ep1 天使たちの作戦
「任せてって。どうするの」
「それは、これから考える」
具体的なプランは考えてないのか。
「私たちのお仕事は、自殺しそうな人たちを助けることにあるんだもの」
「神様は最近自殺者が増えていることに頭を悩まされて、私たちが送られるようになったのです」
「所属は天使部救済課」
「会社みたいに部署名あるのか……」
こんなときだが、あの世の社会の仕組みが気になってきた。
「それでは、早速、あなたの悩みのタネを排除しにいきましょう。その会社のところまで案内してください」
「案内もなにも、ここだけど」
自分は会社の入っているビルから飛び降りようとしていたのだ。時間はすでに深夜十二時。それなのに、明日必要な資料がまだ半分も完成していないとくる。という、いきさつで死にたくなったので、当然に家に帰って自殺する手間をかける気もなかったわけだ。
「わーお。それなら話が早い」
「さっそく始めましょう」
天使たちは俺を置いて勝手に走り出してしまった。自殺しそうな人間から目を離してしまっていいのだろうか。
放置された俺は迷ったが、結局、靴を履いて彼女たちの後を追いかけた。頭が悪そうにみえるが、天使は天使だ。もしかしたら不思議な力で何かしてくれるのかもしれない。例えば、自分の仕事を代わりに仕上げてくれたりとか。
もしそうならどんなにいいことだろう。仕事は、明日締め切り分だけでなく、明後日も、明明後日も、二週間先までびっしりある。これが片付いたらどれほど楽だろう。うまくいけば、入社五年目にして、定時帰宅を実現できるかもしれない。
「ここがオフィス?」
「そう」
「なんか汚いオフィスだね」
「ほっとけ」
そう答えたものの、自分でも汚いオフィスだと思う。自分の机の上は、未整理の書類が山と積まれている。それは、上司、同僚の机も一緒だ。清掃員を呼ぶ金も惜しんでいるので、床の上にほこりが見られる。掃除は本来若手社員の仕事なのだが、ブラックすぎて新入社員が定着しないのだ。結局、この会社で一番の若手は今も自分だ。
「うーん。いかにも悪い会社って感じ」
「ブラック企業な」
「ブラックも、悪い会社も一緒じゃない?」
「うーん。まあ、そうなのか?」
ブラック企業を悪い会社と表現するのが、頭悪いと感じたが、よく考えれば、労働基準法も無視しているんだから悪い会社なのには違いないかもしれない。
「あ!それじゃあ、この会社、爆破しちゃいましょう!」
「は?」
赤毛の天使が発した爆弾発言に、しばらく硬直した。
もう一度言うが、見た目は七才くらいで、虫も殺さなそうな罪のない顔をして、年上(少なくとも見た目は)の自分にちゃんと敬語を使っている彼女の発言だ。
「ちょっと待った、何をいって……」
「わー、それいいね!吹っ飛ばしちゃおう」
「名案」
あわてて止めようとしたのに、あろうことか、ほかの二人も目をキラキラと輝かせて賛成してしまった。
「そうと決まれば、早速行動に移しましょう。アドニス、どここかから適当なバズーカ砲を調達してきてください」
「バズーカ砲!?」
さっきから急に発言が物騒になってきた。本気でこの会社を吹っ飛ばす気らしい。
「了解」
アドニスと呼ばれた黒髪の天使は、敬礼して了承し、何もない空間に手をかざす。
すると、そこに直径一メートルほどの円形の光る空間が出現し、アドニスは両手が突っ込む。
「重量……」
重いらしい。腰を踏ん張り引く。
やがて彼女の背丈を超える厳つい鉄の塊が、何もない空間から飛び出してきた。マジでバズーカ砲だ。
「いやいや、本当に何やって……」
目の前の凶暴な武器を前に真っ青になり止めようとするのだが、
「おお!これがあれば簡単に吹っ飛ばせるね!」
「早速、発射しましょうッ」
「ちょっと待てー!!」
こちらの話を全く聞かずに三人で重いバズーカ砲担ぎ上げ、今にも引き金に手をかけようとしている三人をなんとか制止すべく、両手を広げて三人の前に立ち塞がる。
「危ないよー。そこいたら、会社と一緒に吹き飛ばされて、お兄さん、木っ端みじんになっちゃうよ」
「いいから、撃つのをやめろ」
「どうしてですか?」
「どうしてじゃないだろ。君たち天使だろ。こんな、たくさんの人に迷惑かかるようなことしちゃ駄目じゃないか」
「あなたはこの会社のせいで自殺しそうにまでなってるんでしょ?だったら、この会社こそ人に迷惑をかけてる悪い存在だよ」
「……」
「自殺は神様が禁止しているもっとも重い罪の一つです。それを犯す人も悪いけど、それをさせるまでにした存在もまた立派な悪です」
「自殺の原因の排除。根本的解決。それが私たちの仕事」
この会社に入ってからの五年間が俺の頭の中を駆け巡った。飛び降りたときでさえ、起きなかった走馬灯という現象だ。
大学を卒業して、社会人としての責任と不安を感じつつ、入社した二十二歳の春。最初は忙しいことも、仕事を覚えていく充実感があった。あの頃はまだ、優しい先輩もいた。ところが、だんだんと仕事が増やされていき、理不尽な指示に振り回され、あちこちから怒られていくうちに、仕事への情熱はもう、とうになくなっていた。
気が付けは、朝起きて、働いて、怒られて、深夜にかえって、寝るだけの人間になっていた。そうなったのもすべて……
俺はふらふらと横にどいて、彼女たちの妨害をやめた。
「おっけーい。それじゃ、やっちゃおーう」
「カウントしますよ3,2,1,」
天使たちはちょっとしたいたづらをする子供たちみたいに、生き生きとはしゃいでいる。「発射」
爆音がオフィスにとどろき、炎がフロアを埋め尽くし、すべてを焼き尽くした。
駄(×堕)天使たちのおしごと 厚川夢知 @7024nisshir
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