言語遊戯「俳句延長戦」

吟遊蜆

言語遊戯「俳句延長戦」

何ごとにつけ、延長戦というのは接戦に決まっている。なぜならば接戦でなければ、延長戦になど突入しないからだ。だが接戦だからといって、退屈でないとは限らない。もちろんこの文章も、例外ではない。


というわけで今回は、日本語文化の極みとも言える「俳句」の延長戦をやってみようと思う。ちょうど良いことに、俳句の五・七・五のリズムの先に七・七をつけ足してみると、自動的に短歌の響きを持つようになっている。つまりこれは俳句を短歌化する試みとも、言えるだろうか(というか、詠み手に連歌を吹っかけている状態?)。


しかしその主たる目的は、あくまでも元になる名句の効力を無効化することであって、たとえばそこから立ちのぼってくる風情をなくしたり、意味をなくしたりということである。


なぜそんな必要が?


とか言ってみたところで、どうなることやらさっぱり見えないが、こういうときはとりあえずやってみることだ。物事をより良いものにする努力ならば、みなやっているだろうが、むしろ逆により悪くする努力を、ここにお見せしてみたいと思う。


なぜそんな必要が?(リターンズ)


では、不必要にはじめよう。



◆《柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺》

     ↓

 《柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺 燃ゆる三日月 亀田の種よ》


【解説】

元の句は、言わずと知れた正岡子規の名句である。


日常に起こったことを単に並べているだけなのに、なんとなく郷愁を感じさせるのが、やはりセンスというものか。


柿を食べたときに、ちょうど法隆寺の鐘がゴーンと鳴る。だがその柿というのが、もしも本物の柿ではなく、あのおせんべいの柿の種であったとしたら? 「燃ゆる三日月」とは、もちろん辛いそれことである。


そちらのほうが歩きながら食べやすいだろうが、実際にはポリポリ噛む音で、鐘の音はほとんど聞こえなくなるだろう。そうしてより近くにある雑音で相殺することにより、この句が本来持っている風情は、あっさり無効化されることになる。


そういう意味で、柿の天敵は、親類のふりをした柿の種であるのかもしれない。



◆《閑さや 岩にしみ入る 蝉の声》

     ↓

 《閑さや 岩にしみ入る 蝉の声 目にしみるのは 蝉のしょんべん》


【解説】

原作は、松尾芭蕉の有名な句。


こちらもやはり「音」が鍵を握っているが、音よりも切実な問題が自分の身に迫っているとしたら、その要素を無視することはできないだろう。


ましてや、浴びせられたくないものを浴びせられているとなれば。


蝉という生き物のアイデンティティは、ポジティブに捉えればその鳴き声だが、ネガティブに捉えればところ構わず撒き散らされるあのしょんべんであるに違いない。


その両面にスポットを当てることで、前者の放つ風情を無効化することに成功した。



◆《夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡》

     ↓

 《夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡 よわものどもは 校舎裏かな》


【解説】

続けてこちらも、松尾芭蕉の句より。


ここで言う「兵=つわもの」というのは武士のことだが、これはその響きのとおり、特に「非常に強い武人」のことを指す言葉でもある。


だとすれば逆に、強くないうえに武士でもない者たちは、いったいどこに消えてしまったのか? ここで時間を一気に現代まで飛ばしてみると、そういう者たちはたいがい「つわもの」たちの命により、校舎裏に呼び出されていることが判明する。


詠まれている言葉の裏に隠された人々の状況を描くことによって、さらにはそれを勝手に現代版にアップデートすることによって、風情ある光景を単なる悲劇に貶めることが可能になった。



◆《古池や 蛙飛びこむ 水の音》

     ↓

 《古池や 蛙飛びこむ 水の音 されど耳には ノイズキャンセル》


【解説】

こちらも松尾芭蕉の句であり、やはり「音」が重要な役割を担っている。


だが現代の技術力をもってすれば、この程度の音など簡単に無きものにできるはずだ。「ノイズキャンセル」というのはもちろん、「ノイズキャンセリング機能つきイヤホン」のことである。


そうでなくとも、いまどきの人々はどこを歩くにもイヤホンをつけていることが多いため、水の音になど、なかなか気づくことはないだろう。


そういう意味では、音声とともに風情を無効化するつもりが、ここには現代人ならではの、新たなる悲哀が生まれてしまっているのかもしれない。

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言語遊戯「俳句延長戦」 吟遊蜆 @tmykinoue

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