君が零した最後の涙

緑のキツネ

第1話 君が零した最後の涙

「由梨、好きだよ」


僕の声は体育館の中で反響した。

由梨は涙を流していた。

由梨と会うのも今日が最後かもしれない。

僕はそう思いながら体育館を後にした。

君が零した最後の涙はどういう意味だったの?

僕を最後まで信じてくれてたのかなあ。

ごめん。ごめん。

何回も心の中で謝りながら走り続けた。

もう君とは会わない。いや、会いたくない。

今日は球技大会。

楽しく終わるはずだったのに……。





今日は1年に1回行われる球技大会だった。

男子はバスケかサッカー。

女子はバスケをすることになっている。

僕は中学校の頃からずっとやっているバスケでエントリーした。

球技大会前日、僕がバスケ部でレイアップの練習をしていた時、あいつと出会ってしまった。


「橘、そこで何してるの?」


あいつの名前は伊達猛だてたける

同じバスケ部のキャプテンだ。


「明日の練習だけど……」


「今日は部活は休みだろ」


それは僕も知っていた。

明日の球技大会の準備をするから体育系の部活は休みだと。でも練習しないと……。


「僕は明日お前らのチームに勝ってやる!!」


僕のクラスは1年2組。あいつは1年3組。

僕のクラスにはバスケ部は自分しかいない。

あいつのクラスには3人もいる。

戦力差があるのはわかっている。

あいつに勝てないのも分かっている。

だって僕はずっと補欠。あいつはずっとレギュラーで活躍している。

僕はずっとあいつに憧れていた。

でも、その憧れは憎しみへと変わった。

それは去年のクリスマスでの出来事だった。

あいつから来た1件のライン。それがすべての始まりだった。


お前の好きな人、もらうわ


僕には好きな人がいた。

佐藤由梨さとうゆり

彼女は僕と同じクラスで女子バスケ部に入った。去年の夏休みにはあいつと僕と由梨の3人で映画にも行った。僕が由梨のことを好きだったことはあいつにも話していた。


「良い感じだね。俺もお前のこと、応援してるよ」


そう夏休みの時は言ってくれたのに……。

クリスマスの日、あいつと由梨は2人で過ごしたらしい。僕も誘えばよかったのに……。

でも、2人きりは……。僕には誘う勇気が無かった。そしてあいつが由梨に告白して付き合うことになったらしい。僕はただ悔しかった。

そして明日、球技大会。

僕に復讐のチャンスが来た。


「なあ猛。この勝負で僕が勝ったら由梨と別れてくれないか?」


「良いだろう。ただしお前が負ければ、この賭けのことをすべて由梨に話すからな」


「良いよ。僕は絶対に負けないから」


「バスケ部3人もいる俺たちに勝てるはずがない」


そう言ってあいつは体育館を出て行った。


次の日、目が覚めると机の上にボタンが置いてあった。

側面に時間停止ボタンと大きく書かれていた。

時間停止ボタン……。そんなものがなぜここに……。すぐ隣に手紙が置いてあった。



この時間停止ボタンは10回まで使ってもいい。

ただし11回使うと……そのボタンが姿を現す。



10回も使えるのか。スリーポイントをこれで決めまくれば……。

いや。そんな不正に手を出してはいけない。

正々堂々戦ってもし、負けそうになったら1回だけ使おう。


そしていよいよ球技大会が開幕した。

初戦の相手は2年3組だった。

バスケ部は1人もいないので余裕で勝てた。

どんどんトーナメントを勝ち抜いていき、いよいよ決勝戦まで来た。

相手はもちろん1年3組だった。


「よくここまで来れたね」


あいつが僕の目の前に来た。


「ここまでは余裕だよ」


「見ろ。来てるぜ」


観客席には由梨が座っていた。


「初戦で負けてからずっと俺の応援をしてくれたよ」


由梨……。僕のほうが大好きだ。

僕はこの世界で1番愛してるに決まってる。


「僕はお前に勝って……由梨に告白する」


「無理だと思うよ」


試合開始のホイッスルが体育館に鳴り響いた。

試合は10分。前半5分、後半5分。

勝負をかけるなら体力がある前半だ。

ボールを持った僕は前線までボールをドリブルした。このままレイアップを……。その時、ボールが消えたことに気づいた。

あっという間にカットされたて速攻で点が入ってしまった。やっぱり……勝てない。

3人のバスケ部は県でトップくらいの実力を持っている。僕にはかなわない。

チームメイトが体力を失っていき、

前半が終わるころには0対32点で負けていた。あと32点。このまま負けたら……僕はなにもかも失ってしまう。

そうだ。時間を止めて11回スリーポイントを決めれば……。

この時間停止ボタンは誰にも見えていない。

僕しか見えていない。

後半、僕は時間停止ボタンを使ってスリーポイントを決めていき、

30対32点まで追いついた。

会場は僕のスリーポイントの正確性に驚き、盛り上がっていた。


「あともう1本」 「決めろー」


会場から飛び交う声援。僕がここで決めれば……由梨も。

もう時間停止ボタンは使わない。

自分の手で……。

試合終了5秒前。僕は全力でスリーポイントラインからボールを投げた。

コースは良い。でも距離が……足り……。


「試合終了ー-。勝ったのは1年2組」


声が会場にこだました。

僕は勝ったのか。あいつに。勝ったのか。

やったー。勝った。

僕はスタミナ切れで床に倒れこんでしまった。


「もう動けない……」


だんだん意識が遠のいていった。



目が覚めると、そこは保健室だった。


「やっと目が覚めたのね」


保健室の先生が僕に声をかけた。


「球技大会は?」


「あなたのクラスは予選敗退よ」


え……。予選敗退!?


「どういうことですか?僕は決勝で……」


「あなたは時間停止ボタンを使って点を取ったことがバレて失格になったのよ」


え……。あれは僕にしか見えないはず……。

11回使ったときに姿を現すはず。

でも僕が使ったのは10回。


「決勝の動画を見せてください」


保健室の先生の撮った決勝の動画を見た瞬間、鳥肌が立った。

最後のスリーポイントシュートは明らかに距離が足りてなかった。

でも入った。ということは……。無意識に……。


「橘、お前の敗北だ」


猛が保健室に入ってきた。


「……そうか」


「おまえとの賭けは全て由梨に話した。

それでも告白したいなら、今から体育館に行け」


「ありがとう……」


僕は保健室を飛び出して体育館に向かった。

もうあいつには勝てない。なにをやっても。不正しても……。由梨。ごめんね。体育館の真ん中に由梨が立っていた。

泣きながら立っていた。何で泣いてるの?

由梨の笑顔が見たかったのに……。

どうすれば良いんだろう。

僕に出来ることは……。

僕は体育館に響くくらい大きな声で由梨に向かって叫んだ。


「由梨、好きだよ」


曇り空に隠れていたはずの太陽がやっと出てきた。君が零した最後の涙が窓から差し込む太陽に照らされて輝いていた。

僕はそれだけ伝えて体育館を後にした。

僕は試合に負けた……。

何もかもあいつに奪われた。

もうこれで良いはずなのに……。

なぜだろう。涙が止まらない。

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