『受付嬢、シャンティ・ベルエの書簡』

龍宝

「受付嬢、シャンティ・ベルエの書簡」




 ――親愛なるリジー、わたしの最愛の妹、リゼッタ。



 あなたのもとを離れ、この都市の協会支部で働くようになって、二年が経ちました。


 もう二年。


 わたしはそのことに、王都からやってきた新人の存在によって、初めて気が付いたのです。


 あァ、どうか、薄情な姉だとは思わないでください。


 わたしが王都を旅立ってから今日まで、たったひとりの可愛い妹であるあなたを忘れたことなど、オルドサエの山に住む暴れ竜が火を吐かない日のごとくなのです。


 支部の受付机で、こうして筆をっている只今も、あなたの笑顔ばかり思い浮かべているのですから。


 本当です。


 わたしの――おや、冒険者の方が並ばれたので、少し外します――。




 わたしがこの二年を曲がりなりにも支部の一員として、先輩方や所属の冒険者たちのえてこられたのは、すべてあなたのおかげなのです。


 あなたがに送ってくれる手紙と、夜中寝台でむせび泣くわたしを案じて、あなたが夢の中にまで来てくれたことは、本当にうれしかったのですよ。


 夢の中のあなたは最後に別れた時のまま、十歳のリジーですが、話す内容は都度送られてくる手紙に応じて、段々と大人びてきている気がします。


 それがうれしくもあり、さびしくもあるのですが――。




 最近は仕事にも慣れて、支部にも、この都市にも居場所ができたと思えるようになりました。 


 ですが、先輩方の言う仕事ののようなものは、まだつかめないでいます。


 わたしは、やはり――


 ごめん。いきなり文字が、乱れて、驚かせたかな……かもしれません。先輩が近くに立って話し出したので、ここからはかくしながら書きます。


 わたしは、王都であなたと遊んだ広場や、市場の露店、そして何よりあなたが暮らしている我が家が恋しくてたまらないのです。


 できることならば、今すぐあなたの許に戻りたい。


 もちろん、王都の誰よりもわたしのことを想ってくれているあなたが、同じ気持ちなのは分かっています。


 同時に、世界の誰よりも優しく聡明なあなたが、わたしに心配を掛けまいと、そうしたことを手紙には書いていないことも――。




 あと一年もすれば、まとまった休みが取れるらしいのです。


 その時は、必ずあなたに会いに行きます。


 その日までどうか、身体に気を付けて、いつもの笑顔でわたしを出迎えてください。



 あなたの最愛の姉、シャンティ。シャンティ・ベルエより。











 ――親愛なるリジー、わたしの最愛の妹、リゼッタ。



 手紙の返事が遅れてごめんなさい。


 郵便の馬車が街道の魔物に襲われて配送が遅れることは珍しくないですが、今回はそうではありません。


 いえ、魔物が関係しているということは、間違いではないのです。



 あなたも知っての通り、わたしは、冒険者協会の、支部付き受付嬢です。


 当然、冒険者に依頼を紹介したり、また彼ら彼女らの能力を把握管理するのも仕事の内で、冒険者という生き方に関してもそれなりにくわしいつもりでした。


 だけど、本当の意味では、わたしはその危険を理解などできていなかったのです。




 先日、とある冒険者のふたり組――日常的に魔物と戦うことがある冒険者は、複数人でつるむ習慣と規則があるのです――が、出向いていた依頼から支部に帰ってきました。


 その片割れ、治癒魔術師の少女が、外套がいとうを真っ赤に染めた姿で相棒の肩にかつがれているのを見た時、わたしはまるで動けませんでした。


 固まったまま、何もできなかったのです。


 すぐに、先輩や他の冒険者がふたりに駆け寄って、魔術師の少女を支部備え付けの医務室に運び込み、夜をてっしての治療が始まりました。


 相当の深手だったそうです。


 近隣の支部からも治癒魔術を使える協会の者が応援に来てくれて、少女はどうにか一命を取り留めました。


 中途半端になっていた依頼の引き継ぎや、同時に他の冒険者への注意喚起にわたしたちも忙殺され、数日が過ぎてようやくこうして筆を執れる時間が取れたのです。




 わたしは、今回の件でよくよく思い知らされました。


 前に書いたように、仕事に慣れ、受付嬢としてそれなりの経験を積んだものとばかり思っていたのです。


 ですが、わたしは何も分かっていなかった。


 これが、こんなことが起きるのが、彼女たちの生きている世界なのだと。


 わたしは、机のこちら側から彼女たちを送り出して、分かった気になっていただけの――。




 このことを、まだ幼いあなたに伝えるかどうか、かなり迷いました。


 馬鹿な姉と、思ってくれてもいいんです。


 ただ、この仕事をしている以上、協会の人間として、いつわたしがあちら側に出向くことになってもおかしくはないのです。


 あなたには、それを知っていてほしい。


 そして、どうか心配しないでください。


 無事に帰ります。



 あなたの姉、シャンティ。











 ――親愛なるリジー、わたしの最愛の妹、リゼッタ。



 似顔絵を送ってくれてありがとう。


 思っていた通りに、少しだけ大人になったあなたが、そばに居てくれるような、そんな気がします。


 いつでも見られるよう、工房の人に頼んで持ち運べるような装飾品に仕立ててもらいました。




 今日、新人の冒険者さんが支部に登録に来ました。


 この前の一件があってから、大抵は余所よその支部で活動していた経験者が移ってくるばかりで、新規の登録者はいなかったのですが、久しぶりにうちの支部所属の駆け出し冒険者です。


 明るい金髪がまぶしい元気いっぱいな女の子で、あなたより三つ上の、まだ子供でした。


 わたしは都市内での依頼をすすめましたが、彼女はどうしても都市の外に出向きたいというのです。


 前回の件を受けて、うちの支部ではたとえ「薬草の採取」のような魔物との遭遇を前提としていない依頼であっても、都市外に出る場合は必ず複数人で徒党を組むか、ふたり組なら片方が相当の熟練者でなければ依頼の遂行を認めないといった具合に規則を強化しました。


 だから、わたしは手足を振ってねばる少女を昼食返上で説得することになったのです。


 結果的に、彼女の冒険者生活が上手くいくように願いつつ、いじわるなお姉さん受付嬢に徹して――。




 お返しに、わたしがこの前同僚と体験しに行った〝写影紙〟なるものを同封しておきます。


 魔術の使えないわたしにはさっぱりですが、魔力を変化させて紙にその人の姿を焼くんだとか。


 お守りにするもよし、寝台の傍にかざるもよし、あなたが喜んでくれるとうれしいです。



 あなたの姉、シャンティ・ベルエより。











 ――親愛なるリジー、わたしの最愛の妹、リゼッタ。



 こちらもすっかり冷えるようになりました。


 この時期の王都の寒さを思うと、やはりあなたと暖を取っていた思い出ばかりよみがえってきます。


 近所の食堂は、今年も温かい汁物を配ってくれるのでしょうか。




 都市外の山に雪がちらつくようになると、冒険者たちもあまり仕事をしなくなります。


 寒さで、魔物も活動がにぶくなるためです。


 人も魔物も、そろって巣にこもっているというのは、何だか妙な話な気もしますが――。


 先日、ひとりの冒険者に相談を受けました。


 覚えていますか、前に書いた魔術師の少女の相棒で、バルバラといいます。


 わたしがこの支部に配属された時からの付き合いで、とても腕の立つ冒険者さんです。


 バルバラが「引退しようと思う」、と切り出した時、わたしはどこか納得している自分に気付きました。


 魔術師の少女は、命こそあったものの、あの時の怪我けがで二度と冒険者としては活動できない身体になっていましたから。


 バルバラにとっては、半身を失ったような、彼女が冒険者でないのに、自分が冒険者であるということがしっくりこないというような感じだったのでしょう。


 最高のふたり組と呼ばれていたバルバラたちが解散し、冒険者としてのそれぞれに別れを告げるというのは、やはり考えさせられるものがあります。


 バルバラは、引退した後、街の居酒屋で用心棒をするつもりのようでした。


 相談といっても、彼女の決心は固く、わたしは支部を出ていく彼女の背中を見送るしかなかったのです。


 いくら冒険者の支援が仕事だとか、仲間の一員だとかいっても、やはりこんな時は、彼女たちの別れを黙って見守ることしかできない自分に歯がゆさを覚えます。




 寒さのせいか、気分が落ち込んでしまったようですね。


 くれぐれも、病などには気を付けて、元気でいてください。

 


 あなたの姉、シャンティ・ベルエより。











 ――親愛なるリジー、わたしの最愛の妹、リゼッタ。



 ようやく雪が姿を消し、陽気が顔をのぞかせるようになってきました。


 支部の冒険者たちも、山賊同然な酒浸さけびたりの冬眠から目覚めて、受付に並ぶ人がと出てきています。


 まっていた依頼も、少しずつ雪解けを迎えているのは、受付嬢として喜ばしい限りです。




 そういえば、あなたに是非ぜひとも話しておきたいことがありました。


 わたしの親友・バルバラが冒険者に復帰するというのです。


 彼女もまた、あの日から長い、長い冬眠を続けてきたと思います。


 受付に並んだバルバラを見た時の、わたしの驚きようといったら。


 照れくさそうに笑った彼女のかたわらには、明るい金髪が揺れていました。


 わたしは、思わず立ち上がって彼女の手を取って、気が付いたらうれし涙をこらえ切れずに――。


 ふたり組を解散して、今でもあの少女に仕送りをしている彼女が、また冒険者として生きる道を選んだのです。


 冒険者には、つらい別れもあれば、希望に満ちた出会いもあって。


 わたしは、とても感慨深いような気持ちで、それと同時にようやく理解できたような気がしました。


 自由で、時に残酷な世界に生きる彼女たちの傍で、その出会いと別れを見届け続けること。


 それが、受付嬢としてのわたしの仕事で、明日からのわたしの生き方なのだと――。




 長くなりましたが、くれぐれも身体に気を付けてください。


 今までよりも、あなたの笑顔が待ち遠しい。


 もうすぐ帰ります。



 

 あなたの最愛の姉、シャンティ。シャンティ・ベルエより。




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