第39話:同級生とエンカウント
『17時』
ピコン、という音と共に花音からメッセージが届いた。短くないか!?
おじさんになる程メッセージは長い、と何かで読んだことがあるけれど、これだと花音は4歳くらいだろ。
第一、いろんな情報を俺に任せすぎ。まず、8月21日の約束のことだろう。模試の時に花音に言われた日程だ。花音との約束はそれしかない。「約束、忘れてないわよね?」ってメッセージは行間を読めという事だろう。3文字しかない文章のどこが「行間」なのかと一度聞いてみたい。
ここまでは既に俺に与えられていた情報。新たに「17時」と時間の指定が来た。たしか、花音が欲しい「限定品」は夕方から夜にかけて販売されるという話だったな。待ち合わせは、17時という事だ。
ピコン、ともう1つのメッセージ。今度は位置情報が送られてきた。場所はうちの最寄りの駅。ここから歩いて15分程度。花音の方が俺を迎えに来てくれる感じ?
ここまでを3文字と位置情報だけで伝えてきた。俺のことを信頼しすぎじゃね!?……信頼してくれていると思っていいのか?
出かけるし、何時に帰れるのか分からないので、恭子さんにも事前に一言言っておくのがマナーだろう。それにしも17時って微妙な時間。夕飯はどうするのだろうか。
その時間ならば何か食べるのかな?並んだりするのかもしれないので、その間にコンビニおにぎりなどを食べるのかもしれない。
夕飯は無ければないで、俺だけコンビニで弁当を買ってくればいい。恭子さんには夕飯は要らない旨伝えた。まだ数日後の話。俺はあんまり気にしてなかった。
この日、恭子さんはテーブルの上にラップを敷いて、餃子を次々作っていた。さすがに餃子の皮は買ってきたみたいだけど、具はお手製だ。スプーンを使って1個分の具を掬ったら、皮に包んでいく。
「21日って何曜日だっけ?」
恭子さんが視線は餃子のまま聞いてきた。俺も分からなかったので、スマホのカレンダーで見た。
「日曜だね」
「あっ、あー……そういうこと」
「え?なに?」
「んーん。なんでもない」
すごく気になるんだけど。
「ところで、
「うちも実家は出来合いだったわよ?でも、カツくんが毎日、ごはんがおいしい、おいしいって言うから、なんか美味しいものを作ってあげようと思って……」
感動!俺のカノジョは最高!なんか愛情が内側から、ぐわっって湧き出てきた。どこに出しても恥ずかしくないカノジョだ。
俺は間違いなく心の底からそう思ったけれど、後日、それが試される事象が起きることになる。
ちなみに、その日の餃子はめちゃくちゃうまかった。ニンニクがたっぷり効いていて、キスした後は二人で大爆笑だった。
■■■ 8月21日
約束通り17時に間に合うように駅に向かう。なんかやたら人が多い。ただ、俺の進行方向と逆だから別に気にならない。
駅に着いたのだけれど、今日に限ってやたら人が多い。駅前は人でごった返していた。中には浴衣を着ている女の子もいる。まあ、夏だから……
この混雑した人ごみの中から、花音を探すのは一苦労だ。花音は……
いや、簡単に見つかった。
花音が立っている周囲だけ人が離れていた。何があった?それよりも気になるのは……
俺は駆け足で花音に駆け寄った。
「おす!待たせた?」
「ん」
花音は浴衣を着ていた。水色の浴衣で、白い花の柄。ピンクと白と黄色が入った帯。髪は編み込まれていて、首の後ろ辺りでまとめられていた。浴衣の淡い色使いが、花音を一層神秘的に見せて、彼女の魅力を高める浴衣だった。
浴衣に合うように今日はバッグではなく、
「将尚、ここで感想を言うところだけど」
「ちょっと言葉を失うレベルだな。妖精かと思ったぜ。透明感が半端ない。その浴衣は反則だ。花音のための浴衣だな」
花音がうちわで顔を隠してしまった。また、俺の言葉はお気に召さなかったみたいだ。本心だからしょうがないんだけどなぁ。しかも、俺はまだ言い足りない。この感動は何とか伝えたいんだけど!
「ちょっと、その髪とか見せてくれよ。なんかめちゃくちゃ目を引くよな。花音は編み込んでも似合うんだな。」
ああ、花音がいよいよ向こうを向いてしまった。カコカコと下駄の音がして方向を変えてしまう。言えば言う程、花音が離れていく。
足元を見ると、薄いピンクのペディキュアがしてある。なんかドキドキするもんだな。
「花音、ちょっと爪先みせてみ。ピンクのペディキュアが可愛……(ボスッ)」
ふと顔を上げると花音がうちわで俺の頭を叩いていた。
「ちょっと手加減なさい」
花音が泣く様な、笑う様な顔で真っ赤になっていた。瞳なんかめちゃくちゃ潤んでいて、顔の半分くらいはうちわで隠れているのだけど、めちゃくちゃ可愛い顔!
「ちょ!花音、顔見せて」
「いやよ」
プイと向こうを向いてしまった。いや、そうじゃなくて、表情が可愛いんだって!それを見たいだけなんだ。
「いや、ちょっと見るだけだから」
「嫌だって言ってるでしょ」
花音が意地悪して向こうを向いてしまった。花音のあんな表情はめったに見れるもんじゃない。是非に見たかったのだが……
「花音はなんで今日は、そんな可愛い格好?」
「かわっ……ここまで来て気付かなかったの?」
そう言えば、ここまで来るのに人が多かった。駅前は人ごみ。そして、浴衣の女の子がそこらへんに多い。
「あ、花火大会!?」
「はぁ、……今気づいたの?」
花音が本気で呆れている。そんなことを言われても、花火大会とか子供の時しか行ったことがないので自分の周囲のイベントとして認識してなかった。
しかも、場所は何度か行った堀の公園だ。ここでは毎年花火大会をやっているのだけど、俺は人混みが苦手なので全然行ったことがなかったのだ。
そこまで分かって、もう一つ理解したことがある。花音の周囲に人がいなかったこと。駅では待ち合わせの人が多かった。女の子たちは着飾っていて、可愛く見える。そんな中、花音の隣にいたら絶対見劣りするので、近くにいることを避けたのだろう。
結果、待ち合わせの人でごった返している駅前で、花音の周囲だけ人がいなくなる、と。普通の可愛さならば、こんなことにはならないのだけど、花音の場合、もはや危険物としての様相を呈していた。
「それで、花音。花音が欲し物って……」
花音が、ふっと笑ったと思ったら、「こっちよ」と俺の袖を引っ張って方向を知らせた。なんか人ごみの多い方に向かっている気がしてちょっと嫌だけど、花音の欲しいものがあるんだ。限定品をゲットしに行くことにした。
■
おかしい。花音と花音が欲しい限定品を買うために歩いてきたのに、堀の公園についてしまった。ここでは今日、花火大会があるのだ。とにかく人が多い状態。
「将尚、ちょっと腕を出して」
花音が肘を向ける仕草をした。俺もそれに倣って、肘を出した。
すると、花音がするりと腕を組んできた。驚いて彼女の顔を見た。
「ここからはもっと人が多くなるから」
花音のはにかんだような表情が心に突き刺さる。
は、反則だろ……
ちょっと待てよ。もしかして、花音は最初から花火大会に来たいと思って!?じゃあ、限定品の話は嘘!?
「花音、欲しい物って?」
「ふふ、まだ気づいてないなんてね。将尚は目の前のもの1つしか見えないのね」
なんか、失礼なことを言われた気がする。ちょっと納得いかない気はしつつも、花音を連れて人ごみの中を進んでいく。花音の下駄のカコカコという音が心地いい。
「あ、1個目はあれよ!」
花火大会の会場となっている堀の公園内には、たくさんの出店が出ていた。そのうちの一つを花音が指さした。
「りんご飴?」
「ん。一度食べた見たかったの」
ここまできて俺はやっと気づいた。俺はなんてダメなんだ。花音は今日、花火大会デートをしたかっただけだ。花音が「お礼が欲しい」なんて言うから、すっかり何か品物をプレゼントすることだと思い込んでいた。
そもそも、うちの最寄り駅って……会場が堀の公園だし、花火大会の存在は知っていたのだから、開催日を知っていたらピンと来たはずだ。俺は、何も考えずのこのこやってきたわけだ。
要するに、元カノがデートしようと言っているのに、俺は何も考えず時間に遅れない様にとか、考えて来た……俺って相当鈍くない!?
「ふふ、
もう、完全に俺の負けだ。はいはい。お嬢様の仰せの通りに。俺は心の中で白旗を上げた。
■
花音が浴衣姿でりんご飴を持っている。うちわは邪魔になるので俺が預かった。水色の浴衣に赤いりんご飴。なんかコントラストも良くて絵になるな。まさかここまで考えて、浴衣の色を選んだりはしてないよな……
公園内は予想していた以上に人が多い。花火が始まるのが確か18時から。それまでは人があちこち動き回る。花音は俺と腕を組んでいるが、確かに一度はぐれたらもう出会える気はしない。俺と花音は腕を組んだまま公園内を移動する。
公園中に出展された出店を次々見ていく。そのうち、腕がグイっと引っ張られた。
「次は、あれ」
そう言った視線の先は、お面屋。お面?花音の方を見たらコクリと頷いた。間違ってないらしい。未だにお面屋さんってあるんだなぁ。昔に比べて売れなくなっているような気はするのだけど。
花音は真剣な顔でお面を選んでいた。そのうち1つを選んだ。
「これ」
何かのキャラクターみたいだ。
「はい、いらっしゃい!お姉さんいいの選ぶね!」
的屋のおじさんが元気よく言った。俺はお金を渡して花音が選んだお面を買った。
花音は、頭の側面にお面をひっかけて、お面を付けた。
お面にりんご飴に浴衣……
いかにもお祭りを楽しんでいる美少女。実に絵になる。SNSにアップしたらバズルこと確実だろう。
「将尚、ありがと」
はにかんだ笑顔でお礼を言われた。日ごろクールビューティー・モードの花音からしたら、この表情はとてもレアだ。そして、悪魔的に可愛い。
こういう花火大会はとにかく人が多い。そして休むところがない。俺たちは歩きながら花火の開始を待った。
パーッと空が一瞬光ったと思ったら、遅れて音がドーンと腹の底に響く。
音とともに腕を掴んでいる花音がビクッとするのが伝わってきた。花火って近くで見たらこんなに音が大きいものだっただろうか。俺には子供の頃の記憶しかないので新鮮だった。
花火は2発目、3発目とオープンに相応しく連発して上がる。花音はその度にビクッとする。大きな音が苦手らしい。
普段を知っていたら、想像できない可愛さだ。つい顔がニヤけてしまう。
「後で覚えてなさい……」
なんか、恐ろしい言葉が聞こえてした。花音さんのご機嫌を損ねてはいけない。俺にとっては文字通り死活問題なのだから。
相変わらず、定位置にいることができず、牛歩で公園内を歩く俺たち。そんな人はたくさんいて、公園内で場所取りしていたので定位置で花火を楽しめる「意識高い系」と牛歩を続けながら花火を楽しむ「流しの花火スト」に二分されていた。
「流しの花火スト」ってなに?
歩いていると、逆の回転の流れに見知った顔を見つけた。健郎と明日香だよ!委員長もいる!ホント仲いいなこいつら。
「よ!将尚!あっ!お前!」
健郎が俺と花音を指さしている。言いたいことは理解した。だが、そうじゃない。俺たちは付き合っているわけじゃない。弁解したいけれど、向こうの流れとこっちの流れは逆方向。立ち止まるスペースもなく、俺たちはすれ違っていった。
健郎&明日香+委員長が振り返りながら離れていき、目で「2学期には説明しろよ」と言っていたのが印象的だ。俺はぐずぐずと説明をして、何故か責められる未来が思い浮かんだ。
「世間の荒波が俺と健郎を引き裂いた瞬間だったな」
「それは違うと思うわよ」
花音はツッコみも優秀だった……。
「そろそろ帰ろうかしら」
花火が始まって20分もしたころ花音が言った。音が苦手みたいで、長時間はダメだろうと思っていた。
「駅まで送っていくよ」
花音は無言で、瞬きだけで肯定した。
まだ花火は始まったばかり、人の流れは公園に向かっている人が多く、逆に進む俺たちはとても歩きにくい。そこで1本道を入った裏通りを進んだ。
「彼らのこと、悪かったわね。予想外だったわ」
健郎たちとのエンカウントのことを言っているのだろう。まあ、色々ぐずぐず言えばいいだけだ。
「それより足大丈夫か?」
花音はなれない下駄で鼻緒の所が赤くなっていた。
「早めに切り上げたから大丈夫よ」
そのあたり込みで計算されていたのだろうか。駅まで送って花音と分かれた。
意図せず花音とまたデートしてしまい、恭子さんに責められそうなので、正直に言うか、黙っておくか考えながらマンションに戻った。きっと二股男はこんな発想に違いない。まさに、今まさに現在進行形でダメなやつだな、俺。
「お姉さん参上!」
「恭子さん……」
マンションに近づくと、道に恭子さんが仁王立ちで立っていた。
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