第216話 ボートで遊ぶ その2

「兄ちゃん!」

「私が、スワンボート運転しても良い!♪」

「前回の時も、私が運転をしたからさ!!♪」


 俺からボートが乗り込む直前で、虹心は笑顔で言う。

 こう言った場合、体裁なんて気にせず、相手の希望を叶えるべきだと俺は感じる。


 そして、先ほどの老人男性が桟橋へ出て来ている。

 目を細めて、俺たちを見ているが何かを言って来ようとはしない。

 やはり、建物内からの監視は不味いと感じたのだろうか?


「……うん! 良いよ!!」

「虹心!!」


 俺はもったいぶるつもりでは無いが、間を置いてから和やかな表情で虹心に言う。

 ボート遊びをしたいと言い出したのは虹心だから、虹心に主導権を与えるべきだと俺は感じたからだ。


「じゃあ、私がボートの運転をするね!!」

「兄ちゃん!!」


 虹心は嬉しそうな笑顔で言い終えると、スワンボートに備わっている手すりを手で掴んで、ボートへ軽やかに乗り込む。

 虹心の乗船確認後、俺も虹心の真似をしてボートに乗り込む。


(水面は穏やかだけど、やはり水上だから船は多少揺れるな!)


 虹心は軽やかな動作で乗船したが、俺は少し緊張しながらボートへ乗船する。

 俺が乗船する時、老人男性スタッフは俺をガン見していたが『こいつ……度胸が無いな!』の表情をしていた!?


 大きなお世話で有る!!

 それでも、無事に俺はボートへ乗り込み、先に乗り込んでいた虹心はハンドルを手に持ちながら、和やかな表情で声を掛けてくる。


「兄ちゃん!」

「じゃあ、今から出発するけど、このボートを漕ぐのは私と兄ちゃんの共同作業に成るから、息を合わせてペダルを漕ぐんだよ!!」

「これを阿吽あうんの呼吸と言うのだよ!!」


「阿吽の呼吸ね!」

「分かった!!」

「虹心のペースに合わせて、俺はペダルを漕ぐよ!!」


(……共同作業って、まるでウェディングケーキ入刀のように言うな!)

(これも、共同作業には変わりないが……)


 俺は和やかな表情で言い終えると、虹心は笑顔で言う。


「じゃあ、出発~~♪」


 虹心は元気なかけ声を掛けてから、ペダルを漕ぎ始める。

 俺も虹心の息に合わせて、足下のペダルを漕ぎ始める。


『キコ、キコ、―――♪』


 俺と虹心が乗っているスワンボートは、ゆっくりと動き出す。

 老人男性スタッフからのかけ声は無いが、静かにその様子を見ていた。


 歩くようなスピードでスワンボートは、池の中央に向かって行くように、虹心がハンドル操作をしている。

 この池は真ん中付近が一番広いし、さっき昼食を食べた中島もその場所に有る。


『キコ、キコ、―――♪』


「~~♪」


 虹心は楽しそうな表情で、スワンボートのハンドル操作をしている。

 二人で漕いでいるから、疲れも殆ど感じない。


 自転車のペダルを漕いでいるのと殆ど変わらない。

 虹心の場合は隣に座って楽しむ子では無く、率先して何かをやりたい子で有る。


 ボートに屋根は有るが、直射日光は思いっきり降り注ぐ。

 本来は暑いはずなのに、意外に熱さを感じない。

 水面から蒸発する、気化熱の影響だろうか?


「変哲の無い公園だけど、水上から見る景色はまた別物だな…」

「今回は公園だが、これが海とかだとまた、別世界が広がるのかな…」


 俺は感情を込めて呟く。

 俺の呟きを聞いていた虹心が、陽気な口調で話し掛けてくる。


「兄ちゃんは、ボートに乗るのは初めてだっけ?」


「うん。今日が初めて!!」

「男同士でボートを乗りたくなんて無いし、一人で乗るのは尚更嫌だからね!!」


 俺は和やかな表情で答える。

 俺の親友は陰キャラばかりで有るから、こう言った遊びは先ずしない。


「公園のだけど、ボート遊びも良いでしょう!!」

「兄ちゃんに素敵な彼女さんが出来た時に、是非やって上げて!!」

「伊藤さんの様な人なら、きっと喜ぶと思うよ!!」


 虹心は弾んだ口調で言う。

 虹心は運転をしながら話しているので、俺の方へ顔を向けていない。


(伊藤さんか……)


 虹心の言葉で俺は、伊藤さんのことを少し思う……

 伊藤さんは今頃、何をして居るのだろうか?

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