「それからグレモリー」
「なんじゃ」
「お前は大和を守るのはいいが、それ故に熱くなるなよ」
「ふん! わかっておるわ!」
足元の葉を蹴飛ばしてあからさまに苛立ちを示す。
ベルゼブブが嫌いなのか、説教が嫌いなのか。多分両方だろう。
「最後に大和」
「あ、い」
喉が痛い。
「お前は生き抜くことだけ考えろ。お前らが俺を頼ってきたように、あいつらも頼れる相手はいる。この戦争は悪魔界全域に広がるぞ。心して掛かれ」
「あ、ああ」
ベルゼブブの言葉にぞっとして、気弱な返事になってしまう。
つまらない物を見せられて退屈そうにしているグレモリーが体の力を抜いて大和にもたれかかる。倒れないように慌てて支える。その巨躯を構成する筋肉と心許ない防具の重量のせいで腰がどうにかなってしまいそうだった。
「重い重い重い! なんか重くね!?」
「とっとと書物を探しに行くぞ~。ベルゼブブの世話になるのは懲り懲りじゃ」
「だからって俺にいちいち絡むなよ!」
「あーも、黙って人柱となれ」
鼻で笑うベルゼブブ。一見冷徹な蠅の王にも感情があることになぜか安心する。
無言で立ち去ろうとするベルゼブブをマルバスが呼び止める。
「師匠。頼みがあります」
「忙しい。手短に言え」
「どうかこの度の戦争、師匠の力をお貸しください」
仲間と師がいる前で恥も外聞もなく土下座をする。
ベルゼブブが味方陣営に来てくれるなら戦力としては申し分ない。
しかし悪魔界最高権力者たる者、弟子とはいえたった一人の意見を容れていいのか。中立の立場で判断するのが彼の役目。
弟子の真摯な態度にも、すぐには応じようとしないベルゼブブは、ただマルバスを見下ろすのみ。
また風が吹いて高音を響かせる。マルバスを嘲笑うかのように多方向から鳴り渡る。
「考えておこう」
それだけ残して
曖昧な回答ながらも了承した雰囲気はあった。
「先生、協力してくれるかしら」
「わからん。だが、師匠は来てくれる。そういうお方だ」
「敬愛しておってなによりじゃな」
「お前は早くどけよ!」
なにはともあれ一行の当初の目的であった『一成る者』の詳細が書かれている本の在処が知れただけでも大きな進歩だった。
「早く下りるのじゃ。こんなところ長居したくないわい」
グレモリーがそそくさと逃げるように歩き出した。
なにかあったらベルゼブブの名を出そう。
弱点を見つけた大和の足取りはいつもより多少は軽かった。
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