第12話:花音の呼び出し
恭子さんのプランニングとスケジューリングで順調に勉強を進めていく俺。例によって昼休みに教室で弁当を食べ終えた頃、俺の視界に
また親指を立てて上を指していた。俺が気づいたらふいっ、と教室からいなくなった。また花音の呼び出しだ。
彼女を振って傷つけたことになっている俺としては、彼女と会っているところを誰にも見られたくない。既に委員長には目撃されてこっぴどく叱られた経験がある。ただ、先日のことでお礼を言わないといけないだろう。
俺には伝わらなかったけれど、彼女なりに気を使ってくれていたようだ。そう、復縁を迫ってきたことだ。花音としては、俺と復縁することで周囲の雑音を消す作戦を考えたみたいだ。
俺はいつもの様に、屋上に続く階段をのぼり、かび臭い踊り場に向かった。こう頻繁に呼び出されるのならば、このスペースを掃除した方がいいのではないかとも思い始めてきた。
ただ、今の俺には勉強がある。いくら綿密にスケジュールされていると言っても、努力を惜しんではいけないのだ。
そんなことを考えながら階段を上っていたので、迂闊に手すりに手を付けてしまい、埃が付いた掌を気にしつつ、屋上ドアの前に着いた。そこには、黒髪ストレートロングの美少女、うちのクラスのクールビューティーこと花音が待っていた。
「待たせたな」
「いま、ちょっと失礼なことを考えていなかった?」
こいつはついに、他人の心まで読み始めやがった。
「心は読んでいないわ。表情を読み取っただけよ」
こわっ!ここまできたら、心を読んでいるのと変わらない。少なくとも俺には違いが分からない。なんでもできるから怖い。
「お前は相変わらず万能だな」
「有能ではあるけど、万能ではないわ」
ここの違いが俺には分からない。謙遜しているのかな。そうかどうかも分からない。
「そうだ。この間のこと……ありがとな。俺のことを気遣ってくれたんだろ?」
「……
花音が腕組みをした状態で、片手だけあごを触りながら言った。色々説明しなくても、察してしまうので、俺としては落ち着かない。
ただ、妖怪に取り憑かれたみたいに言わないで欲しいところだ。
「その様子だと、私のこともあの女に話したんでしょ?私にもあの女のことを話しなさい」
カノジョのことを
「名前は『恭子さん』。あの女ではなく、恭子さんと呼んでほしい」
「恭子……」
「恭子さんだ」
「泥棒猫には呼び捨てで十分よ」
プイと向こうを向いてしまった。話したくないのならば、俺は何故ここに呼び出されたのか。
「で、今度は何を始めたの?また少し変わったわ。忌々しい」
花音は何故かイラついていた。クールビューティーと言われるだけあって、いつも冷静な印象の彼女が誰かを悪く言ったり、罵ったりするのを見たことがなかったので珍しい。
「別に大したことじゃないよ。勉強を始めただけだよ。期末の勉強」
「……」
花音が俺の顔を覗き込んできた。近い近い近い!顔が近いよ!俺の顔に掴みかからん勢いで容赦なく近づいてきた。
「ああ、そういう事。『そっち』で来たのね」
花音の言う「そっち」がどっちなのか分からないけれど、もしかしたら、『クラスの空気が悪い問題』を「復縁」で解決しようとした花音に対して、二股を拒絶した俺に恭子さんが提案したの方法で「見直される功績を上げる」という地味なやつの方という意味で「そっち」だろうか。
「二股復縁」がすぐ効果が出て効果
もし、これを指しての発言だとしたら、花音もその方法について検討したということだろうか。
「なにか勝算があるのね」
「……恭子さんは
花音が人差し指を額に当てて考え始めた。何か分からないけど、彼女の頭の中ではすごいことになっていて、フル回転中なのだろう。
「学年トップが私ってことを忘れているんじゃないの?全教科満点取るつもりでかかってきなさい」
腰に手を当てた状態で仁王立ちし、自信満々のどや顔で言った。そう言えば、花音が成績トップだった。今回は過去問というチートもある訳で、十分射程距離内のはずだ。
「よし!俺は勝つぜ!」
俺の宣言を聞いたか聞かないかくらいのタイミングで花音が階段を降り始めた。マイペース過ぎる。
「あ、将尚。スマホ出しなさい」
階段を1段降りたタイミングで花音が振り向き声をかけてきた。
「何?」
「私の連絡先はロックして10年は消したらダメよ?」
「どういうこと?」
「残念だけど、今の私には形勢逆転の可能性は低そうだわ。でも、恭子との関係が破綻する可能性はあるわ。その時、将尚は雨の中マンション前のごみ捨て場前で泣き崩れるはずだから、その時には私に連絡してきなさい」
なにその超具体的な絶望的シーンは……ついに未来予知まで始めてしまったのか。
「私はそれまで独身でいるから、必ず電話してくるのよ?」
もう、ぶっ飛びすぎてて訳が分からない。「それまで独身でいる」とか「10年」とか、何年先を想定して言っているんだよ。
そう言いながら、花音は本当に俺のスマホの自分の電話番号にロックをかけて誤操作による削除が無いようにした。どこまで本気なんだよ。表情が読み取りにくいから本気なのか、半分冗談なのか分からないんだけど……
花音が俺の顔をも一度見た。俺も花音の顔を見返した。
「年上巨乳お姉さんと美少女同級生の2人を自由にできるチャンスだったのに。失敗したわね。期末で負けて這いつくばらないようにね」
少しニヤリとした表情でなんだか分からない捨て台詞を吐いた。
「言ってろ」
「はあ、これくらいしか挑発の材料がないわ……ホントに厄介ね」
少し表情を暗くして花音が階段を降りて行った。自分で挑発って言っちゃってたし。何故俺を挑発していく必要があったのか。花音は頭が良すぎて俺には分からないことが多い。
■新しい誤解
恭子さんの情報を花音にいくらかでも喋ってしまった俺はもしかしたら内通者だろうか、などと考えながら教室に戻った。
そこには新たな面倒事が鎌首もたげて待っていた。
「あ!来た!どこ行ってたの!?一年の女子がきてるわよ!あなた何したの!?」
委員長は開口一番喧嘩腰だ。俺は悪いことをした前提。俺が彼女に何をしたというのか。
どうせ嫌われるのならば、そのメガネをマッキーで塗りつぶしてサングラスにしたり、左の上靴にケチャップ、右の上靴にマヨネーズを入れて「紅白でおめでたい」と言ってやるとか、思いつく限りの悪戯をしてやろうか。
……一文の徳にもならないから、思うだけにした。
そのお冠の委員長に促されて教室の後ろの扉付近に行くと、
「いた!お兄ちゃん!」
俺の顔が見えると琴音が駆け寄ってきた。
「もう!どこ行ってたの!お父さんもお母さんも心配してるんだから!」
琴音が俺のシャツの胸元を両手で掴んで涙ながらに訴える。これは俺が何を言ってもダメなやつだ。視線を送る形で教室の奥で席についている花音に助けを求めてみる。
『家庭内のことは自分でなんとかしなさい』という目をしている。
唯一の味方を失い、絶望していると、今度は後ろから話しかけられた。もうトラブルはお腹いっぱいなんだけど……
「お!琴音ちゃんじゃん!ちわー!」
「あ、え!?こ、こんにちは!」
健郎と明日香だった。
「久しぶりじゃない!どうしたの?珍しいね!同じ学校だけど中々会わないもんね!」
「は、はいっ」
琴音と健郎&明日香は面識があった。以前、琴音の買い物に付き合わされた時に、デート中の健郎&明日香にエンカウントしたことがある。
カノジョだなんだと散々揶揄われたので双方覚えていたのだろう。
「今日はなに?忘れ物かな?」
「あ、いえ。ありがとございます」
急に上級生の教室である事を思い出したのか、大人しい琴音になってしまった。
「とにかく、帰ってきてよね!お母さん倒れちゃうよ!(ぼそっ)」
俺の耳元ですごい爆弾を落として去っていった。
「放課後も来るからね!」
振り返ってオーバーキルしていった。この後、誰かがなんとかしてくれたらいいけど、また悪い噂が広まりそうで……
恐らく「武田が1年の女の子に何かをして、教室に乗り込んできた」みたいな話になって広まるのだと思う。そして俺はその女の子に何をしたことになるのか……妹だけどな。
花音の方を見たら、委員長が近くにいて花音を慰めていた。
「おまえ〜」と言う視線を送ったが「私のせいじゃないわ」と言う表情で返された。まあ、クールビューティーはあまり表情に変化が無いので、俺の勝手な思い込みの可能性はあるが……
「琴音ちゃん何だったんだ?」
「いや、なんでもない。それよりサンキュ」
健郎&明日香は見たものをそのまま受け取るし、俺に悪い感情を持っていないようなので、精神的に助けられていると思う。彼らのお陰でクラスの何人かには琴音が俺の妹でただ会いに来ただけ(?)と伝わったはずだ。
健郎&明日香にも家出のことはまだ言ってないし、何も言ってないのに俺を擁護する動きをしてくれたことには感謝だ。
委員長の場合は、相手をこんな人と勝手に設定する節があり、一度決めたら変えないので俺は常に悪い人らしい。そして、弁解しても話は聞いてもらえ無さそうだし、弁解の隙を与えない。彼女の誤解をとくのは俺には不可能だろう。健郎&明日香が話している話も耳には入らないのかもしれない。
■琴音脱出ミッション
放課後、琴音が教室に来る前にチャイムダッシュで教室を出た。見つかると連れ戻されてしまうし、妹が泣くのは見たくない。顔を合わせずに一人で恭子さんのマンションに帰りたいと思っていた。
廊下を見るが琴音はまだ来ていない。チャンスだ。
下駄箱に着いて上靴をローファーに履き替えるためにしゃがんだところで首の後ろを掴まれた。
「捕まえた!お兄ちゃん!ぜったい連れて帰るんだからね!」
あー、確かに絶対靴履き替えるよねぇ。賢いなぁ、うちの妹様。
ジャケットの裾を摘まれたままオレは大人しく駅の方に歩く。はぁ、こんな姿を委員長に見られたら、また誤解を生みそうだ。
琴音は琴音で、俺の事をよく知っているので、ジャケットの裾を掴んでいれば振り払って逃げたりしない事は知っている。犬とその飼い主の様な状態で、俺は琴音の前を家に向かって歩かされていた。
本当ならば、この時間も勉強に費やしたいのだが、琴音に捕まったからには何とか対処しないといけない。
このまま恭子さんのところに連れて行ったら、恭子さんが「誘拐」という犯罪者にされてしまいかねないので、恭子さんのマンションに行くのは悪手だと思っている。
俺は事前に恭子さんから言われていたことを思い出していた。
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