第38話:お盆休みとケーキ
俺は夏休み中、割と勉強を頑張っている。模試を受けたけれど、割と手ごたえもあったので、やればできると思い始めているのだ。
当然そこには、花音や恭子さんの協力があるのだけど、こんなに前向きに物事に取り組むことはこれまでなかったので、ちょっと気分がいいのもある。
模試の結果でC判定出れば、2学期中間の花音との勝負もなんとかしてもらえるみたいだし、俺自身も問題解決のために動けているのがよかった。
ただ、少し物足りなさを感じ始めていたのは「仕掛り」が多いこと。「仕掛り」とは、完了していないミッションのこと。
模試は受けた。でも、結果はまだ出ていない。俺のC判定を出すというミッションは結果がまだ出ていないのだ。
もう一つが「家族仲問題」だ。恭子さんに言われるがまま旅行のおみやげを家に持って行ったことはあるのだけど、その後何も行動していない。こちらも進んでいるようには思えないのだ。
まあ、俺にはできることしかできないので、日々勉強を頑張っているのだけれど……
今日も今日とて、
「
今日も恭子さんが作ってくれた昼食を食べた後の時間くらいの話、勉強の合間に花音が言った。
花音のお願いなんて珍しい。どうせ俺は花音のお願いを断れないのだから、無言で了承の表情で伝えた。
「例の堀の公園のケーキ屋さんに注文していたのだけど、今から行ってとってきてくれないかしら」
「どういうこと?」
「新作が出たらしくて、予約したのよ。取りに行きたいのだけど、私は恭子とお茶の準備があるから」
お盆休みも終わろうというのに、あのケーキ屋さんが営業しているのも驚いたが、花音が恭子さんとお茶の準備というのが違和感しかない。
つまりは、俺に席をはずせという指示なのだろう。そのためにわざわざケーキを予約したというのか。
わかった、と伝え俺は家を出た。この場合、急がない方がいいのだろうなと思い3時のおやつの時間に間に合えばいいかと考えた。
■
公園内は小さな遊び場やらバスケットコートやらマラソンコースやら色々ある。
俺はスポーツに汗を流すタイプではないので、今まで興味を持ったことががなかったけれど、今日のバスケットコートは見逃せなかった。
健郎と明日香が二人でバスケットをしているのだ。
「よう!」
「お!
「将尚くん!」
夏休みに偶然クラスメイトに会うとかそんなこともあるのか。スポーツウェア姿の健郎と明日香、バスケットボールも持っていることから身体を動かしにに来たのだろう。
健郎は少しダボダボのウエアがカッコイイ。明日香はピタピタのウエアなんだが、いいのかこれ。すげえエロいんだけど。
俺に気付くと二人はバスケを止めて集まってきた。タオルを持っているので最初から割とハードに動くことを想定していたのかもしれない。
「あれ?この近所だっけ?」
「まあ、ちょっとね」
二人は俺の家が大体どのあたりかくらいは話したことがある。駅でいくつか離れているここにいるのが変に思ったのだろう。
「
「んー、おつかい中?でも、急がない方がいいおつかいだから」
「なんだ、そりゃ」
健郎には不可解だったろうなぁ。俺も不可解だから。今カノと元カノが話し合うってなんだよ。どっちか刺されたりしないよな。そう考えると、俺は急いで帰った方がいいような気がしてきた。
健郎は身体を動かしたりないみたいで、ドリブルを続けている。俺がバスケットコート脇のベンチの端に座ったので、明日香はその反対側の端に座った。
俺は避けられているわけではなく、ベンチは3~4人用なので真ん中は健郎のために譲った形だろう。
「いつかお礼が言いたかったんだ」
「どうした?」
健郎はドリブルを続けながら答えた。明日香はちょっとだけ首を傾げた。
俺はクラスの空気が悪い時に、彼ら二人にすごく助けられた。彼らがいなければ、俺はとっくに登校拒否児童になっていただろう。
彼らはいつかのことに恩を感じてくれているだけとはいえ、俺には十分な助けだった。
「クリフハンガーは関係ないよ」
「ハンガーノック!恥ずかしいから、もう言わないで!」
健郎は「ハンガーノック」を「クリフハンガー」と毎回言う。明日香を揶揄っているのだろう。面白いコンビだ。
二人ともスポーツが好きというか、身体を動かすのが好きみたいだ。普段それだけ動いていると、変なことも考えずに気持ちがいい人間になれるのだろうか。
自分があまりスポーツは得意ではないので、彼らとの違いを考えてしまう。
「でも、ありがとう。助かった。いつか言いたかった」
「気にすんなって」
健郎がベンチ横にドカリと座り、俺の肩をバシバシ叩きながら言った。もしかしたら、テレているのか?それなら、もう少しソフトなテレを頼む。
そう言えば、「クリフハンガー」とは、鬼気迫る状況のことだったか。登山家がロープから落ちそうな場面が有名な映画は鬼気迫る場面だから、ぴったりのタイトルだったのだろう
それと同時に、いま家の中がクリフハンガーの可能性がある。彼らとの交流の時間はとても貴重だが、もう教室の中で話しても大丈夫なのだ。新学期が始まったらまたゆっくり話そう。
今は、家の方が気になる。二人との会話を切り上げ、ケーキ屋に向かうことにした。俺の背中には、再び二人がバスケットを始めた音が届き始めたのだった。
■■■
「紅茶を持ってきたわ。美味しい淹れ方を教えて」
花音ちゃんが持ってきたのは、ティーバッグだったけれど、かなり高級店のものを持ってきていた。
本格的な茶葉を持ってこられたら、淹れる道具がないところだった。
いつかのバウムクーヘンといい、結構いい値段だったはず。高校生がどうしてこんなお金を!?家が裕福とか?それとも、イケナイアルバイトを!?
そういえば、花音ちゃんを家の近くまでは送っていったことがあるけれど、家は見たことがないわ。ワンチャン家出娘の可能性が……
「お金の事は気にしなくていいわ。ちょっとした収入源があるから」
やはり!イケナイバイトかしら!?
「どうしてこう……あなた達は表情に出るのかしら。株と仮想通貨よ。遊びで始めたら調子がいいのよ」
カツくんの表情は読めることがあるけれど、私も!?
「それより、恭子の方はどうなの?お金がなくないってしまうんじゃないの?無職なんてしょ?」
「大丈夫よ。失業保険もあるし」
「ブラック企業に勤めていただけで失業保険が簡単におりるのかしら?」
この子は本当に色々察しがいい。本当に高校生だろうか。時々、本気で疑ってしまう。時間遡行で未来から来た的な?
「将尚や家族の事を考えたら、このお盆休み位がちょうどよかったんじゃないの?」
「家族仲問題」についてだ。色々すっ飛ばして、もっとも聞きたいことを聞いてきた。そして、いま私がもっとも答えにくい質問。
「いい方法があるのよ」
私は持ってきてくれたティーバッグの包装を開けながら答えた。
「考えあってなのね?」
キッチンで電気ケトルに水を入れる私のすぐ横で花音ちゃんが聞いた。その目はこちらを真っ直ぐ向いている。
「もちのろんよ♪カツくんの問題を必ず解決させてみせるわ!」
花音ちゃんはそれを聞いて部屋の方に行ってしまった。
「じゃあ、任せるわ。私では力不足だもの」
キッチンからは彼女の背中しか見えない。その表情は読み取れない。
「万能な花音ちゃんなのにね」
「私は有能ではあるけど、万能ではないわ」
声が意外に近くで聞こえた。少し驚いて花音ちゃんがいた方向を見た。
「じゃあ、帰るわ」
再びキッチンまで来ていた彼女は、持ってきた鞄を肩にかけていた。
「ケーキは?もうすぐカツくん帰ってくるわよ?」
「ケーキは2個しか頼んでいのを失念していたわ。恭子たちで食べて」
なによ。最初から一緒にお茶なんかする気ないじゃない。
どういうつもりか分からないまま、彼女は帰ってしまった。
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