第13話:自宅への強制送還
俺はもう逃げられないと腹をくくっていた。それでも、家出生活はまだ続けるつもりだった。つまり、一旦家に帰って両親に顔は見せるけれど、再び家を出て恭子さんと暮らすことを考えていた。
期末テストの結果が出たら、成績は学年トップの予定なので鼻高々にアウトプットを出せたのだが、残念ながら期末テストはまだだし、結果が出るのはさらに少し後だ。
妹の
事前に
俺は、恭子さんの話を思い出していた。
***
「もし、カツくんが家に連れ戻されて、その時『再家出』の許可が取れるとしたら、衣食住のうち、『食』と『住』は特に心配すると思うので、とても重要ね」
食に関しては、三食恭子さんが作ってくれているので困ったことがない。しかも、昼用の弁当まで作ってくれている。
住に関しても家出とはいえ、橋の下などではなく、恭子さんのマンションでとても快適だ。雨露凌げるどころではない。とても家出中とは思えないような充実ぶりだ。
ワンルームマンションで、風呂トイレ付き、恭子さん付きなのだ。
「あとは、『安全の確保』と『自由意志』かしらね」
確かに、マンションで暮らしていると言っても、安全とは限らない。極端な話、暴力団の事務所で暮らすとか無理だし。
自由意志は、自ら進んで家出状態にあることだろうか。安全なマンション暮らしでも、何らかの方法で拘束され帰りたくても帰れないのならよくないだろう。
「本当は、『クラスの空気が良くない問題』が解決した後に話すつもりだったけど、成績が下がるといくら安全な生活でもご両親には理解されないわ」
「たしかに」
「もっとも、これは期末テストの結果が出るまで形にならないから今の時点では何も出せないわね。もし、期末の結果が出る前に家に捕まることがあったら、成績以外のカードを切るしかないわね」
つまり、俺が家に示すべきは、5つの項目があるという事。
・食の確保
・住処の確保
・安全の確保
・自由意志による家出
・成績アップ
この内、成績以外を出すしかない。
さて、これらの項目について、どう説明するか。どう見せるかが問題だ。
まだ、話は固まってないけれど、後は出たとこ勝負かな。ぼんやりそんな事を考えていたら、俺の家に着いた。
2階建ての一戸建て。狭いけど庭もある。市内で一戸建てを建てたのだから父親の収入は平均よりも多いのかもしれない。
門扉を開け、玄関ドアの鍵を鍵穴に差し込む。帰るつもりが全くなかったのに、鍵はズボンのポケットに入れていたなんて、習慣とは恐ろしいもんだ。
玄関ドアを開け家に入る。奥からドタドタとかけてくる人物がいた。まあ、母親なんだけど。
「
俺の名前を呼びながら母親が玄関まで走ってきた。彼女は俺の顔を見ると真っ先に抱きついてきて、無事でよかったと泣いていた。少しの間抱きついていたと思ったら、次は全身を見て変わったところがないか確かめ、どこにいたのかと聞いた。
母親は少しやつれただろうか。顔色があまりよくないように見えた。
この間、琴音は玄関で一緒に泣いていた。自分が家族を泣かせていると思うと気分はよくなかった。
荷物を持ったままリビングに行くと父親もいた。会社は休んだのだろうか。それとも、俺が帰ると聞いて早引きしてきたのだろうか。
「将尚!どこに行ってたんだ!」
夫婦そろって同じことを聞く。父親は温厚な人柄だから俺を殴ったりはしない。ただ、人は心配になるとそれを怒りに変換してしまう。別に俺はとりあえずでも帰ってきて、顔を見せているのだからそんなに大きな声を出さなくてもじっくり話し合いをすればいいのに。
「まあ、座りなさい。母さん、将尚に飲み物を」
「はい!」
俺はリビングのソファに座った。中央の長四角のローテーブルの前に長い3人掛けのソファを置いていて、ローテーブルの短手にそれぞれ一人用のソファが置かれている。
俺は三人掛けの広いソファに腰かけた。90度傾いた位置の一人用に父親が座った。母親と琴音はキッチン近くの背の高いテーブルの椅子に座ってこちらを見ていた。
母親が準備してくれたお茶には手を出さずに俺は答え始めた。
「ずっとカノジョの家にいた」
「カノジョ……花音ちゃんか!?」
「あいつとは別れている。新しいカノジョ」
「向こうの親御さんはなんて言ってるんだ!?ちゃんと食べていたのか?無事なのか?」
なぜ、こう一度に聞くのか。答えられるわけがないのだ。こういった時、花音が思い浮かぶ。あいつは、俺が一つ言ったら、十を理解する。色々言わなくても理解してくれるので、俺としてはすごく助かっていたのかもしれない。
ただ、頭が良すぎて彼女の考えは俺には分からない。それに振られた。彼女もまた俺を必要としていなかった。そう言った意味では、信用できる人間なんていないのではないかとすら思う。
そう思う一番の原因と言えるのが、この夫婦だ。俺はずっと何でもない普通の家族だと思って暮らしてきたし、育ってきた。
ある日、リビングで父親と母親が話しているのを聞いてしまったのだ。俺はこの父親の子供ではなかった。少なくとも父親は別にいるようだった。そうなってくると、母親の方も実母であるかは分からない。
琴音は間違いなくこの夫婦の子供だ。つまり、俺だけは異質。この家族に寄生する謎の男なのだ。俺が二人の子供ではないことを知っていることは、二人は気付いていないようだ。琴音も知らない。
それまで何でもない当たり前と思っていた事が足元から崩れていくのを感じた。琴音とも血はつながっていない。赤の他人だ。ただ、今は琴音は俺のことを実の兄だと信じているのでそのように振舞っている。真実を知ったとき、彼女もまた俺の前から消えていくのだろう。
俺が家族と血がつながっていないことを知ってから、俺は人を信用することができなくなった。人は何を考えているのか分からない。俺は友達との付き合いも極力避けるようになって行った。健郎と明日香みたいなやつらは特別で、基本的に俺はクラスメイトとも最低限の会話しかしない。
高校を卒業したら家は出るつもりだった。週末は時々バイトをしたりしてお金を貯めていた。高校卒業と同時に家を出るための資金のつもりだ。花音と付き合っていた時も週末に出かけようと言われなかったので、普通にバイトを続けていたのだ。
つい先日、その貯金が見つかってしまった。銀行に入れたりせずに引き出しの中の透明ビニールのポーチのような入れ物にお金をためていた。貯金は2年半で60万円くらい貯まっていた。高校生のバイト代は安くて中々大きくは貯まらない。割と頑張った結果の60万円だった。
俺は家でも必要最低限しか食べないし、特に何も買わなかったので、ここまでは貯まった。両親はお小遣いもくれると言っていたが、それは辞退していた。貯めていたのはバイト代だけだ。
この金はなんだと父親に問われて俺は答えることができなかった。どこから話せば最低限か分からなかったのだ。両親が俺に、俺が実の子でないことを言わない限り、俺は何故家を出たいか伝えることはできない。
それで翌日の月曜日の朝に、学校に行くついでに家出をしたのだ。
今回も全てを語るにはまだピースが足りていない。両親が俺のことを実の子ではないと伝えるのが先なのだ。
俺はおもむろにスマホを取り出し、恭子さんが作ってくれた食事の写真を表示させた。
「まず、『食の確保』。三食きちんと食べていた。」
俺はスマホの写真をスライドさせて父親に見せた。
「……」
父親は何も言うことがなかったようだ。意外とちゃんとした食事をしていると思ったのかもしれない。そう思ってくれたなら成功だ。
「次に、寝泊まりしている所は清潔なマンションで掃除が行き届いている」
今度は、恭子さんの部屋の写真を見せた。
「カノジョはクラスメイトか?」
「違う」
「じゃあ……」
父親が質問の続きをしようとしていたが、結局は恭子さんのことは言うことができない。俺が未成年だからだ。俺たちは俺たちの意思で一緒にいるのだけど、彼女が成人である以上、「誘拐」になってしまう。
両親の許可があれば問題ないが、それを得るには彼女の説明をする必要が出てくる。紹介するよりも先に信用を得る方法などないので、恭子さんについては俺からは話せないのだ。
「『安全の確保』について、俺がここに五体満足でいることが証拠と言える」
「お前、何を言って……」
「最後に、『自由意志による家出』について。俺は俺の意思で家を出て、そして帰らない。誰かに
「将尚……」
「みんなの悲しい顔は俺も見たくない。俺は無事だし、快適すぎる生活をしているから、そっとしておいてほしい。今日はそれを言いに来た」
「……帰ってきたわけじゃないのか?」
「俺は帰らない」
「あの
「……」
関係と言ったら関係しているのだろうか。金は手段であり目的ではない。ただ、父親の質問の意図を鑑みると、金のために家出しているのかという意味だと思えた。そういう意味では関係ない。家を出るための資金のつもりだった。
今考えれば、あの金は恭子さんに渡した方が本来の使い方ではないだろうかと思い始めてきた。
「将尚!何が気に入らないの!?」
キッチンの方のテーブルの椅子に座っていた母親が立ち上がって大きな声で言った。俺は何かが気に入らない訳ではないし、わざとぶっきらぼうな態度をとって気をひきたい訳でもない。
自然な感じで家を出られるように準備をしていたのだ。高校卒業がそのタイミングだった。その前に、あの金が見つかってしまい、それについて答えろと言われたら何も言えないのが俺の意見だった。
「お兄ちゃん!帰ってきて!」
どうしてそんなに俺に家にいて欲しいのか、俺には正直理解ができなかった。俺にはこの家の中に居場所はなかった。母親と血がつながっている可能性はあるけど、父親と妹とは赤の他人。母親にしたって赤の他人の可能性だってある。
血がつながっていたとしても、父親とは別の男性と子供を作っているにもかかわらず、今の父親と何食わぬ顔で生活している。俺には理解ができなかった。
父親は俺のことは実の子でもないのに、お金をかけて育てるようになった理由も全く分からない。もし俺が彼だったら、同じことができるとは到底思えないのだ。
「ごめん……俺はうまく立ち回れない」
そのまま出ていくとしても、折角出してくれたお茶をそのままにしていくのは相手の心を踏みにじることになると思い、ローテーブルに置かれたお茶をグッと一気に飲み干した。
「ごちそうさま」
俺はそう言い残して、リビングを出た。一旦自分の部屋に行き、教科書類と、これまで貯めていた金の入ったポーチも鞄に詰め込み部屋を出た。玄関で靴を履くまでにリビングの扉の向こうで母親が泣いているのが聞こえた。
俺は悪いことをしている。そう感じているけれど、どう立ち回れば両親と妹は悲しまなくてよかったのだろう……
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