【前編】ゼルガ侯爵の愛し方と侯爵夫人の愛し方
誰もが羨む、幸せを絵に書いたようなシュワルツ・ゼルガ侯爵の新婚生活。それは、サナーリア夫人と侯爵の仲が非常にいいからと言えるだろう。
仕事の日は毎日エントランスでお見送り。もちろん、朝食は一緒に食べる。
昼食は別々だが、夫人が最近料理にはまっているため侯爵は愛妻弁当を持参している。
お昼時に弁当を開けては夫人をを思い出し、にやにやする侯爵だった。
そんな、普通に幸せな夫婦だったが、侯爵は夫人に秘密にしていることがあるそうだ。
少し覗いてみよう。
侯爵は、王宮にある専用の執務室でひと息休憩を入れていた。少しすると、鍵のかかった引き出しから小さな箱を取り出す。その箱を開けて中に入っている、日本で言うところのリモコンのようなものを手に取った。
リモコンの先端を何も無い壁に向け、ひとつのボタンを押す。すると、壁に映像が流れ始めた。
映像に映っているのは、侯爵邸の夫婦の寝室のようだ。
侯爵がリモコンのボタンをいくつか押していくと、次々に映像が切り替わる。
3度目に押したボタンで映ったのは、侯爵邸の前庭。そこに、夫人がいるようだ。
「サナーリア……」
侯爵は、恍惚とした表情で、うっとりと映像に映る夫人を見つめている。
「ああサナーリア、花に埋もれるきみはとても美しい……」
そう、侯爵が大切に鍵のかかった引き出しにしまっていたのは、日本風に説明すると、邸に仕掛けてある監視カメラの映像を壁に映す機械だったのだ。
この世界では、魔道具としてそのようなものがある。魔法はないけれど魔力の宿った魔石があり、それを使って動かす機械を魔道具と呼んでいた。日本風に説明すると、電気・電池の代わりに魔石が使われているとでも考えてもらえればいいだろう。
どうやら侯爵は、邸中に監視カメラを仕掛けているようだ。仕事で離れていても夫人が心配なのだろう。邸で何かあったら大変だから、そういった意図でカメラを置いているのだろう。そう、そのはずだ。
「庭師と手入れをしているのか。」
夫人は庭師のシャロルさんという妙齢の女性と花の剪定をしている。
「薔薇は棘があるだろう…怪我でもしたらどうする」
薔薇の棘が夫人を傷つけないか、気が気じゃない様子の侯爵。もし怪我でもしたら、一帯の薔薇は無惨に切り刻まれ処分され、植え替えられるだろう。
しばらくそれを見守っていた侯爵だった。
しかし仕事中であるため、名残惜しいが#のぞき__・__#はこれまで、と映像を切りリモコンをしまって執務を再開した。
3時のティータイムの頃になると、王太子がやってきた。金髪碧眼の、いかにも王子然とした風貌だ。
「やあ侯爵、来たよ」
「呼んでいませんが」
「そういうな。君の愛しのサナーリア夫人とお揃いの金髪碧眼だぞ?」
「気持ち悪いこと言わないでください」
「……王太子に対して気持ち悪いなんて言っちゃダメじゃないか?」
不敬罪、にはならない。王太子は休憩時間を狙って現れたのだから。それに、二人は貴族学院の同期だ。もともと気安い関係である。
「王太子は夫人手作りのおやつを所望する。」
「ありませんよ。帰ってください。」
「ひどくない?」
夫人は料理にはまっているのでお弁当は毎日持たせてくれるが、お菓子はあまり得意ではないようでたまにしか作らない。
いつだったか、王宮に持参したそれをたまたま口にした王太子はたいそう気に入り、度々侯爵の元にやってきては夫人のお菓子をねだるのだった。
「だって、あのたおやかな手で作り出される繊細な美しいお菓子だよ? とても美味しかったし、また食べたい。」
そう言われても菓子はない。ないものは出せない。あっても出さないが。お茶も出されないので、王太子は拗ねてぷんすか早々に引き上げて行った。
王太子がいなくなると自分でお茶を淹れティータイムを開始する侯爵。またリモコンを取り出し、邸内を映していく。
邸のエントランス外を映したところで手を止めた。
「…誰だ?」
エントランスの車寄せに、一台の馬車がある。夫人は馬車を出迎えているようだ。
「今日は来客の予定はあったか?」
馬車から誰か降りてきた。夫人は嬉しそうにしている。降りてきた男が、夫人に挨拶をして後ろに合図すると、門のほうから3台の馬車が続いてやってきた。
「商会の者か?」
男に命じられた部下たちは、馬車からいくつかの箱を持ち邸に入っていく。
すると侯爵は、客が通されるであろう応接室の映像に切り替えた。
しばらくすると、夫人が座る前にいくつかの商品が並べられた。どうやら、買い物をするようだ。
「サナーリアは今朝、買い物をするなんて言っていなかった…」
いつでもなんでも報告連絡相談してくれる夫人だったが、今日は朝出かけるときにそんな報告はなかった。
「ふむ…」
教えてくれなかったことに多少の寂しさを感じ拗ねてしまった侯爵だったが、執務室の扉がノックされたところで、ものすごい速さで魔道具をしまった。
「昨日分の決算書類がまとまったのでお持ちしました。」
「ああジュノン、仕事が早くて助かるよ。」
彼はジュノン・ジュソー。伯爵家の三男で、侯爵の学生時代の同期だ。今は侯爵の補佐官をやっているが、上司と部下といえど王太子共々私的な場では気安い仲である。
「今日も早めにお帰りで?」
「そうだね。」
「16時に上がる予定のものがありますので、それをご確認いただけたら出ていただいて大丈夫です」
「わかった。」
「馬車、用意しますね。」
「いやいいよ。」
「そんなこと言わずに。」
「ジュノンが用意してくれると一緒に乗ってくるから嫌だ。」
「そんな、お送りするだけですよ。」
「いらないよ。目当てはサナーリアなんだろう?」
「そうだけどさー。いいじゃないですかー。癒しが欲しいですー。」
「人の妻で癒されないでね。穢れる。」
「ひどっ!」
結婚式では王族や貴族はもちろん、参加してくれたほぼ全ての人と会話した夫人。お色直しは(侯爵は23着のドレスを用意していたが)1回だった。ただでさえ花嫁として大変な日だったのに、俺たちにまで優しく笑顔でお声をかけてくださった! と部下たちにも大好評だった。
その後も邸で慰労会を開き侯爵の仕事関係の人を招いて持て成したり、定期的に自ら足を運んで差し入れもしている。
美人の若奥様に、みんなメロメロなのだ。
評判がいいに越したことはないのだが、夫人が他人の目に晒されるのが気に入らない様子の侯爵、独占欲のかたまりだ。
夕刻、部下が馬車を用意する前に侯爵邸の馬車を呼び、仕事を片付けたらさっさと帰ってゆく侯爵だった。
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