第4話:おデートをしましょう

 キョウコさんとは文字通り全てを見せあって、抱き合って、愛し合った。

 不思議だ。身体を重ねると相手のことが好きになる。いや、元々悪い印象は持っていなかったけれど、学校の友達などでは到達し得ない高みの位置に、キョウコさんが悠々と来てしまっている。


 なんだろう、「俺の中で最も大切な人」になっているから不思議だ。あんなに絶望した花音かのんのことも少し霞んでいるほどだ。


 キョウコさんの部屋の狭いシングルベッドに二人身体を寄せ合って寝ている。俺が仰向けに寝ているのに対して、キョウコさんは上半身だけ俺に覆いかぶさるようにして見つめ合っている。



「カツくん……すごかった。ホントに初めてだったの?」



 そんなことを言われたら照れてしまうし、嬉しくなってしまう。どうしたら正解なのか分からなかったので、とにかく一生懸命動いた。考えていたことはキョウコさんに喜んでほしいという事だけ。


 彼女は俺の胸を人差し指で突いたり、撫でまわしたりして遊んでいた。こちらはさっきまで童貞だった高校生。そんなことされたらナニが反応してしまう。キョウコさんを抱きしめて、背中を撫ででいると俺のナニの変化に気づかれてしまった。



「え!?まだっ!?」



 そんな風に言われると自分が異常なのではないだろうかと不安になるけれど、キョウコさんは口と手で慰めてくれた。ただ、もう何も出なかった。その後、彼女は下の方から上がってきて、キスをしてくれた。



「間接チンチンだね」



 ……大人ジョークは時として品がない。ただ、可愛いと思ってしまったからしょうがない。大人の……と言えば、高校生の常識では、付き合い始める時には告白からスタートすると思っていた。


 俺は態度では示したつもりだし、キョウコさんの好意も伝わってきた。でもそれだけでいいのだろうか。ちゃんと言わないといけないのではないだろうか。



「キョウコさん……」


「な~に?もしかして、もっとぉ?ちょっとだけ休憩させて……」


「そうじゃなくて、言っておこうかと思って」


「な、なにかしら?」



 急に佇まいを整えるキョウコさん。そうは言っても、何も着ていないので、雰囲気と気分だけだけど。



「好きになってしまったので、ずっと仲良くしたいと思っているんだけど、俺達付き合っているってことでいいのかな?」


「ぐふっ」



 キョウコさんは急に鼻を押さえた。



「どうしたの?」


「ちょ、ちょっと鼻血が……尊過ぎて……」



 キョウコさんが急に悶え始めた。いいのかこれ。なんかイケナイものを見ているような気がしてきた。

 キョウコさんは俺の胸に頬を当てて言った。



「お姉さん、世の中に汚されていたわ……ピュアすぎてヒットポイントがゼロになっちゃった」



 キョウコさんは、常に面白いお姉さんだった。その後、「よろしく、カレシさん」と言われてキスされた。嬉しい気持ちが沸き上がってくるのを感じた。



 ***



 俺達はさすがに起き上がって、シャワーを浴びた。狭い風呂場に二人で入って、シャワーで身体を洗い合った。色々楽しんだ分、少し時間はかかったけど。シャワーの後、それぞれ服を着た。当然俺は学校の制服だ。



「カツくん、もう夕方だけど、帰る?」



 お茶を飲みながらキョウコさんが聞いた。半分くらい飲んだグラスをはい、と渡された。「飲んでいいよ」ということだろう。「間接キス」と言う言葉が頭に浮かんだけれど、今日一日で色々凄いことをしたので、冷静に受け取り、お茶を飲むことができた。内心焦っていたのはきっと悟られていないはずだ。


 さて、お姉さんの問いだけど、確かに帰宅部の俺は普段なら夕方の4時、5時になれば家に帰る時間だ。キョウコさんとの時間が名残惜しいのもあったけれど、それ以外に俺には帰れない理由があった。



「実は……」



 意を決して告白することにした。



「えー!?家出中なの!?」


「そう……なんだよね。帰れない理由があって……」


「いいじゃない!じゃあ気が済むまでうちにいて♪」



 いいのかそれで。キョウコさんが興奮気味なんだけど……もっと引かれると思っていた。



「未成年者誘拐と軟禁、淫行……無職独身女……一気に人生の落後者だなぁ……(ぼそっ)」



 キョウコさんが苦笑いしながら何か言ったが聞き取れなかった。家出中の俺にとっては渡りに船だけど……



「じゃあさ、じゃあさ!夕飯つくってあげるから一緒にスーパーに行きましょう!お買い物デートで♪おデートをしましょう!」



 妙に嬉しそうなキョウコさんがいたので、それでいいのだけれど……



 ***



 キョウコさんはTシャツにジーンズという比較的ラフな格好だ。それなのに、黒髪ストレートがすごく似合うし、カッコイイ。


 そして胸がすごく大きい。巨乳と言っていいだろう。そんなエロカッコイイ、キョウコさんを抱いたという事実が俺に自信を与えていた。何だか今なら世界も取れそうだ。


 キョウコさんが俺の腕を組んで胸を当ててくる。これはこれですごくクルものがあるのだけど、できるだけ平静を装った。



「まず、服買いに行こうか」


「え?」



 女性は日常的に服を買うものだろうかと思ったけれど、キョウコさんの思惑は全然違って俺の服を買ってくれるという事だった。


 たしかに、俺の捜索願いが出されたら、「桜坂(高校)の制服」ってことで特徴的すぎる。スーパーに制服で行って男女でイチャイチャしていたら目立ってしょうがないだろう。



「服でしょ、下着でしょ?コップとお箸とタオルに……あとパジャマ!」



 キョウコさんが指を折りながら嬉しそうに数えていた。確かに、いさせてもらうとなるとそれだけでも色々なものが必要になってくる。


 対して、俺の財布には三千円程度しか入っていなかった。それら全部が買えるかどうか少し疑問だった。



「ごめん、あんまりお金ないから百均でいいかな?」


「もう!それくらいお姉さんが買ってあげるわよ!」


「でも……」


「お姉さんに課金させて!課金したいの!」



 目がマジだった。あと、「課金」とか言ってくれるな……



 ***



 キョウコさんが選んでくれた服は普段なら俺がまず選ばないだろうと言うもの。

 スウェットにしても、胸の辺りのVネックのところのデザインがちょっとカッコよくて、俺がイメージする「スウェット」とは一味違うものだったし、「カジュアルコーデ」らしいけれど、どちらかと言うと大学生が着る様な服のチョイスだった。


 俺に似合うとは思ったけれど、キョウコさんが期待する俺のイメージなのかもしれない。


「もうちょっと『とろみ』のあるコーデは……」と俺の知らない単語がいっぱい出ていたけど、上から下まで洗い替えも含めてたくさんの服を買ってもらった。支払いの時カードで払っていたのがカッコイイと思った。「大人」を感じたのだった。



「その……ありがとう」



 たくさんの紙袋を持って店を出た時にキョウコさんにお礼を言った。買った服は1セット着て、制服は紙袋に仕舞っていた。これで制服でうろうろしなくて済む。


 普段なら全く何も感じないのだけど、家出をしたというだけで、制服で動き回ると周囲のみんなが注目しているような気になるから不思議だ。



「いいの、服選ぶの楽しかったね。今度それを着てデートに連れてって♪」



「デートに行こう」じゃなくて、「連れて行って」と言われるとなんだか主導権が俺にあるみたいで嬉しい。なんか男を立ててくれる感じは同級生の女子にはない感覚だった。


 買ってもらった服は、俺の普段の服装とは全くイメージが違うので、昼間に外に出ても見つかりにくいだろうな。家出中だし、もしかしたら、親が探しに来るかもしれない。



 ***



 キョウコさんと行く所はどこも新鮮だった。服だって今まで買うことが楽しいと思ったことはなかったし、スーパーなんてたまにお菓子を買いに行くだけだった。


 でも、今日は違う。全然違う。カートを出して、カゴをセットしたら俺がカートを押して、キョウコさんは俺の袖を摘まんでついてくる。なんかこれいい。新婚夫婦ってこんな感じだろうかと思ってしまった。



「カツくん、夕飯何食べたい?」


「うーん……」



 一瞬「なんでもいい」と言いそうだったけれど、それが一番困ると聞いたこともある。そんな期待外れのことを聞きたいはずじゃないだろう。



「キョウコさんの得意料理は?それが食べたいな」


「得意料理かぁ……よし!カツくんこっち!」



 なにかメニューが決まったらしく、彼女に手を引かれながら肉売り場の方に連れていかれた。こういうのもなんか楽しいし、嬉しいな。


 合いびき肉と野菜などを買った後は、お菓子やジュースも買った。そして、お酒も。キョウコさんはお酒が好きらしい。チューハイと書かれたコーナーでいくつか缶を見比べていた。


 肉も野菜も比較的すぐに決めたのに、チューハイ選びは真剣だ。俺はお酒が買えないので何か新鮮で面白かった。



「あ、ニヤニヤしてるなぁ!美味しいのと美味しくないのがあって選ぶの大変なんだからね!」



 俺がなにを考えていると思ったのだろうか?ちょっと恥ずかしそうに言っていたけど、俺の中にはキョウコさんの可愛さが突き刺さっているだけだった。


 買う缶を決めたらしく、両手に1缶ずつもってカゴに近づいてきた。缶を持ったまま俺に軽く体当たりして、周りには聞こえないくらいの小さな声で言った。



「お姉さん、酔うとえっちになるから、またしようね♪」



 腰から首筋まで血が逆流する感じだった。エロい!エロ過ぎる!これが大人か!俺は今すごい世界に足を踏み込んでいる。



 レジで会計を済ませたらガサガサ袋2つになったので、キョウコさんと手分けをして持った。軽い方をキョウコさんに渡し、俺が重たい方を持った。


 飲み物って重たいんだな。そんなことこれまで考えたこともなかった。服の袋と合わせて結構な量になってしまった。


 スーパーを出る前に併設されているドラッグストアの前を通った。



「あ、あれも買っとかないと」



 彼女は店の中に入って行ったので、後から着いて行った。黒い小箱を手に取るとレジに向かった。何気なく何だろうと思って見てみたら、「0.01」とか「爆薄」とかいう漢字が見えた。あれか、あれなのか。


 キョウコさんは、会計が終わったら小さな紙袋に入れられたあれを、服が入っている紙袋に入れた。またこちらに近づいてきてこそこそ声で言った。



「これでいっぱいできるね」



 なんか、めちゃくちゃ恥ずかしかった。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。キョウコさんはニコニコで、俺の腕を組んでそのまま彼女のマンションに帰った。

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