第46話:花音との新しい学校生活
今までは目が覚めたら恭子さんが目の前にいた。
でも、夏休みが明けて実家に戻った俺は一人で目覚める。ただ、高確率で花音が起こしに来る。
「おはよう、将尚」
「おはよう……」
挨拶を済ませると、花音が行ってしまった。
まさか、クラスの人気者が家に住み込みで家庭教師をしにくるなんて……
部屋こそ別々だけど、夜はパジャマ姿を初めてみてしまった。色々ドキドキしてしまう。
美少女住み込み家庭教師……ラノベだったらそれだけで1冊の本になりそうだ。
普通だったら、設定が難しいだろうなぁ。主人公は絶対一人暮らしだ。世の中に一人暮らしの高校生男子がどれくらいいるのか統計と取ってみたい。
「将尚、寝てるの?」
ドアが再び開いて、花音が顔をのぞかせた。俺、いま全力で二度寝に向かってた。
慌てて起きて、着替える。洗面所で顔を洗って、リビングに。
「お兄ちゃん、おはよ」
「はよ」
琴美もテーブルについてる
母さんはキッチンで朝ごはんの準備と弁当の準備。父さんは既に会社に出てしまっているようだ。
テーブルには花音と琴音が向かい合わせで座っていて、俺は花音の席の隣らしい。
元々花音が座っていた席は、琴音の席だったはずが……
「お兄ちゃん、こんな美少女と同棲とか、ラノベ主人公?」
そのディスりやめていただきたい。ついさっき俺も同じ事考えちゃったので、思考が同レベルだと実感してしまうので。
花音は家族にどんな立場として受け入れられているのか。ホント聞いてみたい。
家を出たら駅までは二人で歩いて行く。横に並んで、以前花音と付き合っていたころのように。俺と花音二人だけの場合、あまり話題はない。
そもそも共通点がほとんどなかった。あえて言うなら、「他人に興味がないこと」だろうか。
それも、恭子さんに出会って、最近では父さん、母さんについて考えられるようになったし、花音のことも考えるようになった。
花音も俺や恭子さんと関わることで、他の人とも関わらざるを得なくなり、最近ではちょっと変わってきていると思う。以前は教室内では、クールビューティー・モードだけだったが、最近では他の顔も見せるようになってきている。
学校内に入ると、手をつないでいる。花音とは仲良くしていると思われた方がメリットが大きいからだ。実際仲は悪くない。いいと思う。
実は、他のことでもクラス内で花音が話題だ。
健郎&明日香と委員長と行ったカラオケでのテレ顔が破壊的可愛さという噂が飛び交い、男女問わずちょいちょい花音に話しかけている節がある。
そんな顔見たことないから、俺もぜひ見てみたい。
そう言えば、花火大会の時の可愛い顔はテレ顔だったのではないだろうか?あまり見せてもらえなかったので、分からないけれど。
花音にはまだまだ人気の秘密があるようだ。
教室では、休み時間中よく花音が俺の横に来るようになった。クラスメイトからちょくちょく話しかけられて避難してきている節もあるし、委員長から俺を守ってくれている節もある。
健郎と明日香がやけにニマニマして生温かく見守ってくるのだけど、口で言って欲しい。そしたら、色々言い返せるのに、視線だけなので俺は何も返せないでいる。
花音との関係で少し変わったことと言えば、屋上前の踊り場に行かなくなたことだ。二人だけで話す場は不要になり、教室で話しているのだから。
昼休みは、花音と机を並べて弁当を食べる。
机を2つ横並びにして食べるのだけど、向かいに健郎&明日香が座る。
「ちょ!お前ら弁当のおかずが同じとか、どうなってるんだよ!?」
「花音ちゃんのお手製?」
健郎&明日香は興味津々だ。母さんが花音の分まで弁当を作ったらしい。
「将尚のお母様が作ったの」
「「お母様!!」」
あ、健郎&明日香の声がハモった。
「今日の帰りはちょっと文具屋によってペンを買いたいのだけど」
「あぁ、駅前のでいい?」
「ん」
そう言えば、昨日ペンのインクが切れたって言ってたな。
「おや?デートですかな?」
「おや?放課後デートですかな?」
この二人隙を見ては煽ってくる。
「買い物だよ。単なる買い物」
「あと、そろそろ下着を買い足す必要があるので、将尚選んでもらうかしら」
「したっ……!」
健郎&明日香が真っ赤になった。絶対花音は分かっててわざとやってる。
最近、少し変わったことの一つが、「空気ブレイカー」こと琴音がちょくちょく教室に来るようになった。
「あ、花音ちゃーん!」
昼休みなのでか、琴音が教室に普通に入ってきた。しかも、俺ではなく、花音ダイレクトに。
「わーい!花音ちゃんだー♪」
教室に来て早々、花音に抱き着いた。
クラス内は少しザワザワした。
そんな気軽に花音に接することができる人間がこの教室内にはいないのだ。
それなのに、リボンの色と上靴の色で1年生と分かる琴音が、3年の教室にきて花音に抱き着いた。
「琴音ちゃん、あれ貸してほしくて。帰ったら返すから」
「あぁ、返さなくていいわ」
「ホント?ありがと♪」
琴音がなにかを受け取って自分の教室に帰って行ってしまった。俺にもなにか一言くらいあってもいいんじゃないの?
「藤倉さん、いまの誰?」
「可愛い後輩ちゃん?」
近くにいた女子たちがチャンスとばかりに花音に話しかける。
「今のは、将尚の妹よ」
「「え!?」」
花音と俺の妹が仲が良い。あ……察し。みたいな顔をしている。普段あまり話すことがない女子の視線とか落ち着かなくなるだけなんだけど……
「え?花音ちゃんと琴音ちゃん仲が良いの?」
明日香が俺に聞いてきた。
「うん、いつの間にか……」
「花音ちゃんがよく家に行くから、琴音ちゃんと顔を会わせる機会が多くて、なかよくなったとか……」
「うん。そうだと思う」
ただ、その時、俺はいなかったけれど。家出中で俺がいない家に行って、家族と仲良くなるとか普通の人にできる!?
「お前らなんか面白いことになってるな!」
健郎よ、俺もそう思うよ。
とにかく、花音に近寄り難い空気を琴音が見事にぶっ壊しつつある。
普通に来て、抱き着いて帰って行ったり、頭をなでて帰って行ったり、花音よそれでいいのか?
花音がクラスメイトに気軽に話しかけられ始めたから、俺的にはOKなんだけどさ。
家に帰ってからは、ひたすら勉強。
恭子さんの残してくれた過去問をやり込む。単なる暗記ではなく理解。
多少数字が変わろうと、内容が変わろうと解けるように特訓。教科書に出ている似ている問題まで把握していった。
しかも、俺が集中している時には、こっそり顔を出した琴音が「花音ちゃんここ教えて~」と紛れ込んできて、一緒に教わっていた。1年の内容でも3年の内容でも行けるとか万能すぎる。
しかし、花音の目は「有能だけど、万能ではないわ」と言っていた。いや、それくらい口で言ってよ。
■
新学期が始まり、約2週間が過ぎた頃、お盆前の模試の結果が出た。
『C判定』
おし!やった!頑張った甲斐がある!
ここの模試の判定は、大学が発表する定員の人数を満たしていると「A判定」。実際には定員の2~3倍取るので、その範囲になれば「B判定」らしい。
つまり、C判定は「もう少し頑張りましょう」ってこと。
まあ、始めたばかりの受験勉強でC判定が出たと思えば御の字だ。
そう言えば、花音と勝負をしていた。確か、C判定を出したら、2学期中間の勝負をなんとかしてくれるとか……
……もう誰も気にしてない。
最近、教室内で俺と花音の仲が良いので、誰も中間の結果なんて気にしてない。
さすがだ。また、思った通りに実現している。しかも、花音が勝った時にはデートする約束だったはず。俺は既に何度も花音とデートしているので、これも達成されている。
勝ちでも負けでも自分の都合のいいように結果をコントロールして、かつ、何一つ約束を違えてない。
なんか空間とか時空とかねじ曲がってるのでは!?どうしたらこんなことが可能なんだ。予め準備していたとしてもこうはならないと思う。
「C判定おめでとう。残念だわ、デートできなくて」
結果の紙を見ている俺に花音が言った。
デートどころか、何故か一緒に住むことになってるんだけど……いくらなんでもチート過ぎないかな。
■
勉強の進捗は順調だ。恭子さんがエクセルで作ってくれた「バーチャート工程表」は何をするのか、日程とすることが書かれたものだ。
花音は、アプリを準備していた。スマホとパソコンで見れるので、いつでもチェックできる。しかも、花音との情報共有もリアルタイムだ。
勉強の進み具合を表で見る「バナナ曲線」も俺がどこまでやったか入力するだけで、自動更新されていく。最近のアプリ凄い。
質問は当然しやすい。相手は花音だから。聞いたことも的確に答えてくれる。
何ならこちらが聞きたいこと以上に教えてくれた。聞けば答えがあるというのは何と安心することだろう。これはかなり心強い。
今回「花音ノート」も作ってくれていた。授業中に先生が何度も言ったところなどがまとめられている。
もっとも、今回はテスト範囲の授業は一緒に受けているので、授業中も先生の話に集中していた。
失敗はない。トラブルもない。まさに順調。花音は手際もいいし、問題が起きそうなことは先回りして全部解決してしまう。日々が淡々と過ぎていく。凄いことだ。凄いことなのだけど、俺は少し物足りなさを感じ始めていた。
何かが足りないのだ。勉強は完全に予定通り。以前の経験を踏まえると今回もかなり上位に行ける手ごたえは感じている。それなのに何かが足りないのだ。
俺はそれが何なのか考えた。
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