人生で一番幸せ

鏡りへい

終わりは始まり

 新卒で就職しそびれて派遣社員として働いているときに、同じく派遣で入ってきたのが裕太だった。

 私と交際を始めた裕太は、結婚したいからと正社員の仕事を見つけて、私と暮らすための新居も探してくれた。

 半年の同棲を経て、私たちは結婚した。

 役所に婚姻届を出したとき、私はそれまでの人生で一番の幸せを感じた。


 裕太はより収入の高い仕事を求めて転職を繰り返した。要領がよく人当たりのいい彼にとって営業職は天職だった。どの職場でも即戦力になれた。

 成績は断トツトップだと自慢していたから、給料はそれなりにもらえていたのだろう。でも生活費は六万円しか入れてくれなかった。大学時代の奨学金の返済があるからと。

 五万円の賃貸で暮らしているのに。足りない分は、フルタイムのパートで働く私がすべて負担した。それでも喧嘩はしたことがない。

 七年が過ぎて私は三〇を越えた。子どもはできなかった。二人で仲良く暮らしていければいい。そう思っていた。

 彼の浮気に気づいた。相手は同僚のシングルマザー。彼が精神的に辛いときに優しくしてくれたそうで、彼女に対しては何かとお金を使っていたらしい。

 こっちには六万円しか渡さないのに。生活を支える私はおしゃれも貯金もろくにできないのに。

 浮気相手が妊娠したから離婚してほしいと切り出された。私は感情的になって、絶対に離婚はしないとごねた。

 私だってずっと子どもは欲しかった。自分が働かないと生活できないから我慢していただけだ。

 彼は離婚届を置いて出ていった。パパになりたいんだろう。

 寂しさや愛情はすぐになくなった。それでも離婚届を出すのに一年近くもかかったのは、悔しさと悲しさと憎しみが収まらなかったからだ。

 やっと窓口に提出し、受理されるのを長椅子に座って待つ間に、私の心はすっきりと浄化された。

 これからは自分のために生きよう。

 その瞬間、天から光が差したような気がした。

 その日、役所に行くために有給休暇を取っていた私は、うきうきした気分でお菓子屋さんに寄り、個包装のバームクーヘンを買いこんだ。

 翌日、笑顔で職場の皆に配った。同時に離婚したことと、新しい名字を伝えた。返ってくる反応は人それぞれだった。

 年上の女性の何人かは「おめでとう」と言ってくれた。

 私はそれまでの人生で一番の幸せを感じた。

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