第5話 お昼はどこで


「おっ、橘先生。今日はお弁当なんですね」


珍しいですね、と話しかけてくるのは体育教師の源田康則げんだ やすのり先生。


何かと私に話しかけてくるのが本当にうざい。源田先生はイケメンで、女子生徒のみならず女性教員からも絶大な人気を誇る。


しかし、その一方で女ったらしの性格の悪さに嫌悪感を抱く者も多い。


特に私は、イケメンに興味がない。確かに顔はイケてると思う。だけど、私の彼氏の方が断然良い。むしろ比べるのも烏滸がましいレベルだ。


「自分で作ったんですか?」


そう言いながらも、視線はお弁当ではなく、私の胸にばかり向けられている。本当にクズだな。


「いいえ、彼氏のお手製です」


「えっ!?か、彼氏!?」


ガタッ、ガタッ!!


私が彼氏のお手製だと言うと、源田先生のみならず、他の先生達も驚いたようだ。


なによ、私だってちゃんと恋愛してるんだから。失礼しちゃうわ。


「た、橘先生に、彼氏が居たなんて、知らなかったなぁ。ははは」


「言ってませんからね」


そう言って私は、弁当箱の蓋に手をかける。今日はこの瞬間を、ずっと待ち侘びていた。


那月が私に作ってくれた初弁当だ。


パカっと蓋を開けると、唐揚げやだし巻き卵、サラダなどバランスの良いお弁当が姿を現した。


それだけでも、食欲を誘い、私を満足させるだけのものだったが、唐揚げには小さな旗が刺さっていた。


その旗には、『お仕事頑張って』と書かれていた。こんなの頑張るしか無いじゃないか。あぁ那月に会いたい。


私は那月に会いたい衝動を抑え、スマホを取り出した。お弁当の写真を撮ると、待ち受け画面に設定した。


本当は2人の写真を、待ち受けにしたかったが、バレたらまずいので、これにしよう。


ふふ、那月、大好きだぞ。


『ねぇ、橘先生が笑ってるわ!?』


『あんな風に笑ったところ初めて見た』


『よっぽど嬉しかったのね』


女性教員達は、橘の笑顔に純粋に驚いていたが、男性教員達は絶望の真っ只中だった。


『俺、密かに狙ってたのになぁ』


『くそっ、あんな顔させる彼氏はどんなやつだよ!?』


『ダメだ、立ち直れそうにない』


男子生徒や男性教員から大人気の橘に彼氏がいたことも大事件だが、それ以上にあのクールな橘にあんな表情をさせる男はどんな男なのか。


その日のうちに、色々な噂が駆け巡ることになった。



ーーーーーーーーーー


「おい、聞いたか?」


「何を?」


「橘先生、彼氏いるんだってよ」


「はぁ!?それ、マジかよ!?」


午後になると、クラスの男子達が一際盛り上がっていた。話題はうちのクラスの担任で、男子生徒達の憧れの存在。そう、橘先生のことである。


なんでも橘先生が、彼氏お手製のお弁当を持って来ていたことから発覚したとのこと。


皐さん、美味しく食べてくれたかな?


僕は考えるだけで、顔がニヤけてしまう。すると、そんな僕に声がかかる。


「齋藤くん、大丈夫?顔、怪しいよ?」


「え、あ、あぁ、ごめん。大丈夫だよ、ちょっと考えごとしてたから」


隣の席の遠藤さんだ。どうやら僕の顔はよほど酷かったらしい。でも、皐さんのことを考えると、ニヤけてしまう。


ふにゃあぁぁぁ。


「齋藤くんは、橘先生に彼氏が出来ても、なんとも思わないの?男子はみんな騒いでるけど」


「え、う、うーん。橘先生は美人だしね。彼氏が居ても不思議じゃないでしょ」


その彼氏が俺だとは、口が裂けても言えない。まぁ、僕自身、未だに信じられないけどね。僕が先生の彼氏なんて。


「ふーん、そっか。ねぇ、齋藤くんは彼女居るの?」


「え、いや、居るけど」


「うそ!?誰!?」


遠藤さんが珍しく大きな声を出す。僕との会話では初めて聞く声量だった。


「え、いや、別に誰でもいいでしょ」


「もう、本当は居ないんじゃないの?」


「居るけど、秘密」


言えるわけないじゃないか。でも、どうせ言えないんだから、居るって言えばよかったかなぁ。


「ふーん。そうだ、私達も結構話すようになってきたし、そろそろ名前で呼んで欲しいな?」


「あー、うん。そうだね。じゃあ僕は那月でいいよ、春香さん」


「わかった。さて、そろそろお昼も終わるし、次は移動教室だよ、那月くん」


「あぁ、そっか」


僕達は教科書などを準備して、教室を出た。もしかしたら、皐さんとすれ違うかな?なんて、淡い期待をしていたが、そんなことはなく、大人しく放課後まで待つことにした。



ーーーーーーーーーー


「よし、じゃあ今日はこれで終わり。気をつけて帰れよー」


「「「はーい」」」


ホームルームが終わると、部活やアルバイトがある人達は早々に教室から出て行った。


残っているのは、友達と遊ぶために待ち合わせをしてる人か、単に暇な人な人達だけだ。


僕はと言うと、これからちょっとしたミッションがあるので職員室へと向かうことにした。


ガラガラガラ


「失礼しまーす」


僕は職員室に入ると、真っ直ぐに皐さんのところへ向かった。


「お、齋藤、ちょうど良いタイミングだ」


そう言うと、皐さんは俺に教材を渡す。そして、「生徒が来たので、失礼します」と言って立ち上がった。


皐さんと話していたのは、体育教師の源田先生だ。生徒達から人気者の先生だけど、あの人、皐さんを見る目がいやらしくて、僕は好きになれない。


皐さんがあの先生と話しているというだけで、なんだかモヤモヤする。なんだろう、この気持ちは。スッキリしない。


僕は、先生の後をついていくと、校舎の一番奥にあり一度も入ったことのない社会科準備室についた。


そうか、皐さんは社会科の先生だから、ここを使ってるのか。


「じゃあ、そこに置いてくれ」


「はーい」


僕は指差された先にある、机の上に教材を乗せた。するとその瞬間、後ろからギュッと抱きしめられた。


「はぁ、那月、会いたかった」


皐さんの柔らかい感触が、背中に伝わる。僕の心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。


「僕も、僕も会いたかったです」


僕は皐さんの手をほどいて、向き直る。そして、皐さんに抱きついた。僕は先生より背が低い為、ちょうど胸の辺りに顔が来る。


息苦しさもあるが、それ以上に幸せな気持ちになる。この感触は病みつきになる。


「ふふ、那月は甘えん坊さんだな」


よしよし、と皐さんは僕の頭を撫でる。しばらく撫でていると、皐さんは僕の顔をくいっと持ち上げた。


すると、それと同時に唇を重ねた。


「んっ、んん、ん」


ぷはぁ、と唇が離れると皐さんの顔はトロンとふやけていた。すごく綺麗だった。


その後、僕達は何度も唇を重ね、お互いを感じあった。会いたい気持ちを、鬱憤を晴らすように触れ合った。


「そ、そろそろ、戻るか」


「そ、そそ、そうですね」


僕達は、時間が経つと頭がクリアになってきた。学校で何をしてたんだ、と頭の中がパニックになっていた。


「あ、そうだ。今日は早く帰れそうだから。私の家に先に行っててくれないか」


「え、皐さんの家ですか?」


「あぁ、弁当箱も返したいしな。それと、これ私の家の鍵だ。無くすなよ」


僕は先生の家の鍵をもらうと、なんだか嬉しくなってしまい、両手でギュッと胸元で包み込むと、自然と笑みがこぼれた。


「ふふふ、どうやらまだ帰りたくないようだな」


「えっ?」


そんな顔をするお前が悪いぞと言い、僕は先生に捕まり、しばらく帰してもらえなかった。

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