第14話:俺の今帰る場所

 ほぼ全教科の教科書は重かった。家に置いていたサブバックも使ってできるだけ多く持ちだしたのだ。紐が肩に食い込んで痛かったけど、家族の悲しむ様子を見せられて、心の方が痛かった。


 俺はどこで何を間違えたのか。少しセンチメンタルな気持ちになっていたかもしれない。


 恭子さんのマンションに着いたのはもう日が沈んで辺りは真っ暗になった頃。もらっていた合鍵でエントランスのオートロックを開け、エレベーターで6階に上がった。


 玄関のドアを開けたら恭子さんが飛び出してきた。



「カツくん!おかえりー!」



 なんかすごい薄着の部屋着で抱き着いてこられて、ちょっとびっくりした。Tシャツの下はノーブラらしく抱きつかれただけで、色々柔らかい。


 手を引かれて、部屋に入った。部屋の中を見ると、チューハイの缶が何本も落ちていた。ああ、一人で宴だったのかな?そんなことを考えていたのだけれど、そうではなかったらしい。


 恭子さんが首の辺りに抱き着いてきて、首筋に何度も何度もキスされた。



「なに?なに?どうしたの?」


「カツくん、家に帰っちゃったと思ってー!一人でやけ酒飲んでたのー!」



 恭子さんが泣いていた。どうやら俺がいなくて悲しんでくれていたようだ。こちらも俺がいなくなって悲しんでくれている。家では家族が泣いていて、俺も心が痛かった。こちらでは、泣かれて嬉しいと感じている。誰かその違いを俺に説明してくれ。



「実は学校で妹に見つかって、一回家に帰ってきた」


「え!?大丈夫だったの!?」


「一応、ちゃんと生活してることは伝えて出て来たけど、家族は悲しんでた。その顔を見たらなんか……俺も心が痛かった……」


「そっか……家には帰れない感じ?」


「うん……あそこには俺の家族はいなくて」


「どういうこと?」


「うん……またゆっくり話すよ」


「わかった。今はカツくんがいてくれれば十分」



 酔っぱらってフラフラの恭子さんは、身体も桜色に染まっていて色っぽかった。俺の顔を見て表情も嬉しそうで、それを見た俺も愛情が内側から次々溢れ出し、思わず抱きしめてキスをした。



「頑張ったね」



 そう言って、恭子さんが俺の頭を撫でてくれた。子どもみたいだと思ったけれど、実際撫でられるとなんだか落ち着いた。これはいいもんだ。

 そして、また首筋にキスされた。



「しよっか?」


「……」


 

 恭子さんは、どこも見ていない様な目で小さく言った。なんかそれだけで十分エロかった。自然にベッドに移動した。


 なんだか自分の心の中のもやもやを晴らしたくて恭子さんの身体に集中するようにした。酒に酔っていたからか、それとも優しさからか、彼女は俺の好きにさせてくれた。俺は少しむしゃくしゃしていたところもあったので、激しく彼女を攻めた。

 それでも、恭子さんは全部受け止めてくれた。



 ***



 ……今日は長かった。落ち着いた頃には日付が変わろうとしていた。恭子さんはまだベッドの上で身体がビクンビクンと痙攣している。イったまま中々降りてこないのだろう。男の俺に「ずっとイってる」という感覚は分からない。


 気持ちいいのか、辛いのか。ただ、その時の恭子さんの表情は極上にエロい。痙攣している恭子さんを見るのは欲情を搔き立てられて彼女の好きなところの一つだった。


 結局今日は勉強ができなかった。収穫と言えば、教科書と貯めたお金を持ってきたこと。それくらいだろうか。

 逆に悪いことは片手では収まらない。花音かのんに挑発された?琴音ことねのことを委員長に誤解されたこともそうだろうし、家族の悲しむ顔を見せられた。



(ガブッ)「あいた!」



 恭子さんがあちらの世界から帰って来たらしく、俺の二の腕を噛んでいる。



「カツくんが、カノジョを抱いたベットで、事後に他の女のことを考えている!悪い男だ」



 そう言われればそう言うことになるのだろうか。ただ単に落ち込んでいただけなのだけれど。あと、琴音は妹だから。



「むうぅー、ジェラシー!」



 そう言いながら、今度は首筋に嚙みついてきた。吸血鬼みたいだ。ただ、残る跡は2本だけの牙の後ではなく、歯型になりそうなので、止めていただきたい。体育があった時着替えることができなくなる。



「花音ちゃんの写真ないの?」



 花音のことを考えていたなんて一言も言っていないのに、恭子さんもまた頭の回転や察しが良く俺の思考は駄々洩れで読まれまくっているのだろう。



「1枚だけあったと思うけど……」



 俺はGoogleフォトから花音の写真を探し出した。家の前で二人並んで写った写真。二人の間には微妙な空間があり、カップルの写真というよりは、昔の家族写真という感じの二人とも棒立ちの写真。


 しかも、上から下まで全身入っているので、いよいよ古い家族写真みたいだった。たしか、家の前でたまたま会った琴音が撮ってくれたんだ。



「うわー、美人系かぁ、これがライバルとかきっついなぁ」



 恭子さんが、俺の横でうつ伏せに寝転んで写真を見て言った。俺は既に振られているので、元カノであってライバルでもなんでもないはずだ。恭子さんこそがカノジョ。そのカノジョは背中のラインからお尻のラインがすごくきれいだ。俺はチラ見でその芸術的な曲線を楽しんでいた。



「これがクールビューティーかぁ」



 恭子さんをよく見ると、瞳が細かく動いていた。すごく何かを考えているようにも見える。



「カツくんから聞いた話も総合すると、花音ちゃんは『鏡』みたいな子じゃないかな?」


「鏡?」



 これまでに聞いたことがない例えだったので、興味がわいてしまった。



「そう、他人がイメージした人物を映し出す鏡。みんなが彼女をクールビューティーだと思っているから、クールビューティーを演じちゃう感じの」


「そういうところはあるかな」


「そうなると、カツくんのことは最高に欲しい相手じゃないかな?」



 恭子さんは、俺と花音の写真をずっと見ている。見れば見るほど情報が得られるのかは分からないけれど、拡大したりして、花音をすごく観察していた。



「カツくんは、誰ともつるまないし、誰の影響も受けない。つまり、カツくんと接している時、花音ちゃんは素の花音ちゃんってことでしょ?」



 そんな考え方はしたことがなかった。発想からして斜め上というか、恭子さんはやっぱりかなり頭がいいらしい。もしかしたら、花音と対等かそれ以上に渡り合えるくらいの頭脳を持っているのかもしれない。



「ところが、付き合ってみて気づいてしまったのよ。カツくんが思ったよりも自分に興味を持っていないって。花音ちゃんの方を向いていないのだから、鏡に姿が映らないの」



 たしかに、花音と付き合っている時もあまり俺の意識には入ってきていなかった。むしろ、振られた後の方が花音のことを意識しているくらいだ。



「彼女はなんとかカツくんを振り向かせようとするわね。だから別れを切り出した」



 確かに、別れた後の方が花音のことを考えている気がする。恭子さんが言うことは一理あるのかもしれない。



「別に『セックスしよう』でも『一緒に死のう』でもよかったと思うの」


「なぜ、『セックス』の方を選ばなかったのか!」


「やっぱり、花音ちゃんとしたいんでしょ!」



 再び首筋を噛まれている。多分跡が残るな。制服も衣替えがあったのだけど、カッターシャツで首の歯型が隠れるだろうか……



「花音ちゃんは、お姉さんにカツくんを取られたことを本当に悔しく思っているわね!」



 俺は普通の男子高校生だ。あんな美人に狙われる様なチート能力は持ち合わせてない。そう言った意味では振られて良かったのか?あのままでは心臓が持たなかったかもしれないし。



「やっぱりジェラシー!カツくん、首にキスマークいっぱい付けといていい!?マーキングで!」



 やめてくれ。学校に行くだけで停学になるわ。そして、また花音に揶揄われるかもしれない。委員長が言ったのが本当なら、また彼女を泣かせてしまうかもしれないというのもある。


 周囲の人に悲しまれるのは嬉しくない。俺はそんな行動はとりたくないのだ。


 ふいに恭子さんが抱き着いてきた。



「今日は何にも考えずにしっかり寝て、明日からまた勉強しよう!」



 そうだった。成績トップを取るんだった。



「寝る前にもっかいする?入れたまま寝る?」



 段々恭子さんの品がなくなってきた。ヤキモチ妬きで、エロエロで冗談に品がない。

 俺が恭子さんにそれを求めているのだろうか。そして、彼女もまた「鏡」のようにそれに応えてしまっているのではないだろうか。


 そんな変なことを考えながら、恭子さんとイチャイチャしながら眠りに落ちた。

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