第十話・アカ・マナフ防衛戦

 全身に風を受けながら雲の上を進む二人と一頭。力強く翼を羽ばたかせることで生まれるスピードに負けないよう、ランケの体をしっかり掴まる。

 雲の上ということもあり酸素濃度が地上より低いが、メモアブ山のグレモリー引きの効果が若干出ているのか息苦しくない。

 空想上の生物でしかなかったドラゴン。まさかその背中に乗って空を飛べることができるとは夢でも見ているのかと錯覚してしまう。


「あー、あー。こちらダンタリオン。こちらダンタリオン。聞こえてたら返事をよろしく」


 せっかく心が高鳴っているところに、脳内にダンタリオンの声が聞こえて現実に引き戻される。

 そうだ、と大和はなぜここにいるのかを再認識する。これから敵勢力と戦うのだ。最悪の場合、死ぬかもしれないのに悠長な妄想に浸っていてはいけない。

 それに一人でも怪我人が出たりしたら守れなかった自分に責任がある。急に他人の命を守る立場になって重いなにかが心にのし掛かる。


「聞こえておるぞ。どうした?」


 グレモリーが応答する。

 ダンタリオンはきっと固有魔法『監視』で先にアカ・マナフを見たのだろう。その場から動かずに遠方の地を見ることができる彼女の魔力は頼もしいと言う他ない。

 彼女の言葉に耳を傾ける。


「そっちはもうすぐ到着すると思うけど、ちょっと悪い知らせがある。敵が街に迫ってるよ」

「左様か。そっちはどうじゃ?」

「こっちも来てるね。でも両方とも数はそんなに多くない」


 被害が出た四つの街はどのように襲われたのか、サミジナから報告はなかったが被害が少ないことから、不意打ちだが対処が迅速だったか接近を事前に察知できたかのどちらかだ。

 大和としては前者の方だと感じるが、だとすると今の状況は妙だった。不意打ちをするなら大和達が手助けに向かう前にさっさと襲撃するはずだ。まるでこちらの出陣に合わせて敵を送り込んだかに思える。

 素人ながらにそう予測をしてみたのが、グレモリーは少しも動揺せず返答する。


「報告ご苦労じゃったな。後は任せておけ」

「詳細はいらない?」

「不要。葬るだけじゃ」

「了解。頑張ってねー」


 最後にあくびをする声がしてダンタリオンとの会話は終わった。

 参謀長が寝不足なのは不安だが、今のところ職務は全うしているので大丈夫そうだ。


「ランケ、高度を下げよ。大和、しっかり掴まっておけ」


 ランケは一度前進するのを止め、体を縦にしてその場で羽ばたいて留まる。「行きますよ」と一言、ランケは雲の層に頭から突っ込んだ。考える間もなく雲を抜けると眼下に広大に広がる大地が見えた。


「大和見ろ」

「あれは………」


 グレモリーが指差す。その先にはアカ・マナフと思われる街。さらにその先数百メートル離れた所に岩石で構成された巨人が目視できるだけで十体いる。三十メートル級が一体、周りに二、三メートル級がいるといった布陣だ。フォレストゴーレムとは違って赤い目をしており、二足歩行で街へ進んでいる。


「ゴーレムがあんなに………」

「敵に岩を操る奴がおる。そいつじゃな」


 おもむろにグレモリーが立ち上がった。不安定なランケの背中に加えて強い向かい風を受けてもグレモリーの体はびくともしていない。


「ランケ、奴らの真上まで行け」

「はい。私の支援はいりませんか?」

「いらぬ。二人で事足りるわ。お主はウォフ・マナフの支援をしておけばよい」


 スピードが上がった。

 なおもグレモリーは直立しており、自身の背中とコートの間に両手を入れた。


「お主には初めて見せるな。これが我の巨神器じゃ」


 コートから出した両手が一回り大きさを増していた。よく見ると金属製の手甲に鋭い爪がそれぞれの指の位置についている。グレモリーの指の動きに合わせてカチカチと音を立てていた。

 グレモリーの武器は両手爪だった。正直、グレモリーが剣や弓といった武器を使うのは想像し辛かった。自らの体術と魔力のみで戦う超接近戦タイプだと思っていたので、爪が武器というとはグレモリーの戦闘スタイルと合っているのかもしれない。


「鋭爪シアチ。北欧に伝わる巨人の一人。お主のフルングニルとは友みたいなものじゃ」

「その武器、グレムらしいよ」

「よく言われる」

「二人ともうるさいです。着きましたよ」


 下を見ると一番大きなゴーレムの頭頂部分に来ていた。

 突然グレモリーに背中を掴まれた。あの爪でどうやって掴んでいるのかは置いて、呆けた顔をしているとグレモリーはニヤリと笑った。


「ご苦労! 帰ってよし!」

「ちょま、グレム?」


 グレモリーに引っ張られて、二人はランケの背から飛び降りた。どこに落ちても必ず死ぬ高さからだ。とにかくなにか算段があって飛び降りたのだから、今は彼女を信じるしかない。

 大型ゴーレムが二人に気づいた。三本指の手で拳を作り、特大範囲のアッパーカットを二人に目掛ける。

 飛行魔法を持っていないグレモリーにそれを避ける方法はない。一か八かフルングニルの『結晶』の衝撃波で迎え撃つしかないと剣を抜いた。

 しかしグレモリーは体を翻し、大和を掴んでる手と反対の手でゴーレムの拳に爪を刺した。落下速度はそのままに、爪を支点にゴーレムの腕を滑るように進む二人。徐々に遅くなり、鼠径部辺りで停止した。拳からここまで五本の長い爪痕が岩の体を抉っていた。


「下の雑兵共を片付ける! そっちの半分をお主が壊せ!」


 雑な指示を受け、雑に放り投げられた。

 こっちはまだ巨神器を覚醒させただけで生身の人間寄りだと言うのに、この悪魔ときたら一手二手先を考えていない。高度は落ちたとは言え、打ち所が悪ければ即死だ。

 落下地点に小型ゴーレムが待ち構えている。大和に任された数は五体だ。

 勝てるのか、と思うがオセーに比べれば動きは鈍く、知性は低そうだ。ただ体が硬いだけ。

 それだけだったら、


「勝てる!」


 特訓を思い出せ。悪魔界で出会ったかけがえのない仲間から学んだ全てを活かして、敵を倒す。

 小型ゴーレムの脳天に剣を突く。魔剣フルングニルの切れ味を信じて放った剣撃は岩石の体を貫通した。手首を捻ると全体にヒビが入り粉々に砕ける。


「うおっ!」


 着地に失敗して尻餅を突く。それを見計らったように別のゴーレムの拳が振り下ろされた。だが速さではこちらに利するところがある。すぐさま立ち上がり相手の懐に潜る。股から頭に向けて素早く斬り上げる。

 身震いするほどの切れ味だ。岩の体が縦に真っ二つになった。


「まだまだ!」


 今度は二体かかってきた。数なんて今更関係ない。左から来る攻撃をジャンプして避ける。別方向からの岩石も避け、踏み込んでスピードを付け二体の間をスライディングでくぐり抜けながら足を全て斬った。転倒したところを背中に飛び乗り、頭部を狙って何度も斬る。原型を留めない程ズタズタにすると二体共動かなくなった。

 残るは一体。倒すイメージはできている。

 振り返ったそこには何もいなかった。

 後ろにいたはず。気配を感じて前を向くと、ゴーレムの腕が横腹に直撃する寸前だった。


「やべ………」


 ガンッ!

 ギリギリで腕と横腹の間に剣を差し込み、体への直撃はしなかった。剣から伝わる衝撃が内臓を揺らす。吹き飛ばされないよう、踏ん張って耐えたのは我ながら素晴らしい。

 次はこちらの番だ。

 剣を左手に持ち替えて右手に結晶を作り出す。足元の亡骸を踏み台にしてゴーレムの頭部を鷲掴みにした。

 今だ。

 大和が念じると同時に手のひらから放出された衝撃波が頭を木っ端微塵にした。

 ふぅ、と一息ついたのもつかの間、見えない力で引っ張られた。

 ズドォォォォォン――。

 さっきまで立っていたところが大型ゴーレムによって踏み潰された。舞う砂ぼこりに混ざっている岩はゴーレムのものだろうか、それとも元から地面にあった岩なのか。立ち止まったままだったら、自分もあのようになっていた。


「呆けておるなよ大和! 我の魔法がなかったら死んでおったぞ!」

「ごめん、グレム」


 グレモリーの『支配』で難を逃れた。彼女の言う通り目の前の敵を倒して安心してはいけない。此度のボスとも呼べる大物が二人を見下ろしていた。

 距離を取るため一旦背を向けて走り出す。


「グレムの方のゴーレムは?」

「我の鋭爪シアチで切り刻んでやったわ。張りがないのが残念じゃ」


 さっき助けられたときに、グレモリーが邪魔でよく見えなかったがクッキーのように平たくスライスされたものが重なっていた。グレモリーなら巨神器なしでも相手できそうだが。


「さて、あのデカブツをどうするかのう」

「厳しいのか?」

「いや余裕であの世へ送れるが、あっさりしてて面白くないのじゃ」


 戦いに面白さを追及するなよ。

 心の中でツッコミを入れた。


「そうじゃ!」


 急ブレーキをかけて止まる。敵を見上げるグレモリーの一歩後ろに大和がいる。

 またなにかよからぬ事を考え付いたのではないか。

 グレモリーが大型ゴーレムの頭を指差した。大和の方を振り返り、満面の笑みで言った。


「我があそこまでお主を放り投げるから、お主トドメを刺せ!」


 この身勝手さがグレモリー最大の特徴である。さらに、自分の要求が通るまであらゆる暴論を展開し拒否権を排除させるという厄介極まりない悪魔だ。


「さ、準備はいいか? 大和ならできるぞ」

「待てよ! なにも言ってないけど!」

「案ずるな」

「なにが!」

「我は我を信じておる。我の言うこと成すことはすべからく正しい。即ち、我ができると言ったらできるのじゃよ!」


 体重六十キロはある大和をなんとグレモリーは片手で天高く投げ上げた。

 落下感をついさっき味わったと思ったら、今度は上昇感を味わう。まるでバンジージャンプだ。

 グレモリーの細かい所は、ちょうど大型ゴーレムの目線が少し上に来る高さが最高到達点になるようにしたこと。それから落下に転じる時に若干大型ゴーレムに向かうような放物線を描くように投げたことだ。

 グレモリーの言葉を反芻する。

 あれは遠回しに自分を信じることが大事と言っていたのか。そこまで考えていない可能性もあるが、自信を持つことは大事だ。

 空中で姿勢を整える。オセーに致命傷を与えた技を使う時だ。

 青い結晶を纏った剣が輝いた。


破壊斬ブレイク!」


 ゴーレムの眉間に力の限り剣を振り下ろした。凄まじい威力の衝撃波が亀裂が走る。目の光が消え、背中から大地に倒れた。

 一撃である。


「大和動くなよ」


 空中で身動きがとれなくなった。ゆっくりとした速度で下降していく。グレモリーの固有魔法によって自信の体の支配権を彼女に奪われたのだ。今回のような使い方なら文句はないが、いずれ悪用されそうで怖くなる。

 地面に降り立つとグレモリーの他に二人の男性がいた。一人は華奢な体で短髪の好青年。もう一人は真っ黒な杖を持ち、僧侶のような格好をした坊主の男だ。


「この度は私達の管轄区アカ・マナフを守っていただき、誠に感謝申し上げる」

「本当に、本当にありがとうございます!」


 同時に頭を下げられた。

 どう返そうかと悩んでいると好青年の方が顔を上げ、大和の両手を包み込むように握った。


「僕、序列三十位のフォルネウスって言います! いや本当に非力ですみません。僕の魔法は戦闘向きじゃないんです。交渉事には向いてますが。あ、でもでも普通の悪魔民よりは強いですよ。それでも非力なのは間違いじゃないんで僕らが戦ってたらぺしゃんこに………」

「少し静かにしろ」


 坊主頭が止める。

 早口で捲し立てられるのはあまり好きではない。だが、第一印象は中々人当たりのよさそうな男だ。


「申し遅れた。私は序列十位ブエルと申す。以後、お見知りおきを」

「あ、どうも」


 深々とお辞儀をされる。フォルネウスとは対称的に厳格な性格なのがわかる。


「もう一人は住民の避難を指揮をとっているため同席はできなかったが彼の分までお礼を言う。グレモリーと大和殿が来ていなかったら今頃どうなっていたことか」

「いや本当にそれですよね。あの裁判では一時は無期懲役かと思いましたが、あ、僕はもちろん反対でしたよ。でも同調圧力って言うんですか。だから仕方なく幽閉案に手を挙げるしかなかったんです。疑わないでください。本当ですよ。それにそれに………」

「おい」


 出た出た。面倒な奴が割り込んで来やがったよ。

 グレモリーはコートのポケットに両手を入れ、顔を少し上に向けフォルネウスとブエルを見下していた。身長では二人より高く、ほとんどが見下ろされてる感じがするだろうに、そんなに他を見下したいのかこの悪魔は。


「一山越えてわざわざ助けに来たのに持て成しもなにもなしか。二度と助けてやらぬぞ」


 恩着せがましいことこの上ない。

 来る前の仲間だから助けてやろう的な発言はなんだったのか。ちょっと良い奴だなと思ったこちらの気持ちを返してほしい。


「も、もちろんお礼はする。私は回復魔法にはこころえがある。すぐに処置しよう。フォルネウス、街に連絡を」

「りょ、了解です!」

「はようするのじゃぞ」


 グレモリーをよそに大和はウォフ・マナフにいる面子のことが心配だった。アカ・マナフに攻めてきた敵の数は多くなかった。アガレス派がまだ本気ではないのならば問題ないのだが。今は無事を願うしかなかった。

 グレモリーに付き合わされるのは予想できている。

 その後、街の悪魔全員から厚待遇を受けたことは言うまでもない。

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