第二十五話・禁書を求めて
「皆さん! お迎えに上がりました!」
決まったルートを通って竹林の出口に辿り着いた四人を待っていたのは、馬車を引くアミーだった。
馬車からピョンと飛び降りた。着地の際にバランスを崩して倒れそうになるのを堪え、踵を鳴らして笑顔で敬礼する姿は、なんとも健気で可愛らしい。
迎えは有難いのだがウォフ・マナフの守護はいいのだろうか。非戦闘員のダンタリオンだけでは不安しかない。
真面目なアミーが無断で外出するのはあり得なさそうなので、許可は貰っているのは予想できた。
「ささ、お乗りください! 私がウォフ・マナフまで安全運転で送ります!」
「いやアミー。目的地変更じゃ」
「えぇ!」
目を見開いて驚く。
大和個人としては今の驚き方はどことなく芝居がかっている気もするが、純真無垢なアミーはこれが自然体。疑った自分を恥じる。
「あ! お買い物ですか? それなら経費で落ちるので領収書を用意します!」
悪魔界にも領収書という物があるのかと、つくづくこのきっちり経費精算といい、管轄悪魔と首長との関係性といい、どこぞの優良企業をイメージさせる。
笑顔のアミーをグレモリーは首を振って否定した。
「ヴァサゴらのいる防衛線へ行くぞ」
「えぇえ!」
またも目を見開いて驚く。
無理はない。街に帰ると思いきや、膠着状態が続く最前線に向かうのだ。誰だってそうなる。
大和もサミジナもマルバスも、一旦街に帰り、作戦を練ってから向かうものだと思っていた。
「ぜ、前線にですか? そんなぁ、ダンタリオンさんにはすぐに帰ってきますって言っちゃいましたよぉ」
「あの知恵袋には我から言っておく。だから大丈夫じゃよ、な、お主ら」
アミーに応対しつつ流し目で視線を送る。
ベルゼブブから離れられて調子が戻ってきたのか、目から物凄い覇気が感じ取れる。竹林にいた時の膨れっ面から一転、いつもの気持ち悪い笑み。
マルバスとサミジナは心が通じ合ったように同時に溜め息。もはや見慣れた、諦めと呆れが混ざった強制連行を受諾する合図だ。
ともなれば、大和も対象になり、否が応でも強制連行。
このやり取りを何年にも渡り続けているグレモリーは彼らの物言わぬ承諾を把握すると、口角を上げ鋭い犬歯を見せた。
いっそのこと、今からベルゼブブに来てもらおうか。
「アミー以外は全員行く気じゃぞ」
不本意だ。
「残るはお主のみじゃ。どうする」
アミーからしてみれば、全員から無言の圧力を掛けられている構図になるが、実際はグレモリー以外の三人は、そんなつもりは毛頭ない。彼らにとっても寝耳に水なのだから。
アミー。どうか最後の砦であってくれ。
「グレモリーお姉様がそう仰るなら、私も行きます!」
稀有なグレモリー信者の彼女に、願いは届かなかった。
「よぅし! お主ら馬車に乗れ! アミー一刻を争う。飛ばせ!」
「はい!」
背を押されるがまま強引に馬車に乗せられる。
鬱憤を晴らさんとばかりに力強く指示を出す。
「さぁ行こう! 禁書を求めに!」
「はい! グレモリーお姉様!」
元気なのは二人だけ。手綱を握るアミーと御者台に仁王立ちのグレモリーが吟遊詩人が如く、詩を詠う。
「海を渡りし大魚も、空を越えし飛龍も、大地を駆ける巨獣も、万里を行けども辿り着けぬ所あり! ならば我らが行こう世の果てへ! 天地無用の我らには、魔王も神も道を
その一方で強制連行組はお通夜の暗さで大人しく座っていた。幌の中ということもあり尚更暗さが増す。
「あの詩なに?」
なんとなく問うと、マルバスが目を閉じたまま答えた。
「悪魔なら誰もが知ってる詩だ。子供の頃に必ず聞かされる。世界は広いってだけの薄っぺらい意味を持つ」
「にしても壮大過ぎるな。魔王も神もってかなり自信あるみたいだけど」
「大昔に栄えた王国の王子だか王女がモデルになって作られたらしい。誇張しているとは思うが」
一旦会話が終わり、サミジナが別の話題を持ち出した。
「ダンタリオンに悪いわね」
「ああ。街に置いてけぼりだから、酷い頼みが来るぞ」
以前教えてもらったことがあるのだが、グレモリーら三人の同期組とダンタリオンは先輩後輩の関係にある。
ダンタリオンの固有魔法の性能からブラックな労働を強いられ、自らの軍団の悪魔を使いながら街を守っていた。そこに後輩となるグレモリーらが赴任したお陰で解き放たれたらしい。
当時の苦い思い出もあり、街に一人残すと怒るのだそうだ。
許す代わりに見返りを求められる。
海竜の逆鱗を取ってこい。砂漠にいる幻獣の皮を取ってこい。怪鳥が産む卵を取ってこい。
とにかく無理難題を与えられるという。
「でもダンタリオンに助けられてるから私達は構わないけどね」
「ギブアンドテイクってやつだな」
「そうね。でもグレモリーときたら………」
「テイクしかない?」
静かに頷いた。「基本ね。でも」と付け加えた。
「頼りになる事はあるのよ。ね、マルバス」
「まあな。たまに、な」
馬車のスピードが急に上がった。道の窪みの上を通ったのか、一瞬だけ大きく上下し、その後は細かな凹凸に合わせて揺れる。
「はっはっは! 速い速い! もっと速く行け!」
「これ以上速くしたら馬車が壊れちゃいますよ!」
「構うものか! 鞭を貸せ! 我の馬術を魅せてやる!」
「え! お姉様、馬術出来るんですか? 是非お願いします!」
「任せておけ!」
御者台からそんな会話があり、ひたすらに楽しそうな二人。
風ではためく幌の間から鞭を振るうグレモリーが目に映る。
経験上、
大和自身もこれまでにグレモリーにセクハラまがいの仕打ちや言葉を受けてきたが、その内彼女の性的嗜好のために暴力を振るわれる日が来る可能性が無くもない。
被害妄想が激しいとは思うが、保護対象に戦闘行為を許可している時点で色々アウトだ。
自分が望んでやっているのだけれど。
「あいつら無茶苦茶やってるな」
「いつものことでしょ」
「程々なら問題ないが、行き過ぎた時は師匠の言い付け通り俺達が止めるぞ」
爪音を主旋律に、車輪が回り、風が吹いて木々がざわめく。時折聞こえる魑魅魍魎の馬車を襲うか否かの談論が遠退いていくのは大罪達の領地の端が近づいているからだ。
「あーあ、帰っちゃうよ」
「あのチビでも食ったら良かったんじゃね」
「いやー無理でしょ」
「なんで?」
「あの子の影を見なかったの?」
「影がどうした?」
「影の目が私達をずっと見てたわよ」
「おお、こっわ」
そんな会話は大和の耳には入っていなかった。
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