第十一話・ウォフ・マナフ防衛戦

「開門! 開門!」


 鎖を巻き取る音。格子状に組まれた木製の門が垂直に持ち上がる。

 ウォフ・マナフにある主要な出入り口の内、一番敵に近い門の前にマルバスは立っていた。

 ダンタリオンからの連絡で外に敵がいることは知らされている。竜騎兵十数騎、飛竜兵十数体。地上は一人で充分な数だが空から攻められるのは厄介だ。サミジナに任せるか、グレモリーと大和を送ったランケが来れば容易く撃破できる。


「マルバス様、開門作業終了しました!」

「わかった。俺が出たらすぐに閉じろ。お前らも全員退避。ダンタリオンの指示に従え」

「了解しました! ご武運を!」


 この街にいる兵士達はあくまでも民衆を守るための存在。彼らが敵と交戦する機会を作らないようにするのがマルバスら、管轄悪魔の役目である。

 街から出ると背後で門が勢いよく閉じた。地響きがする。

 敵が横一列に行儀よくマルバスを待っていた。御者を乗せた四足歩行のドラゴンは鼻息荒く、強靭な歯の間から真っ赤な炎が見え隠れしていた。上空の飛竜も動かずにこちらの出方を待っている。

 なぜ攻めて来ないのかと疑問を抱く。敵の数からも考えると、どうも敵は本気で侵攻しようとは思ってないようだ。情報の撹乱、民衆への脅し、バアル派戦力の偵察。理由は色々思い付くが、なんにせよ被害を出させる訳にはいかない。


「舐めやがって」


 歯を食い縛る。姿勢を低くし、刀に手をかける。


「固有魔法『神速』」


 次の瞬間、マルバスは竜騎兵の御者の一人を鎧ごと一刀両断にしていた。硬い鱗で覆われたドラゴンの首をも簡単に斬り落とした。

 騎兵達に動揺が広がって、互いに言葉を交わし散会した。マルバスから離れて体勢を立て直すつもりだ。

 そんな対策、マルバスには関係なかった。どれだけ距離が空こうとマルバスの固有魔法『神速』は自身の移動速度または攻撃速度を上昇させるというシンプルな魔法だ。しかしその上昇する値は下位互換である『加速』の十倍以上と言われる。それ故に扱いが難しく、勢い余って術者が死亡するケースもあるがマルバスは長い年月を費やし完全にコントロールしていた。

 マルバスを取り囲むような陣形を組もうとするが、適当に目をつけた一騎の背後に一瞬で移動し、背中を串刺しにした。兜の隙間から僅かに見える目が丸くなって、光が消えた。


「遅い」


 街を襲いに来た奴らに慈悲を与えるわけはなくドラゴンも御者も徹底的に息の根を止める。

 マルバスはわかっていた、今この場にいる竜騎兵と飛竜兵は偽物であると。アガレス派の悪魔の一人が魔力が尽きない限りドラゴンと御者の組み合わせを生産できる固有魔法を持っている。つまり、ここにいる二十余の敵を倒してもそれを生産している悪魔を殺さなければ意味はない。

 竜騎兵が残り半分程になったところで飛竜兵が動き出した。

 煮えたぎる火球が上空から降り注いだ。竜騎兵の位置も把握しつつ、回避する。火球は地面に接触すると爆発を起こし、雑草を灰に変え、直径一メートル程のクレーターを作っていた。

 複数体の飛竜が口に炎を溜め始めた。マルバスが空に攻撃できないとみて攻め方を変えたのだ。陸の退路を塞ぐように竜騎兵が取り囲む。

 通常ならば絶体絶命のピンチだが、マルバスは全く焦っていなかった。なぜなら、ウォフ・マナフ管轄悪魔には頼もしい対空武器を持つ仲間がいるからだ。


「サミジナ!」


 今にも火球を発射しようとしていた飛竜の長い首に黄金の矢が突き刺さった。一体が落ちていき、下にいた竜騎兵二体を巻き添えに爆発した。

 次々と射貫かれる飛竜。矢が標的に当たらないことはなく一発も無駄にしない命中力。

 街の方を見ると、門の上に誰かが立っていた。金の短髪が風になびいている。身長と同じくらいの大きさの弓を構えていた。


「マルバス、大丈夫?」

「平気だ。民衆の避難はどうなっている?」

「避難は完了しているわ。街に敵も来てないし」

「そうか。なら」


 竜騎兵が飛びかかってくる。鋭利な牙が並ぶ口を最大限を開け、マルバスに襲いかかる。それを気配だけで察知し、サミジナの方を向いたまま斬り上げる。軽く刀を振っただけだがそれだけできれいな二枚おろしにされる。


「さっさと殺そうか。こんな雑魚に時間をかけるのもバカバカしい」

「飛竜は私に任せて」


 『神速』を使って残った竜騎兵を一気に殺す。おそらく敵の目にはマルバスの残像しか目にしてないだろう。

 気の毒とは思わない。こいつらは街を襲う敵であり術者によって産み出された操り人形のようなものだ。それをただ守るだけ。誰一人として死なせはしない。

 上から飛竜兵が落ちてくる。バキッ、ゴキッという地面に衝突したことで骨が折れる生々しい音が鳴る。

 ものの一分と経たない内にウォフ・マナフに攻めてきた敵は全滅した。


「こんなもんか」

「なんで本気で攻めてこないのかしら」


 門から降りたサミジナが隣に来る。


「さぁな。小手調べってとこだろ」

「そうね。一先ず街に戻りましょ」


 踵を返して戻る二人。その姿を瀕死の状態で確認していた飛竜が、乗っている死体をはね除け突進した。


「ギャアアアオオ!」


 二人が気づいた時には飛竜の鉤爪が届きそうだった。マルバスもサミジナも武器を収めていたため構えるよりも先に鉤爪の餌食になる方が早かった。

 『神速』を使って逃げようとした矢先、どこからともなく現れた一頭の白い竜が両足で飛竜の首をつかんだ。数メートル引きずって頭に噛みつき、自身の首を振って噛みちぎった。


「無事ですか?」

「ランケ! ありがとう助かったわ!」


 アカ・マナフにグレモリーと大和を送っていったランケがもう戻ってきた。


「ランケ。向こうはいいのか?」

「ええ。グレモリーが帰っていいと言ったので」


 ランケをさっさと帰らせたのは、アカ・マナフに来た敵勢力を見て二人だけで充分と判断したからだろう。性格に難はあるが、実力は申し分ないのがグレモリーという悪魔だ。あちらに応援に行く必要はなさそうだ。

 街に戻って警戒を解除し、民衆を安心させなければ。


 ※ ※ ※


 どうしたものかと、ダンタリオンは悩んでいた。先程グレモリーから連絡がありアカ・マナフの防衛は完了との知らせ。その後マルバスからも敵殲滅の知らせが届いた。だが、まだ敵は残っていた。

 目の前に立つ女性。黒と茶色が混ざったセミロングの髪に灰色の瞳。万人が美形という顔には似合わない銃を持っていた。その銃口はダンタリオンの額に向けられている。

 怪しい動きをするとトリガーを引かれ即死するという状況に、隣にいる護衛のアミーも動けないでいた。


「ベレトさん。銃を下ろしてください」

「お前らがなにもしなければ私もなにもしない。それだけだ」


 ソロモン七十二柱序列十三位ベレト。アガレス派の悪魔で非常に命令に忠実、過去の任務において失敗が一切ないことで評価が高い機械みたいな奴だ。

 議事堂の会議室で仲間との連絡を取り合っていたら彼女が壁をすり抜けて現れた。

 『透過』。確かそんな固有魔法だったか。潜入には持ってこいだ。そして彼女が持つ銃も、ただの銃ではない。巨神器の一つ、超銃ヘカトンケイルだ。近距離戦のアミーとは相性が悪い。


「ベレト久しぶりだね。なにしに来たんだい?」

「忠告だ。今後話し合いでの停戦及び休戦の可能性は断じてない」


 七十二柱分裂事件が起きてからというものバアル派は話し合いによる解決を進めていた。しかし実際に両者が話し合いの席を設けたのは一回だけで、それ以降はこちらから文書を送っても反応無しが続いていた。


「つまり武力行使しかないと。でもいいのかい? 数は私達の方が多いよ」

「そうですよ! わざと不利な戦いをしているようなものです! 仲間同士で戦うなんておかしいですよ!」

「数の多さと総戦闘力は違う。数で勝敗が決まるなら最初からこんなことしてない。私達が戦うのは勝つ自信があるからだ」


 確かにアガレス派の悪魔は数こそバアル派の半分であるものの、戦闘向きの悪魔が多い。とは言えここまで自信があるものか、と疑問に思ってしまう。別の策があるのかもしれない。


「なるほど。君の言い分はわかった。伝えておくよ。で、それだけのためにここに来たのかい?」

「わかってるだろ、ダンタリオン。お前が一番厄介なんだ。その固有魔法『監視』。生かしておけない」


 引き金に指を添えた。徐々に力が入っていく。

 ダンタリオンがここで殺されれば敵の行動を事前に知ることがほぼ不可能になりアガレス派が優勢になってしまう。

 首筋に汗がツーと垂れた。この場を切り抜ける方法を模索する。命乞いをするか、抵抗してみるか。


「やめてください!」


 アミーが出した大声がダンタリオンの思考を遮った。


「ベレトさん。もし今ここでダンタリオンさんを殺したら、私がベレトさんを殺します」


 アミーにしては珍しく荒い言葉遣いだ。元々、アミーは戦いを好むタイプではない。サミジナやマルバスもそうだが、アミーは特にその傾向が強かった。だが同じ街を管轄している悪魔が殺されそうになっている今、戦いたくないと言っている場合ではないと彼女なりに思ったのだろう。


「それがお前にできるのか?」

「バカにしないでください。私にだってできます」


 二人が睨み合う。十秒程してベレトが銃を下ろした。


「私に課せられた任務はバアル派への忠告、それだけだ。お前らを殺せとは言われてない。今日のところは退く。次会ったときはないと思え」


 銃をホルスターに収め、壁に向かって歩きだす。そのまま壁をすり抜けていった。

 手が震えていた。結果的にベレトに殺す意思は最初からなかったが、もしもを考えてしまうと恐怖は抑えきれなかった。


「アミー、君が居てくれてよかったよ」

「いえ、私はなにも」

「………面倒なことになったね。武力行使だって」

「はい。戦いたくはないですけど」


 ダンタリオンは微笑んでアミーの頭を撫でた。ニヘヘ、と可愛くアミーは笑った。

 仲間達といつまで一緒にいられるだろうか。

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