駄(×堕)天使たちのおしごと
厚川夢知
ep1 駄天使、参上!!
俺はこの世に別れをつげて、あの世に行くことにした。
具体的にどうしたかというと、会社のビルの屋上から今まさに飛び降りた。
高さは十五階建てなので、死ぬには十分。地上がみるみる迫ってくる。ちょっとだけ怖くなってきたが、もう遅い。それに恐怖より解放感の方が大きかった。
これで、いやな上司からも、うるさい取引先からも永遠におさらばできる。真の自由が手に入るのだ。死、万歳ーー。
ところが、
「ストーーーーーーープ!!!」
幼い少女たちの声が聞こえた。頭上から。耳元に近い。
次の瞬間には、ふわりとした感触が両腕にかかって、落下速度が落ちる。どこからともなく現れた3人の少女たちが、俺を抱きかかえていた。
「……せ、セーフ」
「危なかったね。誰も見てないからセーフ」
「はやく、元の場所にもどりましょう」
三人は口々にしゃべると、混乱する俺を無視して急上昇。あっという間に、飛び降りた屋上に戻った。飛び降りる前に脱いだ革靴が、ぽつりと置かれている。
「何が起きた?」
現実離れした現象を前にして、そんな感想しか出てこない。
もしかしたら、地面に激突した瞬間の記憶がないだけで、俺はもう死んでいるのか。
目の前のあどけない顔をした少女たちを観察する。三人とも年齢でいえば七つか八つぐらい。西洋画でよく見る天使のごとく、頭の上に光の輪があり、服は純白……背中には翼まで生えている。
「天使?俺って死んでこれから天国に行くのか?」
彼女たちは死んだ自分を迎えに来たのかもしれない。
「一つ目の質問はイエスです。私たちは天使です。しかし二つ目の質問はノーです。あなたはまだ死んでいません。私たちはあなたを助けに来たんですよ」
真ん中の赤毛の天使が代表していった。
「自殺されちゃ困るから助けに来たの」
これは左にいる黒髪の天使の言葉。
「それが私たち天使の仕事」
最後に右の金髪の天使がむすんだ。
「止めにきた?そ、そんなの困る。やっと楽になれると思ったのに。死なせてもくれないのか」
絶望で目の前が真っ暗になる。
「もうほっといてくれよ。俺はこんな世の中に未練なんてないんだから。君たちは天使だろ?てことはあの世もあるんだろ。そこに連れて行ってくれよ。お願いだから」
半べそで懇願するが、赤毛の天使たちの回答はにべもなかった。
「それがだめなんです」
「なんでだよ」
「自殺は神様が禁止してるんだもん」
今度は黒髪の天使がいう。
「神様が何だ。俺は死ぬ」
「自殺は厳罰。具体的には地獄。それが規則」
金髪天使が衝撃発言をした。
「地獄……」
自棄を起こしている俺だが、「地獄行き」の言葉には、固い決心がぐらついた。死後の世界のことを深く考えたことがなかったものの、天使という、死後の世界の住人を目にしては、天国や地獄のこともリアリティが感じられる。そして、地獄にはできれば行きたくない。
「間違いなく地獄行きなのか、俺?」
「もう、問答無用だよ!自殺は例外なく。最近よく訊く、安楽死?とかは判定が難しいって神様いってたけど、あなたみたいに健康でまだまだ何でもできる人は絶対に地獄行きなの」
黒髪の天使が無邪気な顔で実に残酷なことを教えてくれた。
「ほんとかよ」
キリスト教をはじめ、自殺を罪とする宗教は多い。それらの教えは正しかったようだ。これが何教の神に近いかは知らないが。
「その、地獄ってのは、どのくらいひどいところなんだ?」
「うーんとねー。とにかく辛くって、大変なんだよ」
「それはわかる。どれくらい辛くて、大変なんだ」
「えー。説明しづらい……」
どうやらこの黒髪の無邪気な天使はボキャブラリーが乏しいらしく、うんうん考え込んでしまった。見かねたのか代わりに金髪の天使が回答する。
「一億回は死ぬような苦痛」
「……冗談だろ?」
「……二億回?」
「よくわかったありがとう」
どうやら最低でも一億回は死ぬ苦痛らしい。想像してしまい、全身に震えが走った。
やっぱり地獄というところは、文字通り地獄らしい。天を仰いだ。ここにはいない神を恨んだ。
「あーあ。自由に死ぬこともできないのかよ」
思わず涙が出てきた。
「元気出して下さい」
赤毛の天使が心配そうに話してくるが、何の慰めにもならない。
「元気なんかでるかよ。生きてたって何にもなんないだろ。ブラックな会社にこき使われて、深夜まで働かされて、給料は低くて、金も貯まらない。時間もないから、女もできない。楽しみがない……。こんな世界で生きていたって……」
情けなくも涙をふく気力もわかない。
「なんかいろいろ言ってるけど、結局なにがいけないんだろ」
「勤めてる会社が忙し過ぎて大変だってことではないですか?」
「過労」
「ふーん。じゃあさ、その会社をなんとかしちゃえばいいってことかな」
三人は人が泣いてるのをよそに、ごにょごにょと額を寄せ合って相談していたが、話がまとまったらしくこちらを向いて、代表して、黒髪の天使がいった。
「質問があるんだけど。じゃあ、あなたが自殺したい原因は、会社にあるんだね?」
「そうだよ」
「OK!じゃあ、私たちにまかせて」
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