第29話:未来の明晰夢と煮込みハンバーグ

 午後の遊園地も全力で回り、全力で遊んだ。最後の方は少し暗くなってきたほどだ。少し長居し過ぎたかもしれない。それでも、最後に三人で観覧車に乗った。


 キャストのお姉さんに案内されて、定員が4人のゴンドラに乗り込む俺たち三人。当然、俺の横には恭子さんが座った。そして、腕を組んできた。



「へへへ~。カノジョ特権発動ー!」



 恭子さんが俺の腕に頬を擦り付けてくる。本当に可愛い人だなぁ。

 俺の真正面に座った花音は無表情ながら不満な顔をしている。恭子さんの安い挑発にしっかり乗る辺りいい子なのかもしれない。



「真横にいたら顔が見えないから残念ね。真正面にいたらバッチリ将尚かつひさの顔が見えるわ」


「ぬぬぬ……横にいたら、カツくんも横を見るもんっ」



「もんっ」って言ったよ、このお姉さん。可愛さ優勝だな。さすが俺のカノジョ。


 恭子さんが俺の頬に両掌を添えてグイっと恭子さんの方を向かせてくる。

 俺の首はそれ以上回らないんだけど……首の可動範囲ギリギリまで恭子さんの方に顔を向けさせて、花音が視界に入らないようにしているらしい。


 あんまり無理すると俺の首の接着剤が取れちゃうから……まあ、俺ガンプラじゃないけど。



「……ふう、夏は熱いわね」



 花音がそう言いながら、俺の真正面でスカートの裾を少しずつ持ち上げていく。白くてすらりとした脚が少しずつ露わになっていく。

 俺の視界の隅ギリギリでその天国のような光景が繰り広げられていて、状況だけは分かるのに見えない!視界の隅み過ぎて焦点を合わせて見ることはできない。み、見たい!



「ズルいわよ!花音ちゃん!カツくん!キスをしましょう!」



 俺の両頬の手をそのままに顔を近づけてくる恭子さん。正直、恭子さんもすごく気になるけど、花音の方も気になってしょうがない。

 俺が絶対首を正面に向けないようにと恭子さんが両腕を俺の頭の後ろにまで回してきてガッチリホールドしてきた。



「こうすると涼しいわね」(バサバサ)



 持ち上げたスカートを上下に振って風を取り込む花音。今、花音の方を見たら絶対下着が見える状態だ!

 しかし、俺の頭は恭子さんにガッチリホールドされているし、唇も恭子さんに絶賛奪われ中。



「むー!むー!(見たい!)」


「すごく暑いから、シャツのボタンも開けてみようかしら」



 シュルシュルとリボンがほどかれる音が聞こえる。この上、シャツもだと!?あの可愛い服の下がどうなっているのか、男なら誰でも想像したはずだ!しかし、俺の頭はホールド中。


 ゴンドラ内でジタバタしているうちに「ガコン」と音がした。



「お疲れ様でし……ごゆっくりどうぞ~」



 キャストのお姉さんからしたら、片側のカップルはガッツリ抱き合ってキスしている最中。その向かいの女の子はシャツの前をはだけた上に、スカートをたくし上げている。


 観覧車は既に1周回って、下の位置に戻ってきていて、キャストのお姉さんがドアを開けてくれたのだが、ゴンドラ内のあまりの惨状(?)を見て、静かに再びドアを閉めた。


 ぎゃー!恥ずかしいー!もう1周したら、また下に着くんだよな!?さっきのキャストのお姉さんとまた顔を会わせるんだよな!?もういっそ殺してくれー!!



 ■■■



 俺はとにかくぐったりだった。疲れた。まあ、楽しかったけど。とにかく疲れた。主に精神エネルギーの消費が凄い。



「あー、楽しかった♪遊園地なんて久しぶりだったわ。失業してみるもんね」



 そんなこと言ってると、いつか誰かに怒られるぞ。

 恭子さんが右腕を頭の上に伸ばし、左手はそれに沿わせて伸びをしながら言った。



「観覧車では恭子が無茶するから余計な恥をかいたわ」


「花音ちゃんだって色々見えちゃいけないとこまで脱いでたじゃない!」



 俺の見えないところでどこまで脱いでたの!?気になりすぎて今日寝られないかも!?


 遊園地で1日過ごすというのはかなりのエネルギーを使うみたいで、三人とも本当に疲れていた。帰りかけの電車では比較的いていて、三人横並びに座ることができた。


 例によって俺が中央に座って、恭子さんと花音がそれぞれ左右に座っている。電車に揺られて約1時間かかる……段々眠くなってきた。


 恭子さんが左腕に抱き着いたままウトウトしている。頭をゆっくり俺の肩に当たるようにしてあげたら、そのまま眠ってしまった。


 花音は割と眠気に抵抗していたけれど、恭子さんが眠ったのに気づいたら、俺の右手を花音の膝に乗せ、俺の腕に抱き着いた状態で寝落ちしてた。

 両方から抱き着かれているのはすごく嬉しい状況なのだが、俺も疲れていて、瞼が重くなる……



 ■■■



 両方に美女がいたというのが意識にあったのだろう。俺は夢を見た。

 そして、夢の中では、俺は「自分が夢を見ている」と認識している。自分で自分の夢を見破るのを明晰夢めいせきむというらしい。


 俺は家に帰っていた。俺の家でもないし、恭子さんのマンションでもない、見たことがない家。でも、それが自分の家だと分かっている。夢とはそんなものだ。

 玄関の扉が大きくて、それだけで家が大きいことが分かった。そして、俺は躊躇なくその家の玄関扉を開けて入って行く。明晰夢は明晰夢でも俺の意識に関係なく動いていくタイプかよ!?


 玄関を開けるとそこには俺の奥さんが……そう、恭子さんが駆け寄ってきた。そのまま、首に抱き着いてきた。



「くんくん、女のにおいなし!ヨシ!」



 夢の中でもそれやるのかよ!いかん、いかん。夢にツッコんでしまった。



「おかえりー、あ・な・た♪」



 恭子さんの笑顔は本当に幸せそうだ。彼女は今以上に綺麗だった。キラキラしている。幸せが内から溢れ出しているような奥さん。幸せを具現化したような奥さん。

 これなら毎日定時ダッシュで家に帰りそうだ。そして、どんな疲れも帰り着いたこの瞬間にぶっ飛ぶだろう。



「食事にする?お風呂にする?それとも、た・わ・し?」



「たわし」はなんだ?掃除か!?ボケなのか!?ツッコんだ方がいいんじゃないのか!?夢の中の俺!!



「そうだなぁ、「恭子」にしたいけど、それだとご飯が食べられなくなると思うから、「食事」からいこうかな」


「ふふふ、今日はあなたの好きなハンバーグよ♪」



 嬉しそうにくるりUターンして、キッチンに戻る恭子さん。現実だったら、大事なボケをスルーしたら物理的に首筋に噛みついてくるだろう!それでいいのか夢の中の恭子さん!


 俺は着替えて食卓のテーブルについた。テーブルは一般家庭にある四角ではなく、丸のテーブル。今日の昼のレストランのそれが夢に反映しているのかもしれない。

 そこでもう一つ気が付いた。「ハンバーグ」が「煮込みハンバーグ」に進化しているのだ!なにあれ!ソースが濃厚そうですごくおいしそう!


 ただでさえ恭子さんのハンバーグは美味しいのに、更に進化してしまったらその味はどうなんだよ!!


 俺はわくわくしている。「じゃあ、食べよう」と恭子さんを急かしている。



「ちょっと待ってね。花音ちゃんにも声かけてくるから」



 は!?花音!?なぜここに花音が出てくる!?そう言えば、テーブルの上には食事が3人分ある。俺の左には恭子さんが座り、右側には……



「あら、お帰り将尚。今日も社畜ライフを満喫してきたようね」



 花音がいる!家にいる!今よりも少し成長して、大人になった花音。でも、すぐに花音だと分かる。可愛さ全開の今の花音よりも美しさが加味され、さらに綺麗になっていた。

 ちょっと息をするのも忘れるレベル。こんなのが家にいたら会社に行かなくなるかも。


 待て待て。恭子さんが嫁さんで、花音はなに!?



「今日は、食事の後一緒にお風呂に入りましょう」



 花音が妖艶な目で俺を見た。



「あー、花音ちゃんズルい~!そのままの流れでベッドインするつもりね!お姉さんも混ぜてよぉ」


「いやよ。3Pはしないわ。恭子の巨大な胸を見せられながらなんてごめんよ」


「お姉さんは花音ちゃんだったら抱ける!」


「勝手に想像の翼を広げないでもらえるかしら」



 夢の中でも俺の立場弱っ!!存在感薄っ!!そして、なんて会話をしているんだ!



 ■■■



 はっ!電車の揺れで目が覚めた。


 キョロキョロ辺りを見渡して、現在位置を確認したが、下車予定の駅までまだ数駅ある。ちょっとウトウトしただけだ。それにしても、とんでもない夢を見てしまった……


 左右の腕には恭子さんと花音。俺が目覚めてゴソゴソしてたから、二人とも目を覚ましたみたいだ。



「あー、夢見てた……なんかいい夢だったぁ」


「ん、外で眠るなんて初めて……」



 やっぱり三人とも疲れてる。マンションに帰ったら恭子さんがなにかご飯を作ってくれるかもしれない。

 でも、三人とも疲れてるのに、恭子さんだけ今から料理するの?それは絶対大変だ。俺が料理する方だったら絶対嫌だ。



「ねえ、駅に着いたらファミレスとかでご飯食べて帰らない?」


「あ、いいわね。助かるわ」



 恭子さんに提案すると乗っかってくれた。



「花音も家に帰ったらごはんある系?」


「ない系」


「じゃあ、どうだ?俺おごるよ」


「……いく」



 財布の中には、バイトで稼いだお金の一部が入っていた。まだ諭吉が一枚。これだけあればファミレスなら三人楽勝だろう。


 変な夢を見たせいか、少し意識してしまっている。電車を降りても恭子さんとはいつも通り腕を組んでいる。花音は横を歩いているのだけど、俺は空いた右手が少し寂しい気がしていた。



 ■



 駅前のファミレスに入った。ファミレスは普通のファミレス。長テーブルの席に通された。俺の横には恭子さんが座り、向かいには花音が座った。何となく丸テーブルじゃないんだ、と思った。

 でも、丸テーブルのファミレスなんてそっちの方が珍しい。どうもまだ俺はあの夢に引きずられているらしい。


「何にしようかなぁ」と恭子さんが前のめりでメニューを見ている。軍資金は十分あるから好きなものを食べていい、と伝えてあるので二人とも特に遠慮はしないだろう。

 極端に安いものを選んだりされたら逆にこっちが気を使ってしまう。

 ここら辺の気遣いというか、気付きに関しては、この二人はとんでもなく凄いのであまり心配しなくていいだろう。それぞれ食べたいと思ったものを注文してくれたらそれでいい。



「決まった?」



 お姉さんが店員呼び出しボタンに指をかけながら聞いた。



「あ、うん。決まった」


「ん」



 三人とも決まったのを確認したら、恭子さんがボタンで店員さんを呼んでくれた。程なくして女性店員さんが現れ端末を片手にオーダーを聞いた。



「あ、俺『煮込みハンバーグ定食』で」


「「私も」」


「「「ん?」」」



 変にオーダーがリンクしてしまった。俺はあの夢で煮込みハンバーグが食べられなかったことをすごく残念に思っていた。メニューにあったから迷わずそれにした。


 二人とも「煮込みハンバーグ定食」なんだけど、この二人が俺と同じ夢を見ていた……なんてファンタジーはあり得ないよな。

 男の願望100%の夢。女の方からしたら堪らないだろう。毎日一人の男を取り合わないといけないのだから。半分の愛情、半分の身体。


 二股というのはモラル的にダメなのもあるだろうけど、結局は長く続かないアンバランスさがあるのだろう。


 そんな訳の分からない哲学的なことを考えながら食べた煮込みハンバーグは、美味しかったのだけれど、「あの煮込みハンバーグ」には絶対勝てない。ああ、あの煮込みハンバーグが食べたかった……



「なんかお姉さん、煮込みハンバーグを突き詰めてみたくなった。帰ったらまた作ってみよ」


「完成したら私も食べたい」



珍しく花音が恭子さんに頼みごとをした。



「いいわよぉ。煮込みハンバーグくらいいくらでも。カツくんはあげないけどね」


「心配しなくても奪ってみせるから大丈夫」



 ……夢だよな。あれは単なる夢だよな。

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