第5話:親以外が作った食事

「ちょっと待っててね。テレビでも見てて」



 そう言われてテレビを点けたけれど、画面に映っているお笑い番組は全く頭に届いていない。チャンネルを変えて猫の動画になったけれど、これも全く入ってこない。気になるのは、キッチンにいるキョウコさんだけ。


 エプロンをして、髪を後ろで束ねて小さなキッチンで料理を始めた。俺の家のキッチンは広さで言えば3畳か4畳くらいあって、母さんが料理するのにも問題がない広さだ。


 冷蔵庫も5ドアの大きいやつが置かれていて、食器棚には使っているのを見たことが無いような皿やコップも置かれている。コンロだって3口あるので1口はほとんど使っているのを見たことがない。


 それに対して、この部屋のキッチンはすごく狭い。廊下の脇に設置されている印象のキッチンで冷蔵庫は2ドアの一人暮らし用。キョウコさんは一人暮らしだから当たり前だけど。コンロも1口。シンクも狭い。


 まな板を置く場所も無くて、あれでどうやって料理をするのか。部屋から見えるキョウコさんの横顔は真剣で綺麗だった。手際もいいし、何より姿勢がいい。所作の一つ一つが綺麗なのだ。


 料理中のキョウコさんと目が合った。そしたら、両手で顔を隠して「料理中は見ないで!」と隠れられてしまった。見たらダメらしい。


 それならばとテレビはそのままにスマホを取り出した。いつものアプリの今日のログインボーナスをもらう「今日のお務め」が終わったら、LINEにメッセージがきていることに気が付いた。



『お兄ちゃんどこ?お父さんもお母さんも心配してるよ!』



 妹の琴音ことねからだった。父さんと母さんが俺のことを心配している?それは本心からだろうか?世間体を気にしているだけではないだろうかと疑ってしまう自分がいた。


「既読」が付いた以上、生きていることは琴音に伝わっただろう。俺はなんて返事を書けばいいのか分からなかったので、そのまま放置した。



 ***



 夕食はハンバーグだった。昼間スーパーに行った時に併設してある百均で皿と茶碗、箸も買っていたので、「俺の分」が準備されていた。


 なんか嬉しいな。「俺専用」っていうのが。家では当たり前だったけど、それ以外のフィールドでもそれが実現できているのが嬉しさがこみ上げてきた。


 ハンバーグはすごくおいしそうだ。焼き目も綺麗に入っている。ご飯、ハンバーグ+付け合わせ、コーンスープの組み合わせも最高だ。ただ、少し気になるのは、ハンバーグが円盤型よりも少し俵型と言うか丸っこい感じだったこと。肉汁があまり出ていなくてパッと見少しもったいない感じ?


 その考えは、最初にナイフを入れた時に間違いだったと分かった。ナイフを入れた瞬間、大量の肉汁があふれ出した。それだけではなく、口に入れて噛んだ瞬間にさらに溢れてきた。これはうまい!今まで食べてたハンバーグは何だったんだ!



「うまい!うまいよ!キョウコさん!」


「よかった。『得意料理は何?』なんて聞いてくるから少しプレッシャーだったし」



 それは悪いことをした。でも、この異常なうまさはなんだろう!?何かイケナイものが入っているとか!?



「ハンバーグの美味しさは、肉汁の美味しさだから。焼いている時に肉汁が逃げちゃわないようにいくつかの工夫をして焼いて、食べた時に口の中で溢れてくるようにしてあるの」


「ちなみに、その工夫っていうのは?」


「まずは、和牛の牛脂ね。スーパーだとお肉を買ったらタダでもらえるわ。あれを細切れにしてゼラチンと一緒に合いびき肉に入れておくの。焼いたときに熱で和牛の美味しさが溢れるようになるってわけ」


「すごい!」


「あとはマヨネーズを一定量混ぜると、乳化した油がタンパク質が急激に固くなるのを防ぐし、そもそも最初に低温で……」



 とにかく後から後から「秘密」が出てきた。かなり研究しているに違いない。その内容も科学だったり、雑学だったり、色々なものが取り入れられていた。



「ほら、今だったらネットとかでも色々情報があるじゃない?それを片っ端から確かめて、自分が美味しいと思ったものを採用して行って、これとこれは合わせ技で行けるとか、自分なりにアレンジして行ったの」



「なんでそんな料理研究家みたいなことを……」


「そりゃあ……いつかカレシに『美味しい』って言ってもらうため……です」



 なぜ敬語!?赤くなったキョウコさん可愛い。圧倒的に可愛い。元カレのヤツはあほだな。こんなに素晴らしい女性の良いところに気づかないなんて。俺は絶対に手放さないと心に誓った。あ、コーンスープもうまい!



「コーンスープも研究した?」


「コーンスープの方はねぇ……」



 やっぱりタダモノじゃなかった。キョウコさん最強。俺専用の料理に、俺のためだけに作られた料理。親以外が作った料理を食べたのは初めてだったかもしれない。


 もちろん、外食はしたことがある。だけど、手料理と言えば家で母親が作るものだと勝手に思い込んでいた。家以外の世界もあるのだと、初めて知ったのだった。



 ***



 食事の後、キョウコさんは洗い物をして、食器を立てかけて乾燥させていた。確かに一人暮らしだと全部自分でやらないといけないのかと思った。家には母親がいて、掃除も洗濯も食事の準備もしてくれていた。


 しかも、このワンルームよりも何倍も広い家中全部を母さんが一人で掃除していた訳だし、食事も4人分作ってくれていた。俺はそこまで考えて、「そんなの親だから当たり前だ」と考えを振り切った。


 食事の後、キョウコさんが、今日薬局で買った箱を取り出してきて、左右指1本ずつで箱を支えながら持ってきて聞いてきた。



「どんな感じか使ってみるぅ?」



 顔はいたずらっ子がいたずらを仕掛ける時のそれだ。俺はなんて返事をしたらいいのか分からなかったので、ニコリとして見せた。それだけで俺たちの気持ちは確認できていた。


 キョウコさんが近づいてきたので、俺が抱きしめて、そしてキスをした。貪るようにキスをして、お互いの舌と口の中を舐め合った。キスが盛り上がった頃には俺の右手はキョウコさんの背中に伸び、ブラのホックを外していた。



「もう、片手で外せちゃうの!?」



 少し戸惑った上目遣いがエロくて、胸の上で浮いたブラジャーと胸の間に指を滑り込ませて揉んだ。キョウコさんは両胸を下から寄せ上げられるのが好きみたいだった。あとは、片方の乳首を引っ張り、もう片方を舐め上げる時もすごく反応して、声を我慢できないようだった。


 各部で相手の反応がいい場所、反応がいいことを確かめ合い、お互いの身体のことも知り合って行った。買ってきたコンドームは1箱20個入りだったけれど、この調子では3日か4日で新しいものを買いに行かないといけないペースだった。


 俺達は色んな角度で、色んな体勢で愛し合った。気付いたらもうかなり時間も遅くて日付が変わろうとしていた。最後のが終わったばかりで、キョウコさんはまだ全身の痙攣が止まらないみたいだった。


 痙攣している時はあまり触らない方がいいみたいだったので、キョウコさんが痙攣している時は俺は決まって収まるまでその様子をじっと見ていた。生まれて初めて「痙攣がエロい」と言う感覚を知ってしまった。



「ああ……腰が抜けたみたい……」



 しばらくするとベッドにぐったりとしたキョウコさんが言った。恥ずかしそうに枕で顔を隠していた。俺はキョウコさんの隣に横になって、髪にキスをしながら片手で彼女に胸を弄んでいた。



「カツくん、初めてって絶対嘘でしょ?」


「俺の初めての人はキョウコさんですよ?」


「もう、絶対嘘!こんなに深くイッたことなんてなかったもの……」



 実際、俺はキョウコさんが初めてだったので、他は分からないけれど、俺たちの身体の相性がいいのだと思う。そして、キョウコさんとの関係もいいのだと思う。


 最初は手ほどきを受けながら始めて、トライアンドエラー試行錯誤を繰り返した。あんまりよくなかった失敗も二人で笑いながら新しい方法を模索したからだ。



「お姉さんひとりの時でも、前の方をちょこっと触って軽くイッたら終わりだったよ?カツくん容赦ないから、私ってこんなに深くイクんだって初めてしっちゃった……」



 首元にキスされながらとんでもない告白をされてしまったが、そんなに気持ちよくできたのならば嬉しい限りだった。誇らしくもあった。キョウコさんはちょっとため息をついた後、続けて告白した。



「最初は、カツくんのとこをデロンデロンに溶かしてお姉さんなしじゃいられなくしてやろうと思ってたのに、これじゃ、私の方がカツくんから離れられないよぉ」



 乳首を摘ままれながら苦情を言われた。頬を膨らせたキョウコさんはとてもかわいかった。身体は重ねるたびに愛情が溢れ出すことが実感できた。


 せっかく買ってもらったパジャマは結局この日着ることなく、俺たちは眠りに落ちていったのだった。


 家でも最近ちゃんと眠れていなかったので、久しぶりだった気がする。少しずつベッドに沈み込んでいくような感覚に捉われながら、眠りに落ちていった。

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