第48話:カノジョの捜索

 まあ、考えてみれば、俺の前から逃げていったカノジョを追いかけるって、ストーカーかよ。


 全くのノーヒントだったから、恭子さんはガチで俺の前から姿を消したってこと。「もう二度と会わない」ってメッセージも見え隠れする。


 今までの俺だったら、それ以上追いかけなかったかもしれない。諦めていたかもしれない。でも、今は違う。ちゃんと確かめたい。恭子さんは俺に愛想を尽かしていなくなったのかどうか。彼女の口から聞きたい。誤解だけは嫌なんだ。


 なんとか花音の協力を取り付けて、恭子さんが生活しているであろうエリアを突き止めた。それまでに1カ月ちょいかかってるけど、多分これが最短ルート。俺はそう信じている。


 ただ、まだ恭子さんの今の家とかは分からない。ここからは俺の仕事なのだ。花音が作ってくれた俺の見せ場。


 初日は花音と一緒に恭子さんがよく利用しているというスーパーに行ってみることにした。

 うちの最寄り駅から13駅離れた隣の県、移動だけで45分。なかなか微妙な距離にいた。これを一人で探すとしたら、1カ月かそこらでは行き当らなかっただろう。


 高校生にとって、夜8時に隣の県のなんでもないスーパーに行くというのは変な感じ。違和感しかない。恭子さんはいつこのスーパーを利用するのかは分からないのだ。早めに行って張り込む必要がある。


 クレジットカードの利用履歴からは、利用した日しか分からない。時間はそれぞれ利用された順番から花音が推測したものらしい。


 コンビニは利用頻度が多いけれど、昼の時間になる。俺も学校があり、サボると大学の推薦がもらえない可能性がある。そこで、夜のスーパーを中心に狙うことにした。


 スーパーの張り込みは意外と難しかった。トイレは店にあるけれど、そんな店内に1時間も2時間もいるのは不自然だ。万引きと疑われそう。

 しかも、入店する客をいちいちチェックしていたら、店の人に不審に映ってしまう。


 花音と買い物をした後、一旦外に出て、店に出入りする人を観察していた。


 コンビニ前でたむろっているヤツらが邪魔な様に、スーパー前でうろうろしている俺たちもきっと邪魔だろう。


 ただ、背に腹は替えられない。なんとしても恭子さんを見つけたい一心だ。


 スーパー前のちょっとした広場で地面の段に座った。花音も隣に座ったけれど、腰をおろすのはナンだろうと、スーパーで買い物をした時のガサガサ袋を敷物として提供した。


「ありがと」って言われたけど、こっちこそありがとうだ。

 俺は気づいている。こんなに親身になってくれる元カノなど存在しない。花音は俺の事を好きでいてくれる。


 恭子さんが見つかって、うまくいったら自分の立場が危うくなるってのに。


 多分、俺は一生花音に頭が上がらないな。そんな余計なことも考える時間はたっぷりある。


 他には、恭子さんに会ったらなんていうか。そして、恭子さんがどんな顔で、なんて答えるか……ついつい、考えがネガティブになってしまう。俺の悪いところだ。


 待っている間も隠れた方がいいのか、恭子さんから見つかりやすいところにいた方がいいのか悩む。


 俺の前からいなくなったって事は、俺の姿を見たら見つからないように身を隠してしまわないかなぁ。


 結局、初日は夜中の11時まで粘ったけれど、恭子さんを見つけることはできなかった。来るかどうか分からない人を延々待つのは意外に大変なことだ。


「30分待って」と言われたらそれなりに覚悟をして待つだろうし、スマホでゲームを始めるかもしれない。でも、病院などでいつまで待つのか分からない状態で待つ30分は長く感じる。あれの感じだろう。



 ■■■



 それから1週間。スーパーに通いつめているけど、恭子さんは見つからない。花音は時々着いてきてくれる。


 俺の日課として、学校が終わったら家に帰り着替えて勉強。その後早めに食事をして、隣の県のスーパーへ。


 花音が一緒の日は、駅で合流していた。


 ホントにあのスーパーなのか……そもそも違っていたら、どれだけ探しても見つからない。


 花音が俺に恭子さんを諦めされるために嘘情報を……いや、それはないな。花音はいつも誠実だった。そして、俺の事を考えてくれていた。


 この辺が俺の弱さだろうか。疑っている訳じゃないけど、つい悪い方に考えてしまう。


 今日は花音と一緒に行く日。まだ18時だから随分早い。いつものように、電車に乗って13駅移動する。


 駅のホームに着いたけど、終わりのない張り込みに少し疲れが出てきた。せめて、手がかりの一つでもあれば全然違うのに……


 ベンチに座って休む俺の横に花音も座っている。相変わらず、私服も可愛い。

 あぁ、益々可愛く見える花音を横に、俺はどうしたいのか悩んでいた。


 花音とやり直したいと言えば、恐らくOKしてくれるだろう。以前の失敗を繰り返さないためにも、俺はなにか新しいことをするかもしれない。


 共通の趣味を持つとか、共通の友だちを作るとか。イチャイチャするのも良いだろうし、花音が言うように身体を重ねてもいいのかもしれない。


 ただ、なにか足りない。決定的になにか足りない。また振られる未来が想像できてしまう。これは一度振られたトラウマなのか、ネガティブを拗らせているのか……


 恭子さんとの事も破綻させてしまった。俺が子ども過ぎたのかもしれない。なんでも彼女に任せ過ぎだった。


 俺がやったのは精々、風呂掃除くらい。カビ取りだって黒いのは取れたけど、あれば黒い色が取れただけで実際は菌が残っているらしい。市販のカビ取り剤とはそのようなものらしい。


 つまり、表面的に取り繕っただけ。俺を見事に表していた。


 恭子さんとよりを戻せたとしても、俺は大学に進むつもりだし、そうなるとあと4年間は学生だ。稼ぎもなく、恭子さんも養えない。


 力もなにもない俺が、どんな顔して大人の恭子さんと暮らしたいって言うんだ。


 なんか全てが暗くなってきた。



「将尚……」



 花音が俺の表情を見て、心配してくれたのだろう。



『チリーン』



 ん?鈴の音?



「将尚!あれ!」



 花音が指差す先を見た。


 今さっき着いたばかりの電車から降りたスーツの女性。猫背ですごく雰囲気が暗い。


 でも、なんとなくあの後ろ姿……


 俺はなにも考えなしに立ち上がって、走っていた。



「恭子さん!!」



 ビクッとしたスーツの女性。

 恐る恐る振り返った。


 あの顔は、目が死んてるけど……あの顔は、顔色が土気色だけど……


 間違いなく恭子さんだ!



 俺は恭子さんに追いつくと、すぐに抱きしめた。しかし、スルリと抜けられてしまった。



「カツくん……どうしてここに……」



 俺の後ろに追いついた花音の姿を見て、全てを理解したようだった。



「花音ちゃん、約束したのに……」


「私は探してないわよ?手伝っただけ」



 白々しく口笛でも吹きそうな顔だった。



「私は……、私は……、カツくんと一緒にいる資格がないし……」



 恭子さんは涙を浮べながら、後ずさりし、訳のわからないことを言い始めた。



「アラサーだし、未来があるカツくんは縛れない……花音ちゃんとの方がカツくんは幸せになれるし……」



 なにをどうしてそう思ったのか分からないけれど、身を引いて俺の前からいなくなったってことを言いたいのか!?


 めげずに再び恭子さんを抱きしめた。

 今度は力いっぱい。



「(ぐずっ)ううう……カツくん……一人で頑張ったけど、ダメだった……」


「たった1カ月でボロボロじゃないか」



泣き崩れる恭子さんを抱きしめて、頭を撫で続けた。



「俺のことを考えて姿を消したってこと?」


「(コク)」


「一人で頑張ったけど、またブラック企業で社畜になってたってこと?」


「(コク)」


「一人になって後悔してたの?」


「(コクコク)」



駅のホームでスーツのお姉さんがDK男子高校生に抱き着いて泣いている光景は中々にシュールで、すぐ隣にJK女子高生がいるのは、さらに異様な光景にしていた。



「もう、逃げたって逃がさないよ。ずっと一緒にいてね」



号泣する恭子さん。俺たちはずっとホームで抱き合っていた。

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