第41話:実家に乗り込む
恭子さんと花火大会デートをした次の日、恭子さんから新しいミッションを告げられた。
それは、実家のアポを取ること。いよいよ、直接対決らしい。しかも、全員いることを確認した上で乗り込む、と。
俺が一番無理だと思った方法、一番取りたくない方法だった。
今回は、無関係の恭子さんが助力してくれるのだから、当事者の俺が逃げ腰ではいられない。家に電話して、母親に訪問予定日と時間を伝え都合を聞いた。
「OKだった」
「そう、じゃあ、大丈夫ね」
何が大丈夫なのか分からなかったけれど、恭子さんが言うならそうだろう。
■8月27日(夏休み終了前日)
恭子さんはスーツでキメていた。いつかの会社用のスーツだろうか。対して、俺は普段着。もちろん、恭子さんに買ってもらったものだ。
駅中のおみやげ物店で箱に入ったお菓子を買って硬く小さい紙袋に入れてもらって持参した。紙袋は硬い紙のやつの方が高そうに見えるのは何故だろう。
「スーツ、ヨシ!身だしなみ、ヨシ!手みやげ、ヨシ!」
恭子さんも変な気合が入っていた。人が緊張しているのを見ると、不思議とこちらはリラクックスしてしまう。状況は変わってないのに不思議だ。
恭子さんがそこまで考えているとしたら、とてもすごい。
「うーん、ウエストがちょっと、きつくなってきてる……無職生活がたたってきたか…」
……どうも、そんなことはないらしい。
■
自分の鍵で家のドアを開けた。家の鍵はずっと持っていたので、家出中でもずっとポケットに入っていた。
いつかの「地獄蒸しプリン・キーホルダー」の鈴がチリンといい音させた。
ドアが開いた音ですぐに母親と琴音が玄関まで来た。
「将尚……おかえり」
俺は無言で小さく頷いた。琴音は何も言わず、状況を見守っているようだった。
「今日は、わざわざありがとうございます」
母親は恭子さんの方を向くと深々と挨拶した。
「こちらこそ。お忙しいところお時間を取っていただきありがとうございます」
恭子さんも深々と頭を下げた。俺は、自分の事なのに既に少し他人事の様に感じ始めていた。特になにも準備しなかったからだろうか。
あえて言うなら、手みやげのお菓子を選ぶときに家族の好みを聞かれたことだろうか。家族のお菓子の好みなんて考えたことがなかった。
特別好きなお菓子なんて思いつかなかったから、恭子さんと話し合って、無難にどら焼きになった。家族の思い出の中でみんなでお菓子を食べた場面なんて思い出せなかったのだ。
父親の趣味といえば釣りで、釣ってきた魚を自分で捌いて酒を飲んでいるのを何度か見た。酒飲みは甘い物が苦手というけれど、父親は甘いものをあまり食べているのを見たことがない。
対照的に、母親は甘いものが好きで、どこかフワフワした印象を受ける。
琴美は、ここでいうお菓子というよりは、ジャンクフードばかり食べている印象だ。
そして、俺はお菓子類をほとんど食べないので、この4人が好きな共通のお菓子というのは存在しないのだと思ったのだ。
「玄関ではなんですから、奥にどうぞ。主人もお待ちしてます」
そう言うと、母親は俺と恭子さんを奥にリビングに案内した。
リビングには4人がけのテーブルしかなかったので、どこからか折りたたみの椅子を持ってきて、
父親と母親はいつもの場所に座り、俺もかつて座っていた父親の向かいの席に座った。恭子さんを見た時、父親が一瞬気圧されるのが感じ取れた。恭子さんはかなり美人だから、驚いたのだろう。
いつもは琴音が座っている席に、今日は恭子さんが座っている。俺としては隣に恭子さんがいてくれて心強い限りだ。
「琴音ちゃん、席取ってしまってごめんね」
恭子さんが横にいる琴音に小さい声で謝った。琴音は顔を俯かせて小さく頷いた。みんなが席に着いたら話を始めようと思っているところだが、母親は全員にお茶を準備していた。
「すみません」と恭子さんが母親に声をかけたところで、琴音が気づき慌ててお茶を運ぶのを手伝っていた。
その間、俺と父親は無言。お互い間を持て余していた。
全員の前にお茶が揃い、母親が席に着いた瞬間だった。
「本日はお忙しい中、お時間をありがとうございます。私、
「あ、あぁ、よろしく…お願いします」
父親が押され気味だ。恭子さんに聞いていた。会社の会議において「イニシアティブを取る」ことはとても重要だと。
可能ならば、司会役をかってでて場の掌握をすることが会議で自分の意見を通す第一歩らしい。
その他、「なんのための会議なのか」、「問題点の明確化」などを最初にハッキリさせておくとあらぬ方向に話が進む事を防げるらしい。
恭子さんの社畜スキルはここでも活かされていた。
「最初に、確認したいのですが、琴音さんは十分大人でらっしゃると思いますが、衝撃的な内容が出てくるかもしれません。一緒にお話しても大丈夫でしょうか?」
恭子さんが少し右手を挙げて確認をとった。
父親は、琴音に視線を送ると琴音は小さく頷いた。
「家族の問題なので、全員で取り組みたいと思います。このままで」
「分かりました」
父親の言葉に恭子さんが了承した。
その後、それぞれの自己紹介から始まった。全員を知っている俺は全然違う事を考え始めていた。全く集中していないのだろう。
「私が考える問題は、将尚さんがご家族に向き合えていなくて、疎外感を感じてしまっている事だと思います」
「疎外感だなんて……」
父親が思わず口を挟んだ。
「ご家族が思われている以上に深刻な事があって、その差が今の状況を生んでいるようです。今日はそこが埋められればと思ってます」
「……」
父親は納得したようで引き下がった。
「私は、将尚が、思春期だからだとばかり……」
今度は母親だ。口を挟まずにはいられなかったらしい。
「思春期だからと言うのは間違いないでしょう。ただ、ご夫婦の意図しない要素まで含まれています」
これも恭子さんが言ってたテクニックだ。「
自分の意見と真逆でも一旦受け止めてから補足するように自分の意見を織り交ぜる。こうすることで相手は悪印象を抱かずに、真逆の意見を聞くことができるようになるらしい。
恭子さんのテクニックのお陰か、内容的に気になったのか、母親もとりあえず納得したようだ。
「一番重要な事から申し上げます。将尚さんは、お父様が
「!」「えぇ!」「え?ジップって?」
両親はかなり衝撃だっみたいだ。母親が特にオロオロしている。琴音は話が入ってきていないっぽい。
「ここからは私の想像ですが、問題はこれだけではなくて、更にそこから誤解が生じていて、それを将尚さんは消化できないまま高校生活を送られています」
誤解?誤解ってなんだ?俺も聞いてないんだけど……。
「ズバリ、ご両親両方と血が繋がっていないと思っています」
「なんてことを言うんですか!将尚は間違いなく私の子です!」
「え?」
「えって、あなた……」
つい俺が反応してしまった。俺は母とも血がつながっていないと思っていたからだ。母親は、恭子さんに噛みついたが、既におかしい事を察知したようだ。
「すいません、どういうことか説明をお願いできますか?」
いま母親が事の重大さを知ったらしく、恭子さんに頼んだ。
「カツくん、ここは自分で話したほうがいいと思うよ」
「……ありがとう、恭子さん。俺から話すよ」
俺は、夜中に二人が話していることを聞いてしまったことを話した。その会話の中で俺は、父親の子ではないことを知った。
そこから推測して、母親も実の母親ではないと思ったことも。
今まで信じていたものが足元から崩れて何を信じていいのか分からなくなったことも全て。以前恭子さんに話した通り話した。
祖父母が自分の孫の様に接してくれたけれど、あれも演技だと思うと、いよいよ人を信じられなくなったことなど。
それを聞いて、母親は泣いていた。父親は母親の肩に手を置いて母親を気遣っているようだった。琴音は俺と半分血がつながっていないことに大きなショックを受けているようだった。
俺が家族を不幸にしていると感じている。やはり、話しに来るべきではなかったのではないだろうか。
静かに、そして少しずつ家族とは離れていけばそれでよかったのではないかと思い始めていた。
「お父さん!」
急に母親が父親を呼んだ。その声の大きさに驚いた。
「そうだな、予定より少し早いが、かえってもう遅いくらいだな」
「お願いします」
父親と母親は簡単な打ち合わせをしたみたいで、父親が話し始めた。
「これは、お前が高校卒業したら話そうと思っていたことだ……」
今度は、父親が話し始めた。その話はすごく長かったので、要約するとこんな感じ。
まず、俺の本当の父親は、今の父親の兄であるとの事。つまり、父親は元々叔父さん?
既に事故で他界していることを聞いた。聞いた話とは違うと思ったけれど、どこかそうじゃないかと思っていた。なんとなく納得した。
実父と父親、母親は三人幼馴染だったらしい。これは初耳だった。実父と母親は結婚して俺が生まれた。実父27歳、母親25歳の時のこと。
俺がまだ生まれて間もない時のこと、実父が交通事故で亡くなった。母親も悲しみに暮れる日々な上、乳飲み子がいて生活が立ち行かなくなっていたらしい。
そこに、幼馴染であり、義理の弟である父親がサポートするようになった。
そして、1年経過したとき琴音ができた、と。そういうなし崩し的な付き合いがあったことは、父母にとって後ろめたい事象となっていたらしい。
それから10数年。駆け抜けてきた、と。気づけば子供は高校三年と一年。そんな話だった。
家出前だったら俺はこれを信じることができただろうか。
家族を食べさせるために働くことは大変だ。今の俺では1日働いたお金で、ファミレスで3人が1食しか食べられなかった。
父親は家族4人を三食食べさせ続けたのだ。全て
父親が23歳の時となると、今の俺と5歳しかかわらない。5年後の俺に子供一人と奥さん一人を養っていけるのだろうか!?俺は今、恭子さん一人を養うこともできないのだ。一生懸命だったというのはすごく分かる。
「確かに、兄貴が亡くなったことは理解してるけど、どこかお前は俺の本当の息子だと思っていた。そんなことを考えているとは夢にも思わなかったんだ」
父親の顔を見て、それが本心だと俺には伝わった。父親の言葉に母親はまた泣いていた。
「いつか伝えないと、とは思っていたの。それは本当よ」
母親も続けた。この言葉も本当だと思う。
そう考えると、父方の祖父母が俺を可愛がってくれていたのも理解できる。
祖父母にしてみたら、息子が亡くなってしまってその子、つまり孫が生きているとなると可愛くてしょうがないのではないだろうか。
それとも息子のことを思い出して悲しくなるのだろうか。俺はやたら可愛がられた記憶はあるので、前者だったのかもしれない。
「もし、大学に進むとしたら入学書類で戸籍が必要になる。それを見れば否が応にも俺との関係は分かってしまう。それまでには説明をしようと母さんと話していたんだ」
俺は、母親の……母さんの子だったのか。今思えば悲観的になりすぎていた気はする。家出することで、色々分かった。
いい意味で家のことはどうでもよくなったのかもしれない。
それまでは家の中が俺の世界の多くを占めていた。だから、そこが崩れると俺は自分を保てなくなってしまっていた。人も信じることができなくなっていた。要するに甘えていたのだろう。
恭子さんとの出会いは、俺の成長を早めたと思う。俺の世界を広げて、色んな意味で大人に少し近づけたのではないだろうか。
元々父親の……父さんのことは尊敬していた。温和な性格で声を荒げていたのを見たことがない。
困っている人がいたら助ける。ギャンブルはしない。酒は多少飲むが飲んで暴れたりはしないし、たばこは吸わない。趣味は釣りくらい。
何が楽しいのかと思ったこともあるけれど、ただ生きるのに一生懸命だったのかもしれない。
俺は生まれた時から、父は金を稼いでくるのは当たり前、色々してくれるのは当たり前と思っていた。
母についてもそうだ。掃除をしていて当たり前、料理も作って当たり前、洗濯だってしてもらって当たり前だと思っていた。
俺は一度も家の掃除をしたりはしなかった。そんなこと微塵も考えたことがなかったのだ。
恭子さんと暮らしてみて、恭子さんと対等のはずの俺は全く何もしていないことに気が付いた。
一方的に与えられるだけ。それは俺が子供ってこと。いつかのファミレスで夕飯をご馳走したかったのも、少しだけ大人の真似事をしてみたかっただけだった。俺には維持することができない生活を。
いま思う。父さんの偉大さを。すごさを。そして、母の凄さを。親だって人間だ。あまり言いたくないこともあったかもしれない。
俺も聞きにくかった。そして、俺は一人で捻くれて家族との間に心の壁を作った。その壁は全方位を覆っていて、親だけではなく、妹も、親戚も、友達もみんな入ってこれないようにしてしまっていた。
「どうかな?カツくん、まだご両親のことは……」
恭子さんが俺の感想を聞いた。意地悪な質問だった。素直に答えろと言っているのだ。
「俺が間違っていた。勘違いもあった。そして、不貞腐れて、捻くれていたとも思う……そして、なにより子供だったと思う」
「将尚……」
母さんの目が洪水だ。持っていたハンカチがズブズブになっている。
「母さん、お茶が冷めた。コーヒーを淹れてくれないか」
「はい……」
なぜ、この状態の母さんに……と思ったが、席を離れにくい状況の中、顔を洗いにいくチャンスを作ったのだろう。
気遣いもできる、この父さん。今までの俺では気付かなかったかもしれない。
この後、コーヒーが届く頃にはテーブルの雰囲気は全く変わっていた。
雑談が中心になり、重苦しさは全然なかった。話の中心は、俺の生活についてだった。服を買ってもらったことや学校にはちゃんと行っていたこと。
成績が学年トップだったことは何故か両親も知っていた。琴音が3年の成績まで見に来ることはないと思うのだけど……
「カツくん、琴音ちゃん、ご両親にお話ししたいことがあるから、悪いけど、ちょっとだけ席を外してもらえないかな」
いい具合の頃合いの時に恭子さんが言った。俺はなんとなく胸騒ぎはしたけれど、断ることはできなかった。部屋に行ってみた。
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