雨の日の明け方

一条

本編

 夏に網戸で開けっ放しにしていると、雨の日の朝は雨が入ってきて床が濡れる。そんなことは何度も経験があるのに、いつも暑いからついつい開けたまんまにしてしまう。

 そんなある日、僕は網戸をすり抜けて入ってきた雨に頬をうたれて目を覚ました。

 冷たっ、とか言うほど頭は冴えてないからよくわからないうめき声とともに体を起こす。

 ぼーっとする頭を動かして冷たいものがやってきた先に目を向ける。


「雨か……」


 最近はやたら雨の日が続いている。しかもかなり強い。でも正直雨が降っていようが降っていまいが僕には関係ない。

 僕は机の上に置かれたカレンダーに目をやる。

 今日で学校に行かなくなってから半年が経つ。いつもこうしてずっと家にいるわけだから天気予報も気にしないし雨でも台風でも自分には関係ないと思っていた。


 でもなんだか、この日は違った。


 なんだろこの、心をぐっと掴まれているような感覚は。

 今不意にその感覚になったわけじゃない。起きて窓を見た瞬間に覚えた感覚。

 苦しい。


「……ッ」


 なんだか頭も痛い。急に脳みそをわしづかみされているような、とにかく痛みでおかしくなりそうだ。

 しかしそれは次第に治まっていく。

 痛みが治まりぼーっとしているとまた頬に雨が当たった。


 そのときに気づいた。僕は、誰かが必要なんだって。


 思い出した。なぜ僕が学校に行かなくなったのか。そして、今日この空を見て変な感覚になったのかを。

 ずっと僕は誰かを求めていた。別にいじめられていたわけじゃない。特に不満もなく日々を過ごしていた。何の不満も、変化もなかった。

 きっと原因はそれだ。

 何もない日常、代わり映えのない日常に飽きてしまった。でも考えてみたらそれは僕が望んだことだ。

 何物にも囚われずに自分のことだけを考えていられる日常。それを望んでいたはずなのに、どこか寂しさを感じてしまったんだろう。

 そうして自分の周りから人がいなくなっていく感覚に気づかないまま――いや、気づいてたはずなのに、気づかないフリをしていた。これでいいんだと言い聞かせた。

 ただ朝起きてご飯を食べて家を出る。信号機の色が赤から青に変わって歩く。学校へ行って授業を受ける。そしてまた帰りには信号機の色が変わるのを見て、歩いていく。

 そんな日常に飽きていたのはとっくにわかっていた。

 心のどこかで、自分をさらけ出せる誰かを求めていた。


 雨が降る日の空は決まって灰色だ。僕の心を映しているようで、それが嫌だった。

 気づけば空は晴れていた。雲ひとつない快晴だ。


「あれ?」


 ひとつおかしなことに気がついた。雨が降って濡れていたはずの網戸に水滴が一滴もついていない。

 不意に自分の頬を手でさする。なんだよ、これ。

 僕は泣いていた。


 雨が降っていると思っていた空は最初から晴れていた。

 頬に当たったはずの雨の雫は自分の涙だった。


 この雨は、僕が降らせたんだ。


 この雨を前進へのきっかけにするにはまだ時間がかかるかもしれないけど、少なくとも僕の心の雲の隙間から光が差したのは間違いない。


「起きるか」

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雨の日の明け方 一条 @80tva_

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