第28話:足りないワンピース
レストラン内は比較的満員だった。さすが遊園地。
ただ、店内はセンスのいい内装で、ザワついているけれどテーブル間隔は広く、比較的ゆったりしたレイアウトになっていた。一言でいえば快適。
既に2時近かったことと、ちょっと価格が高めのレストランだったことで殆ど列ばずに店に入れた。
通常は、レストランもアトラクションの一つの様に入店まで60分待ちとかになり、時間がもったいないと思ってしまうことがあった。
店内に通されて、4人用の円卓に三人で座った。俺が中央で左右に恭子さんと花音が座った。
メニューは比較的絞られていて、遊園地らしくゆったりとはしていても、ある程度は客の回転が考慮されているようだ。
隣のテーブルとの間隔も広いし、これならよほど大きな声でない限り、恭子さんが下ネタを言っても俺が冷や汗を流さなくて済みそう。
注文を済ましたとこで恭子さんが立ち上がった。
「ごめーん、ちょっと3番に」
それだけ言うと、いなくなってしまった。3番?テーブルの番号?アトラクションの番号とかがあるのか?俺は無意識に花音の方を向いた。
「3番っていうのは、飲食店なんかの隠語で『トイレ』を指しているわ。全然一般的ではないから、恭子は飲食店でのバイト経験があって、それを当たり前のように思っているということね」
そんなことまで知っているのか。俺は無意識に花音の方を見ただけなのに、俺が疑問に思っている事を的確に把握して、その答えまで出してみせた。完璧だ。
「お前は、相変わらず万能だな」
「私は有能ではあるけれど、万能ではないわ」
いや、十分だろう。この万能美少女にもう一つ気になっていたことを聞くことにした。
「結局、今日の集まりはなんなんだ?」
「なにって『夏の大三角関係』でしょ?」
「そんな集まりがあってたまるか。」
「夏休みになると暫く
どうして見えない意図があるって思わないのか!?一学期は恭子さんと見えない頭脳バトルを繰り広げていた天才じゃないのか!?
まったく、どうしてこいつは恭子さんが相手だとIQが2とかになってしまうんだ。
「恭子さんが何か……」
そこまで言ったところで恭子さんが戻ってきた。
「なになに?何の話?浮気かな?カツくんはね、お姉さんがドロドロに甘やかすから、中々奪えないわよ?」
ちょっと黙ってて。このエロ巨乳お姉さん。さすがに離れた場所から言ったら隣の席にも聞こえるでしょう。食事の前に店を出なくちゃならなくなるのは困る。
そう言えば、俺も今のうちにトイレに……夏休み期間中だからか、平日なのに意外に人が多いんだ。
男のトイレはそんなに混まないけど、あの二人を待たせていたら、確実にナンパされる。俺も、安心してトイレに行けないから今がチャンスだろう。
「俺もちょっと『3番』……」と言って席を外した。
■
気に入らないことがあった。恭子の行動だ。明らかに変だった。
まずは、服装。将尚が黒い
家を出る前の服装を知っているからできること。「あなたにはできないでしょ?」という煽りが含まれている。そこはまだいい、通常運転だから。
そのくせ、LINEのやり取りでは夏休み中にも気軽に家に遊びに来ていいと言っていた。元カノにそんなことを言う今カノがいるわけない。つまり……そういうことだ。
「ねぇ、怖じ気づいたの?」
「なにが?」
テーブルの上でおしぼりを綺麗に畳んでいた恭子に話しかけた。
「会ったら聞こうと思っていたの。将尚の前からいなくなろうとしてるんじゃいの?」
「……相変わらず鋭いわねぇ。全く何でも分かる万能さだわ」
「有能ではあるけど、万能ではないわ。私にも苦手なことはあるのよ」
一瞬、誤魔化そうとしたわね。でも、読まれると思って諦めた、と。変に誤魔化すよりある程度本当のことを言って、少しだけ嘘を混ぜるプランに切り替えたことを理解した。
「将尚はもういいの?私もらっちゃうわよ?」
「全然よくないけど、次の『家族仲問題』は、お姉さんの社会的信用度が問題解決のカギなのよ?」
「……あぁ、その手を取るのね」
いくつかの方法を思いついたけれど、正攻法であり一番確実で、でも泥臭い方法を選んだのが分かった。それだけ積極的に恭子は将尚の家族仲を何とかしようとしているのが伝わり好印象だった。
「お姉さんの場合、無職、アラサー、貯金なし、誘拐、軟禁、淫行女だから。カツくんにも手出しちゃってるし。親御さんの心配しそうなこと全部当てはまるからねぇ」
恭子が眉をハの字にして苦笑いしながら言った。
「まあ、でも、お金のためじゃないのは伝わるでしょ?」
「あー、それねぇ。カツくんに言われて、お姉さんカツくんから60万円受け取っちゃってるからなぁ」
「……あなたなにやってるの」
思わずため息が出てしまった。
「一生懸命言われたら、断り切れなくて……一応、預かってる感じ?」
ここで恭子が少し表情を曇らせた。
「あと、歳が離れすぎてるから……」
さっきは「無職」
「今更、歳のことを気にしているの?70歳のおじいさんと80歳のおばあさんなら歳の差は気にならないでしょう?」
「お姉さんそんなにカツくんの隣にいられるのかなぁ?」
「あら、弱気ね。敗北宣言かしら?」
「むきぃ~!」
恭子は本当に面白いキャラクターをしているわ。こんな形でなければもっと仲良くなれたのではと思うこともある。
「恭子が考えている方法だと、3つのパターンがあると思うのだけ、あなたはどうするつもりなの?」
「え?3パターン?2つじゃなくて?」
恭子は気づかなかったのか、そもそもその選択肢はないと思ったのか、慌てていた。
「あ、そういうことか!もちろん、家族仲は修復して、そのあとは
……ひとつ気づいてしまったけど、まあこれは現時点ではいいか。それは敵に塩を送ることになるのだけど、お盆辺りに喝を入れれば何とかなるでしょう。
「それよりも花音ちゃんはいいのかしら?カツくんは、お姉さんしか見てないわよ?」
「今はまだ……ね。私は一度失敗してるから。今、将尚と付き合ってもパズルのピースが一つ足りないのよ」
私では将尚を振り向かせることができなかった。しかも、将尚自身もまだ気づいていないであろう問題もある。
「あら?珍しく弱気ね。敗北宣言かな?」
ついさっき言ったセリフをすぐに使って仕返ししてきた。安い挑発に思わず笑いがこぼれる。
「ふ、言ってなさい。あなたと将尚にもワンピース足りないのに気づいてるんでしょ?だから、私をここに呼んだ」
恭子自身迷っているのが手に取るように分かった。
「うー……花音ちゃん、私が気づいてない事まで気づかないでもらえるかな。言葉にされたら気づかざるを得ないじゃない」
「人のせいにしないでほしいわ。人聞きが悪い。恭子はもう動き始めてるじゃない。私はそれを最大限利用させてもらうわよ?」
「花音ちゃん、ホントに高校生よね?時々忘れちゃうわ」
「おまたせー、料理来た?」
ここまで話したところで将尚が戻ってきた。この話題は一旦切り上げて、また今度になりそうね。
私が将尚とやり直すには、「足りないワンピース」が何かを見つけ出して補充すること。これは絶対に恭子よりも先に完遂させなければならない。
□
ホント花音ちゃん、肌きれい。横に並ぶ人の身になってほしいところだわ。こっちはアラサーだっちゅーの!
しかも、あの服!プチ・ロリータかガーリーか知らないけど、反則的に可愛い!あんなの見せられたら、男の子なら誰でも落ちるはず。
極めつけは、アサイチのあの真っ赤になったテレ顔なに!?あれは絶対にカツくんには見せてはいけないものだったわ。
そして、鋭すぎる。私の考えは読まれるどころか、先を行かれてしまった。
カツくんの「家族仲問題」は、本来、家族間以外の人は入れない問題。私の場合、少しの期間でもカツくんと一緒に暮らしているので一時的な保護者的な立場で少しだけ参加することができるかもしれない。
「家族仲問題」は、中には入れればそんなに解決は難しくない。不足したコミュニケーションを補うだけ。それぞれに話を聞いて、情報をシェアするだけ。
それに、カツくんはちゃんと時間を取れば話が聞けると思う。問題はご家族。見ず知らずの無職女に家庭内の込み入ったことを話してくれるか……
カツくんとの今後は、花音ちゃんに言われて、選択肢が2つではなく3つだと分かった。最終的にカツくんを家に「返す/返さない」。その二択のつもりだった。もう一つの要素があったという事か。
私とカツくんとの交際をご両親に認めてもらって「付き合う/付き合わない」の選択肢まで考えれば、条件分けは2×2で4通り、その内、「家に返さない」のに「付き合わない」というのはあり得ないので、削除すると、3パターンってことね。ホントこの子、頭の回転が良すぎてこっちが追い付けないわ。
それよりも、花音ちゃんが足りないと言っていた「足りないワンピース」。確かに存在すると思う。このままでは、いずれカツくんは私の元を離れて行ってしまう。
その時はきっと、もう私の心が耐えられない。心の支えを失ったら私は生きてはいけないだろう。
私とカツくんの「足りないワンピース」を花音ちゃんよりも先に見つけ、カツくんとの仲を永遠のものにしたい。
当然、私とカツくん、花音ちゃんとカツくんの「ワンピース」は同じものではないだろう。もし先に彼女の「ワンピース」を見つけた時、私は隠さないでいられるだろうか……それとも差し出してしまうのか……
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