第15話:頭越しのライバル関係

 家に帰った日、勉強が遅れた。その遅れ具合は恭子さんのスケジュールと工程表により数字で出た。それまで予定達成率に対して121%の達成率だったものが、97%に下がったのだ。


 恭子さんが工程管理で使っていたという「バーチャート式工程表」と「出来高累計曲線(通称、バナナ曲線)式工程表」により見た目的にも把握していた。

 これらは仕事の予定や進捗を視覚的に表す手法らしい。名前は難しいけれど、見た目には分かり易い。俺は自分の現状を正確に把握できていた。


 恭子さん曰くスケジュールを変更する程の遅れではないので、このまま頑張れば大丈夫とのことだった。この「バナナ曲線」が優れモノで、最短で目標達成したときと、最遅で達成したときのグラフも入っている。俺は現状この範囲内なので、計画は破綻していないのが見ただけでわかるのだ。


「計画」と「工程管理」ってすごいと思った。不安感のコントロールもできている。今までの俺ならば「遅れている」という事実から闇雲に頑張り、徹夜していたかもしれない。その後の効率低下など考えずに。


 言うならば「大人が仕事を終わらせていくストイックさ」が俺の今回の期末テストに活かされている。俺は冷静に遅れを取り戻せるのだ。



 ■■■



 今朝も教室に着く時間もいつも通りだった。一番だと思ったけれど、やっぱり教室の一番後ろの奥の席に既に美少女が文庫本を読んで座っていた。SHRショートホームルームが始まるより1時間も早く登校してこいつ花音は何をしようと思っているのか。



「家には帰ったの?」



 花音は読んでいる文庫本から目を外さずに独り言のように質問してきた。席はそれなりに離れているけど、朝の誰もいない教室では十分に聞こえた。



「一旦帰ったけど、そのまま恭子さんのマンションに戻った」



 鞄を机の横のフックにかけながら俺は答えた。顔は花音の方を向けていない。前を向いて椅子に座った。



「教科書も取ってきた」


「あら、言ってくれたら教科書は私があげたのに」


「お前はどうするんだよ」


「もう全部覚えているから特に要らないわ」



 こいつはどんな頭しているんだろう。普通の人が言ったら冗談かと思うだろうけど、花音が言うと全然冗談に聞こえない。瞬間記憶能力なのか、完全記憶能力なのか知らないけれど、中2病を地で行くようなチート美少女なのかもしれない。



「ところで、今朝のニュースは見た?」


「どんな?」



 花音がこんなにしゃべるのは教室の中では珍しい。教室に俺しかいないからかもしれない。普段はクールビューティーの仮面を被っているので、一日ほぼ喋らずに過ごすことも少なくない。クラスメイトから話しかけられても少しの微笑で答えるなど「はい」「いいえ」の答えすら音を発しないこともある程だ。



「ある自治体のパソコンがウイルス感染したそうよ。セキュリティソフトが古くて更新できなかったことが原因らしいわ」


「へー」



 なんだろう。単なる雑談?花音がわざわざそんなことを言うのは珍しい。どんな意味があるというのか。俺の頭では到底理解が追い付かない。


 そもそもそんなニュースが本当にあったのだろうか。朝は情報番組のテレビを点けているけれど恭子さんとの会話でほとんど頭には入ってきていないのだ。


 今朝も恭子さんには俺の愚息を咥えられた状態で目が覚めたし。俺が掛け布団をめくったら恭子さんの顔があって、目があったらにっこりしながらごっくんしていたのだ。


 こんな強烈な体験を毎朝していたら、絶対恭子さんじゃないとダメになると思う。今度は振られないようにしないといけないな。



「……昼休みいつものところへ」



 何故か、急に不機嫌になる花音。難しい年頃かよ。最近呼び出しが多くてひやひやする。二人で会っていたら委員長に何を言われるかわかったもんじゃない。


 暫くすると、クラスメイトがチラホラ登校してき始めた。今日の一番(俺と花音は除く)は委員長だった。それだけで気が重い。



「武田くん!声が聞こえたわ!また藤倉さんに酷いことを言っていたでしょう!」



 机についている目の前に委員長が来て鞄も置かないうちに文句を言い始めた。教室に俺と花音の二人しかいないのに話声が聞こえたということは、俺が花音に悪口を言っているということになるのだろう。


 俺が花音に悪口を言ったことがあっただろうか。そして、それを一度でも委員長は見た事があっただろうか。彼女は俺の目の前でくどくどと文句を言い始めた。そのうち他のクラスメイトも教室に入り始めたけど、お小言は続いている。


 きっと彼女の中で自分は正義で、俺は悪なのだろう。真実はいつも一つかもしれないけれど、俺の知る事実と彼女の知る事実は確実に異なっている。こういう立場の違いからくる意見の相違がなくなれば世界から戦争はなくなるんだろうなぁ。


 そんなことを考えていても、今日のお小言は終わっていなかった。そのうち怒りで顔が真っ赤になった委員長を見ながら、俺はひとり妄想の世界に突入し始めた。ベッドでよがり狂うショートカットメガネの委員長。



『もうイったから!イってるから!』



 彼女は必死に許しを請うけど、俺は攻めの手を休めはしない。中々萌えるシチュエーションだ。



「ちょっと!聞いてる!?」



 リアルな委員長の声で俺は我に返った。



「そういうのやめなさいよね。これはいじめだからね!」



 ちょっと想像の委員長のあられもない姿に興奮してしまっていた。いま委員長が言ったことは、花音に悪口を言う事についてのはずだ。ちょっと妄想とごっちゃになった。

 もうすぐ教師も来るし、今朝のお小言は終わったらしい。



「ばか……」



 すごく遠くの後ろから花音の声が聞こえたような気がしたけれど、さすがに気のせいだろう。




 ■■■



 昼休み呼び出されたので、弁当を食べた後いつもの屋上前踊り場に来ていた。花音とは付き合っていた時よりもよく話している気がする。こういう「密会」は恭子さんを裏切っているような気がして少し嫌な気がしている。ただ、花音に呼び出されたら行かないと後でもっと大変になることを俺は本能的に知っている。



上月かみつきさんで変な想像をするのはやめなさい。そういうのは私にしておきなさい」



 なにを言い始めたのかこのクールビューティーは。ちなみに、上月さんとは委員長の名前だったか。「上月」さんだけに「噛みつき」ではないよな。どうも変な方向に思考が流れがちだ。疲れているのか、昨日の家でのことがショックだったのか……



「これ」



 花音が1冊のノートを手渡してきた。



「なにこれ?」



 受け取り、開いてみる。とても几帳面な字が見えた。花音の字だ。内容は……今度の期末の範囲の内容?1冊のノートに全教科の内容が書かれていた。ただ、詳しく書かれている一方で内容はかなり絞ってあった。



「『秘策』はあるんでしょ?ただ、ここ10年で学習指導要項が変わったから出やすくなった問題とか、授業中先生が何度も言ったことがあるのよ」


「え?」



 もしかして、過去問のことまで知っているのだろうか。そして、過去問でカバーしきれないことをこのノートにまとめてくれた?

 情報が古いと痛い目にあう……ちょっと待て。朝のセキュリティソフトの話はここにつながるのか!?



「アラサーエロエロ巨乳でもできないことはあるのよ」



 アラサーエロエロ巨乳とは恭子さんのことか。待て待て。俺は恭子さんの事は言ったけれど、年齢とか巨乳とかまでは言ってない。想像を働かせたのしては断定的だったし、もしかして、花音は恭子さんを見たことがあるのか!?


 いつだ!?昨日は、俺は家に帰った。それまでは普通に駅に行って帰ったし、俺と花音の乗る電車は反対方向だ。花音が恭子さんを見たとしたら……水曜日、家出後初めての登校の日か!


 俺は学校を出てその後、寂れた公園で恭子さんと合流している。花音は俺を尾行していたのだろうか。そして、公園で二人でいるところを花音が見ていた、と。



「ある人が、花音は俺の興味を引くために別れ話をしたんじゃないかって言ってた。セックスでも、心中でも何が気を引くためのことだったら何でもよかったって」


「……恭子は、お馬鹿なのか、挑発してるのか、ちょっと判断つかないわね」



「ある人」としか言ってないのに、恭子さんだと断定だぜ。花音恐ろしい子。ただ、バカにしてるとか、挑発とか、分からない感じになってしまった。花音は頭が良すぎて俺では会話の相手にすらならない。



「恭子もできないことはあるわ。彼女は学校内に入れないし」



 ライバルを見つけてテンションが高いのか。俺の頭の上を通して恭子さんと張り合うのをやめてほしい。



「エロなら同級生美少女にも価値はあると思うの」



 花音とそういう関係に……考えたこともなかった。少なくとも半年は付き合ったけれど、一度手をつないだくらいで、キスもしていなかった。彼女もそういったことに興味がないと思っていたのだ。



「ピカピカの処女だから、一度したら私は一生将尚かつひさのことを忘れられなくなるわよ?」



 なんか恐ろしいことを言い始めるクールビューティー。ああ、なんて会話をしているんだ。付き合っている時にこんな素振りは一度も見せなかったのに。


 恭子さんの言う「花音は鏡」説が正しければ、俺が恭子さんと寝てエロエロな日々を送っているから、花音もそれに反応してこんな感じになっているということになる。



「よりを戻してくれるなら、今すぐでもいいわよ?」



 そういうと、花音はスカートの裾から手を入れて、パンツを膝まで降ろした。



「おまっ!何してるんだよ!」



 反射的に顔をそらした。絶対以前の花音とは違う。こんな大胆なことをするヤツじゃなかった。



「しないの?」


「するか!」



 花音はきょとんとした表情で「え?そうなの?」という感じ。俺をなんだと思っているのか。確かに、花音は客観的に見ても美人だ。顔は間違いなく整っている。髪もきれいだし、その艶も好ましい。胸だって年相応にあるので、無いわけではない。(多分)


 それでも、花音が迫ってきたとしても、俺は断る自信がある。俺にとって花音は性的対象ではないらしい。逆に恭子さんから迫られたら俺は抗えない。何もなくても俺から襲ってしまうだろう。



「じゃあ、せめてパンツを上げてから行って。自分で下ろしたパンツを自分で上げるみじめな女にはなりたくないわ」



 仁王立ちで腕を組む花音。俺はどの立場の何者だよ。何が悲しくて同級生の女の子のパンツを履かせる必要があるのか……下ろすならまだしも。

 まあ、言われたとおりにするのだけれども。どうせ俺は花音の言ったことに逆らえないのだから。



「先に行って。私は後から行くわ」



 パンツを履かせてやると。そんな事を言われた。別に何が見えたわけではないのだけど、めちゃくちゃエロかった。


 パンツを履かせるにあたり、サイド部分とはいえ花音の下着を触ってしまったし、スカートの中に手も入れた。こんな事をしてドキドキしている俺はきっと変態だろう。


 ここで花音に会っていたことも委員長にはバレない事を祈りつつ俺は教室に戻った。花音は昼休みが終わるギリギリに戻ってきた。流石だ。これなら一緒にいたとは誰も思わない。

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