第二十二話・夢に出た仮面の男
遊戯場を退出した一行は、『一成る者』の情報を求めて七つの大罪の長に会いにいく事となった。グレモリー達も「彼ならなにか知っている」と全員口を揃えて言った。
生きとし生けるもの最強の剣士。
一体どんな悪魔なのか。
その者は一度館に帰ると、次に帰るのは約半年後になるという。
彼の住処は館の裏庭を抜けると現れる湖の反対側にある竹林である。館を見下ろせる高さの丘には竹が所狭しと生えており、地中の魔力を吸収して紫色に光る
そんな不届き者から竹林を守っているのが七つの大罪の長だ。
「なんで館じゃなくて竹林に?」
「盗っ人は昼夜問わず来る。いちいち離れておられんのよ」
「なるほどね」
四人は丘の麓、立て看板の前に並ぶ。
『この竹林に立ち入る者 命惜しくば 引き返せ』
墨と筆で書かれた力強い字から既に圧が伝わってくる。
「言っておくが、奴は音を操る固有魔法を持っておる。この看板より先に進んだ瞬間、奴の耳には我らの位置と人数が把握される」
「盗っ人と間違えられて殺されない?」
「いやそれはない」
マルバスが躊躇いない足取りで竹林へ足を踏み入れた。
「師匠の家まで決まったルートを通れば大丈夫だ。決して離れるな」
そう言ってマルバスは先を行く。
「大和君、行きましょ。マルバスがいるから安心して」
「ああ、わかった」
「怖じ気付いておるのかお主。情けないのう」
「グレモリー、煽らないの」
グレモリーの言う通りだ。会える期待半分、恐怖半分。
もしはぐれて、七つの大罪の長に出会したらどうなるだろう。おそらく命はない。
竹林に入った盗伐者らがどうなったかをあえて教えてくれなかった理由はそれだ。
グレモリー達の気遣いも虚しく、どうしても良からぬ想像をしてしまう。
先頭のマルバスは時々止まっては、周囲を警戒しながら次は右、次は左と導く。
竹の葉が薄く敷かれた道をしばらく進んだその時だった。
「ぎゃあああああ!」
男性の悲鳴。かなり近い。右の方からだ。
「やめてくれ! 俺が悪かった! 帰ります! 帰りますからぁ! がぁ!」
「こ、殺さないでぇ!」
地べたを這いずって逃げる二人の男と、それを追う男。足を踏みつけて逃げられないようにすると、手にした刀で刺して捻る。体を内部から斬ることで確実に殺すための技術。
そして殺した男から武器である短剣を奪い、もう一人の男へ投げる。回転しながら飛ぶ短剣は抜群のコントロールで延髄に突き刺さった。悪魔であっても重要な生命器官が集まる延髄は弱点なようで、男は倒れたきり動かない。
刀を引き抜き、血を布で拭う。手際の良さは殺し慣れている証拠だ。
「あ、やっべ」
男がこちらを向く。顔のパーツが良く見えない。と思うと、男は一瞬で姿を消した。微かに目視できた残像から高速で移動したのだろう。
「グレム! あっちの方で………」
振り返るとそこには永い間の往来で出来た獣道。悪魔三人はおらず、青々とした竹が茂る。
そよ風が吹いて、竹林がざわめき出した。自然のイタズラが今は恐怖心を掻き立てた。足下からなにかが這い上がる感覚。
「グレム! マルバス! サミジナ!」
返事はない。まるで神隠しにでも遭ったかのように、忽然といなくなっている。
いや違う。神隠しに遭ったのは俺の方だ。
悪魔二人が殺された惨劇に気を取られ、マルバスの言う「決まったルート」から外れてしまったのだ。
背後から足音がした。
「うわぁああ!」
脱兎の如く駆け出した。
足音の正体は先程の男でもなんでもなく、ただの蛇だったが恐怖で満ちた精神を決壊するには事足りていた。
振り返らず走る。竹を避けつつ、来た道を後戻りする。
だが走っても走っても竹林。踏み入ってからそれほど時間は経っていないのに、麓に一向に辿り着かない。
一体どこへ向かっているのか。段々と方向感覚が麻痺していく。
下り坂が上り坂に。またその逆に。ますます混乱していった。
再び背後から、今度は気配が二つ。片方はやけに弱々しく、片方はまるで山のような圧力で迫る。
あの男だ。
魔剣フルングニルを抜く。
気配がスピードを上げた。すぐ後ろまで近づかれると無音の片刃が襲い来る。
せめて一太刀。振り向きざまの回転斬りが男の刀と当たる。
「ほう」
男は感嘆の声を漏らす。
攻撃を防ぐまでは良かったが、その後を考えていなかった。無理矢理な体重移動をしたせいで重心が崩れた。さらに、回転斬りを軽くいなされてしまい、回転の勢いを止めれずにうつ伏せに倒れた。
すぐに起き上がろうとした大和だったが背中を男の足で押さえられる。凄まじい脚力のせいで逃げようと抵抗しても少しも動かない。
男は刀を振りかざした。
「お前が誰だかは知らん。ここに足を踏み入れた不幸を悔やめ」
その台詞に聞き覚えがあった。
処遇を決める裁判を終えた後の夜。夢と一言一句変わらぬ状況。
男を見上げる。
右目の所に穴が開いたのっぺりとした黒い仮面。装飾が一切ない隻眼の仮面。
世にも奇妙な仮面が恐怖をさらに増幅させた。
あの日見た夢は予知夢だったのだ。現に今の状況は夢の通り。
夢ではこの先の事が起きる前に目覚めた。だが武器を振りかざした者が次に取る行動などわかりきったも同然。
殺される。覚悟して目を閉じた。
鼓膜を引き破りそうな金属音が鳴り渡る。
「お主、我の連れになにをしておる」
「………連れ? お前の仲間か」
「そうじゃ」
聞き慣れた声と口調。目を開けると刀を受け止める厳つい五本爪。グレモリーだ。
「わからなかったのか? お主の魔法がありながら」
「俺のせいにするな。こいつをはぐれさせたお前の責任だろ」
仮面を被っているのに男の声はくぐもっておらず、とてもクリアに聞こえる。これも彼の魔法によるものだろう。
「大和!」
「大和君!」
サミジナとマルバスがやって来た。心配そうに大和に言葉を掛ける。
踏まれた背中が少し痛むぐらいで特にケガはなかった。起き上がって服に付いた葉を
大和の無事を確認したマルバスは仮面の男に片膝をついて目線を下にやる。
「お久しぶりです、師匠」
「………いつぶりだ」
「五年三ヶ月と三日と十五時間です」
事細かに覚えているマルバスの記憶力に大和は驚愕した。だがそれも仮面の男を師と仰ぎ、尊敬している証。
師匠である男は甲斐甲斐しい弟子を前にしても無反応だった。
「先生、ご無沙汰してます」
「ああ」
「最近はどうですか?」
「問題ない」
マルバスもサミジナも館にいた二人よりも丁寧な言葉遣いで話す。
絶対そうだ。この仮面の男こそ、七つの大罪の長にして悪魔界最高権力者だ。
心の中でそう確信する。
仮面の男は納刀し、四人それぞれを見る。
「ウォフ・マナフ管轄悪魔と一緒にいるということは、こいつが例の転生した奴か」
「はい」
「良く死ななかったな」
労いや賞賛と捉えていいのだろうか。
洞窟じみた暗さの仮面の穴から送られる視線に、全てを見透かされている感じがした。男の一言で今までの戦いを思い出す。彼の言う通り、「良く死ななかったな」と自分でも思う。
「大和、紹介する。この方が悪魔界最高権力者、七つの大罪暴食の罪、ベルゼブブ師匠だ」
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