第7話:元カノの興味

 屋上へ続く階段はあるけれど、屋上の扉は開かない。だから誰もこんな場所には来ない。そのため、俺と花音かのんが話をする時に選ぶ場所の一つだ。


 元々、二人とも口数が多い方ではないけれど、花音のそれと、俺のそれは少し性格が違った。俺は単に口数が少ないだけ。性格的なものだ。


 それに対して、花音は他人の期待に応えてしまうところがあった。空気を読むという感じだろうか。どういう訳かクールビューティーと言うレッテルを貼られてしまったので、彼女はまじめにクールビューティーを演じている。だから、素の彼女はよく喋るし、表情も比較的豊かだ。


 そんな彼女が、屋上の踊り場で待っている。面倒にならない訳がないのだ。俺は重い気持ちと足取りを推し進めてその踊り場に向かった。



将尚かつひさ、どういうこと!?この週末になにがあったの!?」



 家族は俺と花音が付き合っていたことを知っているので、もしかしたら連絡がいくかもしれない。別に家に彼女の連絡先を教えているわけではないけれど、このまま家に帰らないと学校にも連絡が来て、花音にも話が行く可能性がある。


 彼女にはある程度正しい情報をリークしておくのが礼儀だろう。



「週末は関係ない。月曜日に家出をしたんだ」


「え!?」


「今日は、ある人のところから登校した。それだけだよ」



 嘘は言っていない。ちゃんと説明できたと思う。ただ、彼女は頭がいい。学校の勉強のように事務処理能力も高いけれど、頭の回転がいいという方の頭の良さも兼ね備えている。


 ここで「なぜ家出したの?」と聞かないのは俺が正直に答えないことを既に知っているからだ。もう一歩先の「そこまで分かった上で聞かない」と言う状態だ。



「その女性は、年…上ね。一人暮らしか、家族が家にあまり帰らない人?」



 何も言ってないのにそこまでたどり着いた。花音と話していると自分の能力がいかに低いか実感させられる。花音が俺の手を取って、彼女の胸に当てた。俺は一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、すぐに手を引っ込めた。



「なるほど……事故にでも巻き込まれたのかしら?それとも命を助けたとか?その後、何かきっかけがあって肉体関係を結んだのね」


「……」



 何と答えても正しい答えを導き出してしまいそうだから、俺はそっぽを向いてこれ以上情報を渡さないように努めた。花音はツカツカと近寄ってきて、俺の両耳に掌を添え俺の目を覗き込んだ。ホントにキスでもしそうなくらい近づいて。



「命を助けた。肉体関係を結んだ。それだけじゃないでしょ?なにがあるのその人に」



 花音は何を言っているのだろうか。それで全てだ。俺は一言くらいしか喋っていないのにほぼ真実に行きついてしまった。


 テレビの探偵などがやる相手の仕草などから心理状態を見極めたり、観察力を駆使してその道理を紐解いて事実にたどり着く様な事までできてしまっていた。


 そんな彼女は高2の夏を過ぎた頃に俺に告白してきた。放課後の教室でまだ他のクラスメイトもチラホラいる時に。



武田将尚たけだかつひさくん、私と付き合って』



 既にクラスでクールビューティーとしての人気と地位を確立していた花音が、人前で告白したのだ。断れるわけがない。断ろうものならば、俺は悪者に仕立て上げられてしまう。実際翌日はその話題でもちきりだった。


 そこから約半年は付き合った。付き合ったと言っても学校の帰りがけに一緒に帰るようになっただけだけど。たまにファストフード店に寄ったり、店を見て回ったりはした。


 でもそれだけだ。週末に会ったりもしなかった。誘いもしなかったし、誘われもしなかった。そしてある日、二人だけの時に言われた。



『将尚、私たち別れましょう』



 意味が分からなかった。どうやら俺の中の何かが彼女の琴線に触れ、付き合ってみたけれど、彼女を満足させるには至らなかったようだ。


 そして今、また何か変化があったみたいで、急に俺に興味を持っているように見える。



「予定外だったわ。私も身体を許したら、今からでもやり直してもらえるのかしら?」



 花音に告白されてから振られるまでを思い出していたので、花音の声でハッと我に返った。花音は目を瞑って俺に顔を近づけてきた。まるでキスでもしようとしてるように。俺は慌てて彼女の肩を持って止めた。



「何考えてるんだよ」


「あと1年はJKで、同級生で、学校の人気者で成績が学年トップの美少女が身体を自由にしていいと言っているのよ。復縁してもらえないかしら」



 自分で美少女って言っちゃってるし……たしかに、美少女なんだけど。黒髪で、ロング。髪の艶も綺麗。長い睫毛も可愛いと思う。小柄なところも愛らしい。成績もいいし、クールビューティーと名高い。それでも違うと思っている。



「胸はそれほど大きくないないけれど、形は悪くないと思うの。あと数年でもう少し大きくなる可能性もあるわ。お試しで見てみる?」



 花音は首のリボンを外して、ブラウスのボタンを上から外し始めた。彼女は本気だ。



「だー!待った待った待った!」


「その人と既に付き合っているのね。その人は学校外の人でしょ?二股とかも可能でしょ?」



 可能でしょって可能じゃないよ。



「家出のことは、今日明日には学校にバレるわ。対応を考えていた方がいいわね」


「…ありがとう」



 花音がそういうのなら、そうなのだろう。



「先に戻るわね」そう言って、花音はクルリと踵を返すと先に教室に戻って行ってしまった。


 俺は少しかび臭い屋上前の踊り場で少し時間を潰してから帰ろうかと思っていた時だ。階段の下の方からズカズカと上がってくる人物が一人いるようだ。上がってくる音から興奮状態、怒っているようだ。


 そして、その音から比較的小柄、女子らしい。階段の手すり壁の上の方から見えるショートカットには見覚えがあった。そして、メガネの奥の目は三角になっている。



「やっぱり武田ね!いま藤倉さんとすれ違ったけど、泣いてたわよ!どんな酷いことをしたの!!」


 

 思った通り、委員長だった。いきなりギアはトップ。俺の弁解の余地など一切ない勢い。それにしても、ついさっきまで花音と話をしていたのに、彼女が泣いていたというのは本当だろうか。泣くような内容は一切なかったと思うのだけど。


 辛い時間が始まった。委員長の文句タイムだ。「だいたいあんたみたいな人が……」とか「藤倉さんと釣り合わない」とか「ぱっとしない」「何を考えているのか分からない」などなどいつも彼女から言われることは決まっていた。


 その先にある考えとしては、彼女にとって花音は好きとかそういうレベルではなく、崇拝している女神か天使のような存在なのだろう。理想の女性でもいい。


 それに対して、俺はクラスでもパッとしないし、ボッチで暗いと思われていそうだ。そんな二人が付き合っているのが彼女の期待に応えていないのだと思う。


 彼女だけではなく、クラスの大半がそう思っていたら、「花音がその期待に応えて別れてしまった」という説は成り立たないだろうか。花音は元々他人の期待に応えてしまうところがある。応えるだけのスペックがあるのが余計に悪かったのか。


 成績は全国レベルでいいし、顔だちも整っているし、お淑やかでクール。本当の彼女は全然違うとは言わないけれど、少し違う。それを知っているのは俺だけらしい。


 その花音が、クラスの大半の「期待」に応えてしまったら、俺と別れるのが自然だったのだろうか。まあ、そんなことは終わったことだと少し遠くを見ていた頃、目の前の委員長がプンスカ怒りながら階段を降り始めるところだった。


 謂れの無いお小言が長い場合は、素数でも数えるつもりだったのだけれど、その必要はなかったらしい。


 自分は悪くないと思いつつも、目の前で悪意を向け続けられるのはやはり精神エネルギーが消耗する。もう、ライフもゼロになりつつある。ゲームなら宿屋でセーブするところだ。


 フラフラと階段を下りて、教室に戻った。教室の一番後ろの席では黒髪が綺麗なクールビューティーが自分の机について文庫本を広げていた。いつもの調子過ぎて力が抜けた。さっき泣いていたというのは、委員長の見間違いではないだろうかと思ったのだった。



 ■■■



 この日は午後の授業を受けて、学校を出た。帰宅部生たちの下校時間なので、割とたくさんの生徒たちが校門から出ていく。


 武郎と明日香はそれぞれ部活があるから一緒に帰ることはほとんどない。俺は一人校門を出てそのままキョウコさんのマンションに帰ろうと思った時だ。


 電柱の陰から一人の女性がこちらを見ていた。キョウコさんだ。

 周囲の目を気にしながら、腰のあたりで小さく手を振って、あちらと人差し指で学校近くの寂れた公園の方向を指さした。


 俺はサムズアップでOKのサインをした後、そのままの素振りで公園に向かった。そこにはキョウコさんが待っていた。



 ■■■



 小さな公園はあまり利用者がないのか、寂れて雑草も生え放題だった。木製のテーブルとイスはかつては重宝されたのだろうが、これだけ荒れている公園で利用する人はいない。


 そのテーブルにキョウコさんはお尻だけ載せるようにして立っていた。



「迎えに来ちゃった」



 少し遠慮がちの笑顔で、上目遣いで言った。お姉さんの服装はニットのワンピースでキレイ系お姉さんという服装で可愛らしいながらエロい感じの服装だった。


 肩がバックリ出ているので「童貞を殺す服」と言っても過言ではないけれど、すでに童貞ではなくなった俺まで十分にオーバーキルの魅力的な服だった。


 キョウコさんは近づいてくると、俺の首筋をクンクンと臭い始めた。



「1人……いや、2人。近くで話したり、長く話した女の子がいるわね!?」



 こわっ。なにそれ。においで分かるの!?

 一人目は花音で間違いないだろう。二人目は明日香だろうか。それとも委員長かもしれない。



「1人目。一番長く話したのは誰?」


「花音だと思う」


「かーのーんー!?その子がカノジョかな!?」



 キョウコさんが頬を膨らませて俺にびったりくっついてきた。



「カノジョじゃないよ。『元』カノジョ。既に振られたし、復縁することはないよ」


「ホントに~?」



 そう言いながら、キョウコさんは俺の首に片手を回していよいよ顔を近づけてきた。次の瞬間、彼女は自分のニットの胸元をギューッと引っ張った。バックリ前が覗けてブラジャーが丸見えだった。



「ぶっ」



 それだけじゃなかった。ブラジャーの色は真っ赤で、輪郭こそレースでフリフリなので可愛いデザインなのだけど、胸を包む布の部分が全くなく乳首が丸見えだった。



「なっ!」


「下もセットなの。見る?」



 そう言うと、1歩離れてニットのワンピースの裾を摘まみ、少しずつ上げていくのだった。あの全く機能しないブラジャーとセットという事は、パンツも全く機能しないデザインだろう。中央はバックリ割れて、大事なところは一切隠れていない様な代物に違いない。


 俺はすぐさまキョウコさんの手を掴んで止めた。



「すぐに帰ろう!!」


「あはっ、独り占め?独り占めしたいのかな?」



 こんな寂れた公園でもどこで誰が見ているか分からない。俺はキョウコさんの手を掴んで公園から連れ出した。


 ただ、学校の連中、特にクラスメイトに見つかったら大変だ。大きな道じゃなく、入り組んだ住宅地の方の細い道を使って駅に向かった。キョウコさんは俺のジャケットの裾を摘まんで俺の後ろから着いてきていた。

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