第二十三話・蝿の王
ベルゼブブ。
蠅の王とも呼ばれる彼は四枚の羽に
ベルフェゴールやマモンは文献で目にしたことのある姿をしていたが、マルバスの隣に立つベルゼブブは黒い仮面を付けている事を除けば普通の人型悪魔だ。
彼の暗い青色の髪が風になびいた。
「で、なんの用だ。まさか顔見せただけで帰るのか?」
「おい、ベルゼブブ」
初対面で萎縮している大和、敬意を示すサミジナとマルバス。同期を余所に一切態度を変えない豪傑が一人。
「我の連れに刃を振るっておいて謝罪もせんのか」
「さっきも言っただろ。はぐれさせたお前の責任。俺に押しつけるな」
「間に合わなかったら殺しておったじゃろ」
「当然だ」
「貴様!」
グレモリーが声を荒らげた途端、強い向かい風が吹いた。竹の葉が一気に舞い上がる。ベルゼブブ以外が腕で顔を覆った。風が止むと、竹の葉はひらひらと揺れながら落ちていく。
急になんだ、と思って顔を上げるや否や魔剣フルングニルが震えだして手から離れ、ベルゼブブへと切先向けて飛んでいく。それだけではない。グレモリーの鋭爪シアチ、サミジナの迅弓エンケラドゥス、マルバスの刀も同じくベルゼブブへ飛んでいく。
ベルゼブブは迫る巨神器に微塵も動揺しておらず、右手を顔の前にやり、手刀の形を作って払う。
意味を持たない動作に思えたが、四つの巨神器は糸が切れた操り人形よろしく地に落ちた。
「フルングニル、懐かしい。渡したのか」
「我が持っても意味ないのでな」
「目覚めてるのか」
「無論じゃ」
「思ってたよりずっと良い。人間の身ながら中々やるようだな」
また褒められた。殺されかけたが第一印象は悪くない。
「にしても相変わらず元気だな。こいつら。そんなに俺が憎いか」
「師匠、ここではなんですから家へ行きましょう」
「ああ。そうだな」
くるりと大和達を背に歩き出す。数歩で一旦止まり、振り返らずに言う。
「グレモリー、まだやるか?」
「………いや、もうよい」
そしてまた歩き出す。その後ろを自身の刀を拾い上げたマルバスが追う。
サミジナが早く行きましょと促して、三人もそれぞれの巨神器を取る。
チラリと横目でグレモリーの様子を窺うと、こめかみに青筋を立てつつも脂汗を一筋流していた。怒りと緊張が入り交じっている。
巨神器を回収して歩む。
前を行くベルゼブブはマルバスより少し身長が低く、背格好はほぼ同じ。注意深く観察すると二人の歩き方までも同じな事に気付く。
「さっきベルゼブブが巨神器に『俺が憎いか』って言ってたけどどういうことだ?」
「巨神器がどうやって生まれたか。それを考えれば想像つくじゃろ」
大和が知っている範囲では、かつての大戦で敗れた高名な巨人を武器に封じ込めた強力な武器。覚醒させればその巨人の加護を受けることが出来、全ステータスが上昇する。宿した巨人の固有魔法が使える。そんなところだ。
ここで七つの大罪の館に向かう道中でマルバスの言葉を思い出す。
「まさか………!」
「そのまさかじゃ。我々が持ってる巨神器。宿された巨人を殺した張本人こそベルゼブブじゃ」
殺された相手に恨みを持つのは、大和自身も気持ちはわかる。自分も殺されたからだ。
封じ込められた巨人達は表に出てくることはなく、こちらの呼び掛けに対して反応はしない。言わば眠っているのだ。
その状態でも怨敵を感知し、襲い掛かろうとするのは余程の恨みがあるのだろう。
「もっと言えば巨神器は全部で十三。その内に十一の巨人を奴は殺したのじゃ。巨人共からすれば自分の無念と仲間の仇。武具となっても消えん恨みじゃよ」
「会う度に先生に襲い掛かるから大変なのよ」
弟子とその友人が会いに来ると毎回巨神器に襲われるベルゼブブを想像すると気の毒にも思えてくる。だが巨神器の方もさっきみたいに軽くあしらわれるのも仇が討てず気の毒だ。
これは予想だが、ベルゼブブに勝てることは一生ないだろう。巨人達は大戦時でさえ勝てなかったのだから武器になった今、ベルゼブブをどう襲おうと結果は変わらない。巨神器とその持ち主が協力すればあるいは。だが身勝手の権化であるグレモリーを黙らせる彼を倒せるとは今のところいるとは思えない。
「大それた二つ名だと思ったけど、納得した」
「長い付き合いじゃが、全く底が見えんわい」
「底があるのかも疑わしいけどね」
ベルゼブブは大和達の話は聞こえないといった様子で歩む。音の固有魔法を使う彼には筒抜けかもしれないが。
しばらく歩くと五人は竹が生えていない開けた場所に到着した。
そこには木造小屋が一軒、ポツンと建っていた。
詳しくかつ一言で表すと掘っ立て小屋である。館もそうだったが、「ここに七つの大罪が住んでいます」と百人に言っても百人信じないだろう。
「マルバス」
「はい。なんでしょうか」
「大和と二人で話がしたい。お前らは外で待ってろ」
「しかし」
「………」
「わかりました」
もうちょっと粘ってもらいたかったが師匠に逆らうことは出来ないということか、引き下がるマルバス。
だがそれを良しとしない者はまだいる。
「なにをする気じゃ。ベルゼブブよ」
大和を守るようにずいっとグレモリーは前に出た。
「話したいだけだ」
「それだけか? 変に手を出したら刺し違えても殺すぞ」
「お前も巨神器と同じくらい元気がいいな。約束する」
皮肉る側のグレモリーが皮肉られ舌打ちをして、コートに葉が付くのも構わずにその場に座り込んだ。グレモリーにももうちょっと粘ってもらいたかった。
サミジナの方に目を動かすと不安げな表情がそこにはあった。しかしすぐに表情は晴れさせ、大和を安心させようという気遣いを見せた。
「俺は俺で気になっている事がある。あまり公にはしたくないのでな当事者の大和と共有しておきたい。時間をもらえるか?」
サミジナとマルバスに目配せをした。二人は首肯する。グレモリーは、今は気が立っていそうなので触れない方が良いだろう。
「いいぜ。俺は大丈夫だ」
「なら来い」
ベルゼブブに手招きをされる。歪んだ引き戸を半ば強引に開け、掘っ立て小屋に入っていった。
マルバスの前を通り過ぎる。小さく「師匠は少なからず俺達の味方だ」と囁かれた。
それは承知な上で大和は緊張していた。そもそも誰が『生きとし生けるもの最強の剣士』と二人で話して平常心でいられようか。一人間の大和がそれを耐えきるはずがない。
だがあちらから誘ってきたのを断るのは勇気がいる。ましてや最強と謳われる男からだ。
大和は脳内で「直接指名されるのは光栄な事だ」とポジティブに捉えた。
後ろからの視線を受けてベルゼブブの家に立ち入った。
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