第6話:高校は出ていた方がいい
今朝はキョウコさんのキスで起こされた。あれ?どこだここ!?あ、キョウコさんのマンションか。そう気づくのに数秒かかった。しまった、「知らない天井だ」を言い忘れた。
「カツくん、ちょっと行ってくるね!カツくんはもう少し寝てて!外出る時は合鍵を玄関に置いてるからそれ使って」
「ん……」
寝起きで頭がついて行かない。しかも、深い眠りだったみたいで、目が覚めた時にキョウコさんの部屋だという事の理解が遅れたほどだった。僅かに開いた目に映ったのはスーツ姿のキョウコさんの後ろ姿。
漠然と置いて行かれた寂しさを感じつつも、眠さには勝てず、ぐう、と自分のいびきを聞いたと思った次の瞬間には意識がなかった。
***
再び目が覚めた時には目の前にユートピアが見えた。キョウコさんの口の中で弄ばれる愚息。
「あ、起きた?おはよう」
起き抜けに快感が襲っている状態って今までで一度も経験がない起き方だった。なんなら毎朝これでもいいくらいだ。
「おはよう……ございます」
既に掃除のステップみたいで、既にイッたらしい。起き抜けだというのに腰の力が抜けている。起き抜けから賢者タイムだ。
その賢者が見たものは、スーツ姿のキョウコさん。もはやAVが画面から飛び出した状態でしかない。
「どこ行ってきたんですか?」
「あのね、会社辞めてきた!」
「はあ~!?」
一発で目が覚めた。確かに、昨日はそんなことを言っていたけど、すごい行動力だ。
「交渉して後は残った有休をフルに消化してそのままフェードアウトするようにしてきた」
多分、「もう会社に行かなくていい」ってことだけは分かった。キョウコさんとドロドロのダメ人間生活ができるならそれもいいと思った。イケるところまで行って後は野となれ山となれ、だ。
「お姉さん、もうしばらくスーツ着ないと思うから、OLプレイしとく?まだリアルOLだよ?黒ストッキングビリビリプレイも付いてきます」
ストッキングビリビリにどんな魅力があるのかは分からなかったけれど、今しかないと思ったら乗っかるしかなかった。起き抜けに顔も洗わないうちからキョウコさんをベッドに押し倒して、スーツを脱がしたり、スカートをたくし上げて黒ストッキングをビリビリに破ったりしてみた。
なんだろう、この征服感。イケない気持ちが溢れ出てくる。どうやら俺の中には「S」の部分があったらしい、そして、ものすごく瞳が潤んでいるキョウコさんは「M」の素質があったのか、ぐしゃぐしゃに濡れていた。
***
今朝も起き抜けに愛し合ってしまった。3~4日持つと思った1箱20個入りのコンドームは今日、明日にはなくなりそうな勢いだった。
今日イチ驚いたことは、起き抜けにリアルOLプレイしたことじゃない。キョウコさんに学校で何があったのか尋ねられたことだった。
「なにその顔?」
「いや、てっきりキョウコさんは学校行かなくていいっていうかと思って」
「いや、高校は行ってた方がいい!いや、行かないとダメ!」
割とガチに言われたので、そうなのかと思い始めた。俺としても別に高校を辞めたい訳じゃない。ただ、少々行きにくい雰囲気になっているというべきか……
「明日、学校に行ったら、キスしてあげる!」
急にご褒美を設定してきた。キスなんてここ数日で何度もした。
「もし、行かなかったら?」
「キスしない……こともあり得る場合がある可能性があることを予めご了承ください」
結局のところどちらなのか。学校で習わない言葉の並びが出てきた。大人の世界はすごい。
「明日学校に行くんだったら、今晩すごーくえっちな服を着てあげるんだけどなぁ」
真っ赤になって斜め上を見ながらそう提案してきたキョウコさん。「えっちな服」すごく気になる!しかも、ご褒美なのに前払い!
あと、付け加えるように「一緒に考えてあげる」と言われた。このくらいが今の俺にはちょうどよかったのかもしれない。
仮に「何とかしてあげる」と言われたら、俺は信用していなかっただろう。「自分で考えなさい」と言われたら俺にはどうしようもない問題なので、諦めていただろう。
キョウコさんの話を聞いて俺は明日学校に行くことにした。土日を挟んで2日間休んでの5日ぶりの学校となる。
ちなみに、その日の夜の「えっちな服」は高校のブレザー的なコスプレだった。現役高校生の俺には良さが分からないと思っていたけれど、キョウコさんが着た時の破壊力は全然違った。……すごくよかった。
***
翌日俺は、早い時間に起きた。通常学校に行く時間だ。俺が目を覚ました時にはキョウコさんは既に起きていて、朝ごはんを作ってくれていた。
「ありがとう。朝から」
「いいの、いいの。これのついでだから」
そう言って見せてくれたのは弁当箱だった。確かに、学校では弁当を食べていると話したけれど、果たしていつ弁当箱を買ったのだろうか。
キョウコさんが作ってくれた朝食を食べて、彼女が作ってくれた弁当を持ってマンションを出た。そう言えば、母親も毎朝、朝食を作ってくれて、弁当を作ってくれる。親だから当たり前かと考えるのを止めた。
家からそれほど遠くないと言っても、電車の駅で10個分は離れている。俺はGoogle MAPがないと最寄りの駅にもたどり着けなかった。電車に乗り、学校の最寄り駅に着いたら、後はいつもの調子だ。自宅以外から学校に行くのは初めてだからちょっと変な感じはする。
いつも俺は教室に1番か2番目には着く。
(ガラガラガラ)教室のドアを開けると、一番後ろの一番奥の席で文庫本を読んでいる見知った顔の女生徒が机についていた。
学年で一番の美人と名高い少女。成績は全国模試でも上位に入るほどで、当然学年一位。口数が少なくクールビューティとの評価が高い。彼女こそが、その藤倉花音だ。
俺と目が合うと、文庫本は読みかけのページに指を入れたまま机に下し、教室中央付近の俺が自分の席に荷物を置くまでじーっ、と目で追っていたのが分かった。ギリギリ俺に届くくらいの声で話しかけてきた。
「久しぶり……と言う程でもないわね。二日ぶり、いえ、土日を挟んだから五日ぶりね」
「ああ」
俺が鞄を机の横のフックに引っかえて、自分の席に着いたと同時くらいだったか、ガタン、と言う音と共に花音が立ち上がり、ツカツカと俺の方に近づいてきている音が聞こえた。
クールビューティで通っている彼女なので、焦ったり、走ったりしないものだと思っていたけれど、速足で俺の席に寄ってくるのは珍しいことだ。彼女は俺の顔を覗き込み言った。
「どういうこと!?この週末で何があったの!?」
俺と同様にほとんどのことに興味を示さない彼女にしては、既に別れている俺の変化に気づくのは気づきすぎだし、反応も早すぎる。花音こそどうしたのかと俺の方が聞きたいくらいだ。
彼女は座っている俺のすぐ横まで来て、俺の頬を触ったりして俺の顔を上からマジマジと観察していた。
「誰なの!?まだ完全じゃないけど……こんな短期間で
何のことを言っているのか。久しぶりに花音が反応したと思ったら訳の分からないことを言い始めた印象だった。不毛な会話に思えて、切り上げたいと思っていたところにクラスメイト達が徐々に教室に来始めたようだった。
その気配に気づくと、花音は静かに自分の席に戻り、再び文庫本を読み始めた。
「おー!将尚!復活したか!」
「あ、将尚くん、おはよー」
クラスメイトの
彼らは俺が体調を崩して休んだと思っているようだ。学校から家に問い合わせが来たか、
「どーしてたんだよ!風邪か?」
「もういいの?将尚くん」
健郎、明日香カップルが心配して声をかけてくれた。こいつらは席も近いので、俺の心の平穏に一役買ってくれている。
背が高く少し行動が雑な健郎と、ショートカットでクラスの人望も厚い明日香、密かに彼女のことが好きな男子も多いようだが、健郎との付き合いも長くそこに割って入るほどのヤツはいない。
「まあ、ちょっと家庭の事情でね」
「そっかぁ」
「家庭の事情」……なんて便利な言葉だろうか。「それ以上は踏み込んでくれるな」と言う言葉も一緒に含まれていると言っていいだろう。これを言えば、それ以上踏み込んでくる人間はまずいない。
(ガラッ)委員長が入ってきた。ショートカットでメガネをかけていることが特徴と言えば特徴。目力が強く、俺を目の敵にしているところがある。
俺に気づくと面白くなさそうな顔をしたが、別になにもコンタクトを取らずに自分の席に着いた。話しかけたくもないというところだろうか。その他、続々とクラスメイトが登校してきたが、俺に話しかける人間は一人もいなかった。
***
昼休み、席が近い健郎、明日香カップルが俺の机の近くの空いた席に来て、俺の机に机を付けた。
「弁当食べようぜ」
そう言って、寄ってきてくれる。俺は良い友達を持ったと思う。特にこの二人はちょっとどうかしている程いいやつらだ。教室で……と言うか、学校で孤立している俺にかかわってくる数少ない人間だからだ。
俺はおもむろに弁当を取り出していると、明日香が機微の変化に気づいた。
「あれ?将尚くん、お弁当箱変えた?」
「ん?ああ……」
弁当箱は二つあった。一つは元々お姉さんのお弁当箱だろう。すごく小さい。こっちにご飯が入っている。もう一つの方は、少し大きめでタッパーだな。こちらにおかずが入っている。
俺も親以外に弁当を作ってもらうことが初めてのなので、興味津々で溢さない様に用心深く開ける。
「おお!」
「なにこれ、うまそうじゃん!」
「……」
弁当は冷食などが使われておらず、全部手作りだった。赤、白、緑、茶色、黒と5色もあった。5色以上あると弁当は美味しそうに見えるのだとか。昨日の夜は全然そんなの作っていなかったから朝から早起きして作ってくれたのだろうか。
「将尚くん、これママ弁じゃないよね!?花音ちゃん……でもないなこれ。どうしたの!?」
明日香はさすが女子。弁当を見ただけで親が作ったのではないと一発で見破った。さて、困った。見破られると思っていないので答えを準備していなかったな。
「マジかよ!?将尚、
琴音は妹だ。妹が兄のために弁当を作ったりするのはラノベの中だけの世界だ。健郎はたしか一人っ子だから、「妹」と言うものに対する過剰な期待があるみたいだ。
「まあ、ちょっと……」
「なんだよ!訳ありかよ!」
「将尚くんにいい子が現れたかと思ったのに~!」
秘密にする必要はないのだけど、家出のことはまだクラスに知れていないようだから、騒ぎになるのはちょっと困る。この二人は……信用していいと思っているけれど、二人に話している時に情報が洩れるかもしれない。然るべき時に然るべき所で話すとしよう。
「おわ!将尚、その唐揚げくれよ!」
「唐揚げを取られると、ご飯安、おかず高になって、バランスが崩れる」
「俺はお前の言ってることが分からねえよ」
まあ、キョウコさんのおかずを少しでも食べられてしまうと、なにか愛情を霞めとられてしまう様な錯覚をしていた。俺の狭量がゆえにおかずを譲ってあげられずにすまん。
お前は、明日香とは弁当の内容が同じなので、交換はできないだろう。明日香だってショートカットの可愛い子で、そんな可愛い子がお前のために弁当を作ってくれたという事なのだから、他人の幸せのお裾分けは必要ないはずだ。
ある程度弁当を食べ終わったら、俺は一人教室で文庫本を読むか、校内を一人フラフラ出歩くかして昼休みを過ごす。少なくとも最近は。ただ、今日はそれはどちらも叶わない様だった。
俺の机の目の前に、花音が立った。親指を立てた状態を俺に見せた後、教室をふらりと出て行った。それは俺に屋上へ続く階段のところまで来いと言う呼び出しのメッセージだろう。
委員長の様子をチラリと見て、こちらを気にしていないことを確認したら、花音に遅れて少し後に教室を出た。
そして、俺は2階の3年の教室から階段を上がり3階からさらに上、屋上へ続く階段のところに上ってきた。屋上への扉の前には花音が腕を組んだ状態で片手であごを触りながら立ったまま俺のことを待っていた。
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