第6話 那月の女子力

ガチャ


「お邪魔しまーす」


バタンッ



ふぅ、2回目だけど緊張するな。女性の部屋に通うようになるとは思わなかった。


さて、皐さんが帰って来るまでに、弁当箱を洗って、掃除もしておこう。


よしっ!


僕は鞄から例のエプロンを取り出し、身につける。最近は家でも使用しているお気に入りである。


エプロンを見ていると、皐さんを思い出してしまう。


結局あの後、何度も唇を重ね、僕はもう皐さんが居ないとダメかもしれません。


思い出しただけで、頭がクラクラしてくる。

ダメダメ、さっさと終わさないと。


僕はお弁当箱を洗い、ゴミを片付け、掃除機をかける。んー、まだ時間があるな。


よし、徹底的にやるぞ!



ーーーーーーーーーー



「はぁ、やってしまった」


どうしても那月を見ていると、私はオオカミになってしまう。あのとろけた顔。母親に甘えるように、胸元へおさまる那月。


あぁ、早く帰って甘やかしたいぃぃ。


はぁ、早く仕事を片付けよう。


「橘先生、ちょっといいですか?」


おっと、那月のことを考えていたら、周りが見えていなかったようだ。振り返ると、女子生徒が一人立っていた。


「遠藤か、どうしたんだ?」


もじもじとして、中々話す気配がない彼女。いつもの彼女は、ハキハキと喋る優等生タイプのはずだが。何かあったか。


「話しにくいことなのか?」


私の問いに対して、こくりと頷いた。手を焼かない奴だと思っていたが、可愛いところもあるな。


「じゃあ別のところで話そう」


「ありがとうございます」


私は生徒指導室に移動して、遠藤を座らせた。そういえば、ここでも那月と話をしたっけな。あの時の那月も可愛かったなぁ。


思わず顔がにやけそうになるが、1人ではないことを思い出して、必死に表情を抑えた。


「それで、どうしたんだ?」


未だに、緊張が見られる遠藤。ここはちょっとした冗談でも言って、和ませるか。


「もしかして、恋の相談か?」


ははは、まさか遠藤に限ってそれは無いな。普段あれだけ、不純異性交遊反対を唱えているからな。ははは。


「・・・その、はい」


「そうだよなぁ、遠藤が恋なんてーーーえ?」


私は耳が遠くなったのだろうか?


「今、なんて?」


「その、恋の、悩みがあって」


マジかぁ!?

あの遠藤が!?


暇さえあれば勉強、勉強。恋なんて時間の無駄だなんて、昔の私みたいなタイプの遠藤が!?


「そ、そうか。まぁ、学生としては、色恋沙汰の悩みはむしろ健全だ。なんでも相談しなさい」


私のように、この歳になるまで恋を知らないなんて悲しすぎるからな。良かったな遠藤。


でも、私はそのおかげで那月に出会えた訳で。初恋も実った訳で。決していけない訳ではないな。うん、うん。


「その、先生は私みたいなタイプの方かな?と思っていたので、彼氏がいるって聞いて驚いて」


なるほど、もうそんなに噂になっていたか。


「そうだな。確かに、私は恋よりも勉強を優先してきたな」


「やっぱり、そうですよね。今までは、私もそうでした。だけど、どうしても気になる人がいて。どうしたらいいのか」


「そうか、そいつには告白したのか?」


「いえ、まだです。それに、彼女がいるらしくって」


はぁぁぁ、彼女持ちかぁ。これはまた、難儀な恋をしたもんだな。それにしても、学年一、ニを争う人気者、遠藤を落としたやつはどんな奴なんだ。気になる。


「いるらしいってことは、ハッキリしないのか?」


「はい、秘密だからって教えてくれなくて。だから、本当は居ないんじゃないのって聞いたんですけど。はぐらかされちゃって」


「そうか。まぁ、人を好きになるのは貴重な経験だ。そいつのことを好きでいる分には問題ないさ。自分の気持ちに整理がつくまで、その気持ちを大事にしなさい」


少しは、悩みも解決したかしら?


「そう、ですね。こんな気持ち、初めてなんです。諦め切れません。私もう少し頑張ってみます」


「あぁ、頑張れよ」


ありがとうございました、と彼女は部屋から出て行った。職員室に来た時より、表情は良かった。きっと、大丈夫だろう。


あ、やばい。結構時間使っちゃった。早く仕事終わらせて帰らないと。私は残りの仕事を急いで終わらせ、那月のいる我が家に急いだ。


ーーーーーーーーーー


「はぁ、先生に相談してよかった」


前々からずっと、先生は私と同じタイプの人間だと思っていた。だから、今回相談することが出来た。


先生は、生徒指導室に入った時や、話している途中で急に表情が変わる。すごく、幸せそうな表情だった。


いつも、あまり笑わないことから、クールビューティーなんて言われてるけど、微笑んだ顔は純粋無垢ですごく素敵だった。


きっと、彼氏さんのことを思い出しているのだろう。ここで思い出すくらいだから、やっぱり先生達の誰かなのかな?


すごく気になる。参考までに聞いてみたいけど、私も相手のことを言う気がないので、聞くのはやめた。知らなくてもいいことは、いくらでもある。


私は先生に相談した結果、この恋を諦めることは出来なかった。むしろ、もっと積極的にいこうと思った。


那月くん、いつか振り向かせてみせるわ。


ーーーーーーーーーー


「随分遅くなっちゃったなぁ」


那月はまだいるだろうか?流石にもう夕飯の時間だ。家に帰っているだろうな。


あ、そういえば鍵預けたままだったな。ってことはまだ待ってくれてるのかな。


私はドアノブに手を伸ばした。


ガチャ


「ただいまー、ぶっっっ!!!」


「お帰りなさい、皐さん」


そう言って迎えてくれたのは、エプロン姿でおたまを片手に持った那月だった。


やばい、ちょー可愛いぃ。なにこの生き物。同じ人間なのかしら??


「すぐに夕飯出来るので、お部屋で待っててくださいね」


あぁ、ここは天国だったか。私は促されるまま部屋へと向かい、腰を下ろして休むことにした。


そして、私は思った。部屋綺麗すぎない?


弁当箱ぐらい洗ってくれるのかと思っていたが、まさか部屋の掃除までしてくれるなんて思ってなかった。


那月、女子力半端ねぇ。


私は那月が居ないと、生きていけなくなってしまうかも知れない。ちゃんと責任取ってもらわないと。私は、那月の夕飯を待ちながら、妄想を膨らませていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る