第十六話・大和第二の技
グレモリーの『支配』があればレラジェの元へ飛ばせそうだ。巨大な壁の破片を浮かせ、飛ばす程の力があるのだから大和自体に『支配』をかければいいのではと思ってしまう。それでも嫌なものは嫌だ。
しかし、そうしないのにはなにか理由があるはず。
一番に思い付くのは魔力温存。
魔力量は個々に差はあれど無限ではない。底を尽けば必然的に魔法を使うことは不可能になる。
後に備えて魔法を使うべきではないと判断したのなら特に文句はないが、もっと他のやり方を模索して欲しいものだ。
「あんたが巨神器を覚醒させた人間だな?」
「………そうだ!」
無駄にコントロールの良いおかげで剣の間合いにレラジェは入っていた。
顔を狙って鋭く振る。レラジェは飛び退き、空になった椅子に傷をつける。
体勢を整えての追撃。枝の上をバックステップでかわすレラジェにはかすりもせず、微かに舌打ちをした。
「へぇ。ちょっとは動けるじゃん。ならそうだな………お前ら! グレモリーさんらをやっちまいな! こいつは俺っちがやる!」
「はい! レラジェ様!」
レラジェの号令で悪魔兵が下にいる二人に襲いかかる。
「雑兵が。お主らに用はないわ!」
「その通りだ」
ただの悪魔兵と七十二柱との実力は歴然。どれだけ優秀な悪魔兵がいようとも勝てないのが現実だ。
マルバスは刀で容赦なく斬り捨てる。四方から向かってくる敵を受け流し無難な立ち回りだ。
グレモリーはあえて鋭爪シアチを使わずに格闘術で戦う。振り下ろされた剣を蹴り飛ばし、距離を詰めて素手で殴る。鉄製の鎧兜が簡単にひしゃげ、隙間から血を垂れ流して動かなくなる。
「お前、それでケガしたら笑えないぞ」
「こやつらに本気を出すバカはおらん。充分じゃよ」
「だといいがな」
あの二人は負けはしないだろう。問題はサミジナだ。
逆さ吊りからなんとか逃れようともがいているが、足に巻きついた蔦は取れそうにはない。
「あれは無理だよ。なんたって俺っちの魔法がかかってるからね」
「だったら、お前を倒す!」
「そうはいかないよ」
ダン!
レラジェが大きな足音を立てた。
足元からひゅっとなにかが飛び出したかと思うとそれを手に取るレラジェ。持っているのは長さ一メートル程の棒の槍。
「これを、よいしょっと!」
振りかぶって投げた槍は大和の顔横を通り過ぎる。
レラジェの狙いはもちろんサミジナである。
まずいと思って振り返ると、サミジナは逆さ吊りの状態で弓を構えていた。
「こんなのにやられてたら序列四位が廃るわ!」
弦に手を添えると、黄金色の矢が生み出され、一気に引き絞り、放つ。槍に命中すると四散して両方とも消えてしまった。
片足をすくわれて逆さ吊り。それを維持し続けていると頭部を主に悪影響が出かねない。にも関わらず一発で槍を射ち抜いた彼女の弓の腕前は相当の物だ。
「大和君! 私は大丈夫だから!」
大和は強く頷いた。レラジェに向き直る。そのタイミングを待っていたレラジェの棒に顎を振り抜かれる。
「………っ!」
「ほらほら余所見はダメだぜ! お前の相手は俺っちなんだからな!」
「このっ!」
打ち合いになる。大和は剣、レラジェは丸棒。普通に考えれば棒を切って大和が有利になりそうだが、素材が特殊なのか魔力で補強しているのか、丸棒は鉄のように硬い。
刹那、体が強ばるような感覚に陥る。顎に一撃もらったのが原因か。
その隙をレラジェは逃さない。
大和の
「かはっ………」
衝撃が突き抜ける。息が吸えない。
レラジェは丸棒の持ち方を変える。突きから振りへ、丸棒を長く持った。
ビュオッと風を切ったフルスイングは、大和の左腕を巻き込んで横腹に命中する。
バランスを崩して落ちようとした時、大和は痛む左腕を動かし、手のひらをレラジェの顔に向ける。
そこには青い結晶。
「くらえ………」
掠れた声で言う。
凄まじい音を発し、衝撃波がレラジェを飲み込んだ。吹き飛ばされ、一度叩きつけられる。
「いってぇな! この野郎!」
すぐに起き上がって大和を追うが、既に大和は空中へ放り出されていた。この高さから落ちたら最低でも骨折、最悪死は免れない。
が、余程腹が立っているのかレラジェは呪文を唱える。
「地に根付き大樹よ! その熟んだ枝葉で敵を払え!
大和が声を聞いた途端目に入ってきたのは、一番近い大樹。それがあり得ない伸縮性と柔軟性を持って幹を捻り、他の枝より一回りも二回りも太い、巨木とも呼べる枝を背の低い木々を薙ぎ倒しながら横に払う。
飛行能力を持たない大和にとっては絶体絶命。結晶の衝撃波で破壊しようとも考えたが、間に合わず当たってしまうのが関の山だ。
だがもう一つ助かる道がある。
大和は信じていた、頼りになる仲間のことを。
目の前にさっきまでいなかったはずの銀髪の男。一言も発さずに刀を一振り。
巨大な一撃が当たるすんでのところで二つに割れた。切断面は全く歪みないキレイな物だ。
やっぱり来てくれた。
「マルバス! ありがとう」
「俺はサミジナを助ける。グレモリーに受け止めてもえ」
マルバスは切った巨木を踏み台に跳ぶ。先にはサミジナがいる。
「お前ら! 弓を射て!」
木の上にいた数人がマルバスに向けて矢を放つ。
ふん、と鼻を鳴らし巧みな剣捌きで全て弾く。
危なげなく蔦を斬り、サミジナを救出することに成功した。
「平気か?」
「ええなんともないわ。ありがとう」
一方で大和は落下点に待ち構えていたグレモリーにお姫様抱っこで受け止められる。
地上は死屍累々の様相を呈していた。半身が斬り離された者、頭部だけがちぎれている者等、死に方はそれぞれ違っていた。
緑に鮮血が飛び散り、よく見ると木に誰かの眼球が付着していた。漂う血の匂いに少し気分を悪くした。
グレモリーとマルバスが容赦なく敵を殺したのがわかる。
視線をグレモリーに移すと、ニヤリと笑っていた。
「
「いいから早く降ろせよ! 聞かなくていいから!」
無駄に美形なグレモリーに言われて、顔が熱くなる。その様子を見たグレモリーがまたにやついた。
大和が降り立ったと同時に、マルバスとサミジナも着地する。
サミジナを助けた安心感に浸る間もなく、上から丸太が降ってきた。
当たるかも、と思い離れようとするがグレモリーに手で制された。
「よすのじゃ。余計当たるぞ」
それは他の二人もわかっているようでピクリとも動こうとしない。
その理由はレラジェと森との相性の良さだ。
枝から槍を作ったり、大樹を自在に操ったりと、レラジェにとっては自分専用の武器がすぐ側に大量にあるのと同義。
下手に動いて反撃されるよりかは、レラジェの動きから対抗策を講じるのが妥当だと判断したのだった。
丸太は四人を閉じ込めるように四角形に積み上がり、やがて丸太の塔は大樹の天蓋を破って青空が見えるまで高くなった。
「大樹の
外からレラジェの声が聞こえる。丸太同士の接地面がピタリと合わさっているので、声量は小さいものだったが。
「マルバス、斬ることはできないか?」
「できなくはない。だが、これはルチスの木。鉄と同等の硬度がある上に出られても狙い打ちされて終わりだ」
「それに敵の狙いはそれだけじゃないわ」
ギャオオオオオ!
上から咆哮が轟いた。隊伍を偵察するように飛んでいた赤い竜が吹き抜けから見える。
嫌な予感がした大和の隣でサミジナが弓を構える。身の丈程もある大弓だ。
「
「わかってるわよ。私のせいで皆を危険に晒したのだからここで挽回しないと立つ瀬がないわよ」
「はっはっはっ! 気合い充分じゃのう」
言葉を返さずサミジナは矢を上に向けて引き絞る。弦がギリギリと呻いた。
竜が大きく仰け反った。空の青色に対比して口の隙間から出る炎の赤色がよく見える。腹が大きく膨れ、それが胸へ喉へと移動していく。
「迅弓エンケラドゥス、魔の意志に呼応し、邪を撃ち破れ」
サミジナが静かに言う。
ギリシャ神話に登場する巨人の一人であるエンケラドゥスの名が付いた弓ということは例外に漏れず、サミジナの弓は巨神器の一つであるとわかる。
詠唱が終わると
「グレム」
「安心せい。序列四位の称号は伊達ではない。ここはサミジナの見せ場を作り、我らはレラジェを狙うぞ。マルバス頼んだぞ」
「いいのか?」
「問題ない。ぶった斬れ」
「ああ」
大和達が閉じ込められている木の塔へ竜は特大の火球を吐いた。燃え盛る炎を尾に引いている火球はまるで隕石のようだった。青々と色付いた葉を、力強く伸びる枝を灰に変える。
それを受けてサミジナが叫ぶ。
「渦巻く
放った矢と火球はちょうど中間地点でぶつかった。離れていても体勢が崩れかねない熱風が肌に刺さる。
二つは拮抗するかと思われたが片や竜の火球、片や巨神器から放たれた技。威力は当然の如くサミジナに軍配が上がる。
とうとう火球が爆発四散し、矢は勢いそのままに竜の飛翼を貫いた。風を受けきれなくなった竜は墜落しないように片翼を必死に羽ばたかせて視界の外へと消えた。
「行け!」
マルバスが丸太を切って出口を作った。鉄の硬度を誇ると言っていたが洗練された太刀筋はその事実を感じさせない。
「ほれ、さっさと行かんか」
「押すなよグレム! 今出たら………」
グレモリーに押されるがまま外に出ると、すぐ真上に木の杭が所狭しと鋭利な先端を向けて待機していた。
経験で物を語る彼らはどんな方法で殺そうとしているのか予測できるようだ。
実際大和が置かれている状況もついさっきマルバスが言ったばかり。
しかしグレモリーのせいでせっかくの予測も水の泡。
身勝手かつ大和を殺しかねない行動にマルバスとサミジナが驚いた表情で目を見開いている。
保護対象云々の話はなんだったのだと、毎度思う。
「よし!」
グレモリーの声が耳に入る。
なにが『よし!』なのか、この状況のどこが『よし!』なのか。彼女の基準は曖昧で到底理解し難い。
ただその声から一秒後、否もっと短い。大和が呪詛を吐くより速く、杭が体を貫くより速く。飛び出したグレモリーは大和を掴んで走り抜ける。背後で杭が一斉に地面に刺さった。
「レラジェを追うぞ!」
急に手を放され足が絡まって転けそうになるが、なんとか立て直しグレモリーに付いていく。
「レラジェはどこに?」
「遠くはない。じゃが森から抜け出そうとしているのは明白じゃの」
「なんで逃げるようなことを?」
「あ奴らの作戦が終了したのじゃよ。ある程度の被害を見込んでの威嚇攻撃。段階を一つづつ踏み、先の火球で作戦を終えたのじゃろ」
とどのつまり、空から敵を降らせたのも、森で待ち伏せていたのも、全て威嚇だったということ。
威嚇にしてはやり過ぎだ。大勢を命を脅かし、悪魔兵に被害を出した。
沸々と怒りがこみ上げてくる。
「相対したのが我らのじゃったのが奴らの運の尽き。八つ裂きにしてくれようぞ」
「ああ!」
大きく返事をする。
前方でメキッメキッと、木々が倒れてきた。行く先を塞いでしまう物から軽くジャンプして越えられる物と大きさは様々だった。丸太まで転がってくる。
レラジェが追手である大和とグレモリーを振り切るために、天然の障害物を作り始めたのだ。
跳び、くぐり、斬る。集中していれば足を取られることはないが、何分数が多い。
「奴の魔力を感じる。近いぞ! 木を伝ってるようじゃ!」
ここで大和が失敗したのは上を向いてしまったことである。
「木を伝ってる」即ち、大樹の枝から枝へと飛び移っていると連想してしまったことで木の上にいるであろうレラジェを視認しようとしたのだ。
足元の注意が疎かになり、丸太が脛に直撃した。
「あ………」
特有の痛みが体を駆け抜け前のめりになる。
手になにかが触れた。柔らかくも力強い感触。
グレモリーが転びそうになる大和の手を握っていた。それからグレモリーはニヤリと笑う。
またあれをやる気だ。
しかし考えを改める。
レラジェは木の上。確実に一撃を叩き込むためには少しでも距離を詰めなければならない。ならばグレモリーが今やろうとしていることは最善策だ。
彼女の考えに同意するように手を握り返した。
小さく頷いたグレモリーは強く踏み込んだ左足を支点に、大和を放つ。
「ぶっ飛べぇぇぇぇぇ!」
圧倒的パワー、圧倒的スピード、圧倒的コントロール。その全てを乗せた大和はわずかの間に樹冠に到達。描く放物線は森から出ることはない。
レラジェの背中が見えた。一瞬大和を見、また前を向く。
大樹達がレラジェを隠すように、飛翔する大和を止めるように立ちはだかる。『結晶』で退かそうと魔力を貯めたその時だ。
「邪魔立てをするな
グレモリーの一声は、レラジェによって操られた大樹を元の姿へ強制的に戻した。陽光の方へと真っ直ぐ伸びる木本来の姿にだ。
障害が消えたとはいえレラジェとの距離はまだある。直接斬りつけるのは不可能と判断した大和は、剣を槍のように絞る。
苦しい特訓の末に編み出した
「逃げてるだけと思ったか! バァーカ! お前だけは殺す!」
立ち止まって大和に対したレラジェは無数の木の杭を作り出す。
ちょうど良かった。的が狙いやすい。
「ブラン………」
「
突き出した剣から青い光線が出ると、レラジェごと木を貫きながら地上に叩きつけた。宙に浮いていた木の杭が主を失って落ちる。
土煙が舞う中、轟音と共に衝撃波が空気を揺らした。
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