第47話:二学期中間テストの結果と報酬


「将尚、ちょっといい……?」



 夜中の自宅で、花音が部屋に来た。相変わらず、住み込み家庭教師とか訳の分からない立場で、俺の家に寝泊まりしている。


 彼女は別の部屋を準備されていて、そこに寝泊まりしていたので、夜中に俺の部屋に来るのは初めてだった。

 俺は寝る前にベッドに寝転んで、本を読んでいた。


 時間は夜の11時30分。割と遅い時間だし、何かトラブルだろうか。



「どうした?」



 花音はパジャマ姿で俺の部屋に入ってきた。パジャマがヒラヒラしててまた可愛いなぁ。目に毒だぜ。



「もう、2週間毎日ベッドで待っているのだけど、いつ夜這いに来るの?」


「ぶっ」



 思わず吹き出してしまった。なぜ、下に家族が寝ていて、隣の部屋に琴音がいる状態で夜這いに行くと思うのか。

 花音がベッドに座った。ギシ、とベッドのスプリングの音がした。



「お前なぁ……」



 俺は恭子さんと付き合っている。浮気は良くない。しかも、俺が花音になにかするわけがない。



「将尚は、誤解している」


「誤解?」


「将尚は、私を聖人君子か何かだと思ってるんじゃないの?」



 まあ、控えめに言って天才?もう、人知を超えた女神的な存在とは思ってるけど……?



「私は人間。女の子として見てもらえないと傷つくわ」


「女の子として見てないとか全然ないけど……」


「もっと、性的な目で見てみましょうか。若い時には間違いのひとつやふたつ当たり前よ」



 なんか、いいことっぽく言ってるけど、割と最低なこと言ってるからな。



「とりあえず、触れるところから……」



 花音がベッドで横になっている俺の脚を跨いで座り、パジャマの裾に手をかけた。

 ベッドがギシギシいっている。



「待て待て待て待て!その気になったら俺は自分自身を止められないぞ!」



 そりゃぁ、こんな可愛い子が目の前で服を脱ぐような据え膳があったら、当然美味しくいただいてしまう。皿を舐め上げるくらいまでちゃっかりいただくだろう。

 でも、それでは、恭子さんの問題は解決しないし、花音との関係も結果的にめちゃくちゃになってしまうだろう……



「そういえば、恭子さんから聞いたぞ。俺との付き合ってた時、関係が停滞してたから別れ話をしたって」



 そう、俺は花音に一度振られている。



「その時、『別れ話』『セックス』『心中』の三パターンがあったんだろ?前回は『別れ話』で、今回はその内『セックス』を選んでるんじゃないのか?」


「やれやれ、知恵が回るようになったものね」



 お腹まで見えていた花音がパジャマの裾を直した。お腹が見えた時点でだいぶ破壊力があった。俺の息子さんは元気いっぱいだ。



「つまり、今の俺との関係では物足りなさを感じている、ってことだろ?」


「……」


「俺とお前の間で、最近変わったことなんて一つしかないじゃないか。だから、動いてくれようとしてるんだろ?恭子さんとの約束を破ってまでも。それだけじゃ、心配だから俺と恭子さんの約束を守らせようとしてるってことだろ?」


「そこは想像に任せるわ。でも、私は一人のメスとして、オスの将尚を狙っているのも本当よ」



 そんな直接的なことを言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり……



「『恭子問題』が解決したらいいのね?」


「あぁ、まずはそこからだ」



 花音がベッドから降りて立ち上がった。



「2週間後、中間でトップ取らせてみせるから」



 背を向けたまま、少しだけこちらを見て花音が言った。

 まあ、一番のライバルはお前なんだけどな。


 どうして俺の周りにはこう、問題が次々起きるのか。今できることはしっかり勉強することだけ。今度は恭子さんなしで。

 俺は今さっき見た花音のお腹のことは忘れるように努力しつつ眠りにつくのだった。



 ■■■



 花音に「2学期中間でトップを取らせる」って宣言された。まあ、頑張るのは俺だけど……ただ、花音が言ったからには、ちゃんとそうなるはずだ。


 あの人、チートもチート、今まで言ったことを全て実現しているだけじゃなくて、約束の一つもたがえていないのだから。


 この2週間も何のトラブルもなかった。テストも受けた。テストは何度受けても慣れないけれど、前回よりは少しだけ心に余裕はあった。実に淡々と事は進んだ。



 ちなみに、今回は全部で12教科。美術や体育も入っているけれど、貼り出されるのは主要科目のみ。前回同様800点満点での勝負となる。



 例によって昼休み、食事は後回しにして、花音と貼り出されている成績を見に行く。



「なんかすげえ、緊張する」


「もうなにもできることはないのだから、落ち着きなさい」



 花音は相変わらず冷静だ。ほんとすごいわぁ。


 廊下を進むと、成績一覧が貼り出されている。もう何人かは紙の前にいるようだ。

 100位から見えるようになった時、花音が俺の手を握った。その手は、少し震えていた。やっぱり、ちゃんと緊張するんじゃないか。素直じゃないなぁ。


 いかんいかん。花音の良いところを見つけても何も良いことはない。



「じゃあ、一気にトップを見に行くか」



 俺も花音の手を握って進んだ。



 ■■■



 俺と花音は、久々にあの屋上前の踊り場に来ていた。



「はー、終わったな」


「そうね」


「いやー、参った参った」



 俺、796点。

 花音、796点。



 同率1位……1~2問落としたみたいだ。



「こういう場合、どうなるんだ?」


「トップには違いないでしょ?一度も単独1位じゃないとダメなんて言ってないわ」



 そうか。またトップか。2度目のトップ。実は、さっき成績表を見ている時に担任がたまたまいて、「推薦確定じゃないか?」って言われた。


 俺が、参ったと思っていたのは、花音は今回満点予告をしていた。それが崩れた。また手加減だろうか。そんなぴったりに俺の点に合わせてこれるものか!?


 間違いなく俺は満点狙っていた。花音が満点狙っていたからだ。満点でなかった時点で終わったと思ったのに、まさかの同率1位。当初の俺が想像しない結果だった。



「確認だけど、恭子さんを探すのは手伝ってもらえるんだよな?推薦はまだ決定じゃないけど」


「ん、約束だから」



 返事と同時に瞬きでも答えた。長い睫毛まつげがとても可愛らしい。



「後なんかあったっけ?」



 もう、有耶無耶になっているから、ちょっとぼんやりしているけど……



「私の方が点が高かったら、将尚と付き合う。私の方が低かったら次回に持ち越し」



 そんなのあったな。ちょっと待て。じゃあ、同点ってことは有耶無耶に……

 しかも、既に俺と花音が付き合っているような雰囲気がクラス内にあるから、今回のテストの結果を気にしているやつはいない。


 完全に有耶無耶。

 よく考えたら、花音は今回「満点取るかも」って言っただけ。「取る」とは言ってない。「取るかも」だ。そう考えれば、また約束は一つも破らずに、予告通りの結果を出したことになる。どこまで狙ってるんだ、この美少女は。



「じゃあ、恭子探し、今日から始めましょうか。放課後、将尚の家に行くわ」


「うち?」


「ネット環境とパソコンがいるわ」



 ネット検索したら恭子さんの位置が分かるとかではないだろうに……なんかファンタジーな方法で見つけるのかな?それだともう俺の出る幕なさそうなんだけど……



「80%までは私が見つけるから、残りの20%は将尚お願いね」



 俺の活躍の場も作ってくれるってか。この美少女にくいぜ。



 ■■■



 放課後、花音と俺は俺の家に戻ってきた。

 一応、花音は中間テストが終わるまでの住み込み家庭教師という話だったみたいで、テスト終了日には自分の家に引っ込んだ。


 まだ、花音の荷物はいくらか置いてあるので、それを引き取りに来たついでという感じも否めない。


 とりあえず、俺は部屋のパソコンを起動させた。



「これで使えるぞ。ネットもつながってる。そんなに回線速くないけど」


「大丈夫。速さは必要ない。ただ……」


「一応犯罪だから、将尚は見ない方がいいかも……」


「俺が恭子さんを探してるんだ。毒を喰らわば皿までだ。誰かを傷つけたりしない限り俺も付き合う」


「『付き合う』の部分をワンモア」



 花音がスマホのボイスレコーダーを準備しようとする。



(デュクシ)「きゃん」



 可愛い悲鳴を聞いてしまった。とりあえず、チョップでツッコんでおいた。美少女にチョップはしても大丈夫なんだろうか。



「さて……」



 花音が気を取り直して、パソコンデスクに座り、ブラウザを立ち上げた。

 俺はどんな裏ワザで恭子さんを見つけるのか、興味津々だ。


 花音がアクセスしたのは、クレジットカード会社の会員向けログインページ。

 よどみなくカード番号を入力していく花音。



「この番号……」


「恭子のクレジットカードの番号よ?」



 何故花音がそれを知っている!?しかも、なにも見ずによどみなく打ち込める!?



「以前、恭子にケーキをご馳走になったじゃない?」


「もう、かなり前な」


「あの時、会計にカードを使っていたから番号を見ていたの」


「は!?一瞬じゃない!?」


「一瞬でも見たものは忘れないわ」



 瞬間記憶か、完全記憶か知らないけど、本当に覚えているんだ……



「お前はホント有能だな!」


「……やっと私のことが分かってきたみたいね」



 次に、パスワードを入力していく。



「パスワードは分からないだろ!?」


「いくつか候補があるから……はい、ログインできた」


「うそ~ん!もしこれでダメだったら?終わりだったってこと!?」


「その時は、『質問』の答えを事前に聞いているから」


「どういうこと?」


「パスワードの再設定の時に、『初めて飼ったペットの名前』とか『母親の旧姓』とか『卒業したの小学校』とかがあるでしょ?アレを事前に普通の会話の中で聞いてたから」


「いや、どんだけ用意周到なんだよ!」



 クレジットカードとかだったら、セキュリティも高いだろうに。楽々ログインしてみせた。


 登録情報から、住所を見れるのかと思ったけれど、住所はあのマンションの住所だった。


 次に、花音は「利用履歴」を見ていた。

 コンビニ、スーパー……俺が見る限り、特に得られる情報はない。


 今度は地図サイトを立ち上げた。コンビニ名と支店名を地図サイトに入力して場所を見ているみたいだ。



「恭子はここから13駅離れた、隣の県にいるわね」


「ええ!?それで分かるの!?」


「どうも恭子はコンビニで買い物するときはカードみたいね。週5で買い物してるわ。しかも、ある程度決まった場所で。利用時間からして、この辺りで働いているのかしら」


「そんなことまで分かるんだ」


「後は、スーパーの利用も多いわ。結構遅い時間なので遅くまで残業しているわね」


「なるほど」


「そして、使ってる額から、割引のお惣菜辺りを買っているわね。酎ハイも1本買ってるってとこかしら」


「そこまで!」


「スーパーは自宅から10分以内の場所を選ぶ傾向があるから、大体このスーパーから半径800m以内ってところかしら」



 いきなり半径800mまで特定したよ!



「俺、早速行ってみる!」


「今の時間、多分仕事中よ。こちらも準備をして、夜にこのスーパーに行ってみましょう。」



 ちゃんと理にかなっている。説得力がある。俺一人だったら、慌てて行って成果なしで返ってくる未来が容易に想像できる。俺たちは、早めの食事を摂るなどして夜に控えたのだった。




 ※犯罪防止のために、クレジットカード会社のホームページのログイン方法は微妙に現実と異なるように描いています。



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