第3話 はじめての待ち合わせ
…絵になるなぁ。
待ち合わせ場所の園近くのコンビニの前。
拓郎は学んだ。ギャラリーが居るとはいろいろ…大変。
今まではいっぱいいっぱいで余裕がなくて周りをちゃんと見れてなかったせいで失敗した。
いや、今も余裕はあるわけじゃない。
正直………………………………ビビってる。
すんごいビビってる。
このまま持っている傘で、顔を覆い隠して通り過ぎれば、家に帰れる。
しかし、(元)先生として、大人として、人として…。そんなことできるわけない…。
ビビっている。
久慈 拓郎はビビっている。
二度の園前での公開告白の後、今度はきちんと会ってゆっくり話をする機会を持とう、ということで、3日後の今日、拓郎の仕事終わりに園近くのコンビニ前で待ち合わせする約束をした。
その後は、駅前まで行けば何でもあるだろうと、行き当たりばったりな、ざっくりとした予定しか立てていない。
会うだけでこれほど神経が削られるものだとは…。拓郎は既にぐったりしている。
何とかなるだろう、思い出話をして、これまでどうしていたか話をすればいいのだ。話したい事、聞きたい事もたくさんある。そうしていると、あっという間に時間もすぎるだろう。
そうして、それで満足したら、もう血迷った事は言わなくなる…はずだ。目を覚ましてくれる…だろう。うん、それで丸く収まる。
拓郎は、気楽に、そう考えた。考えることにした。元々、楽天的な拓郎はそういう考え方をするのは得意だ。
今回は、無理矢理な自己暗示に近いが…。
その自己暗示も、待っている楓真を見たら軽く吹き飛ばされそうになる。
会って話をしてしまうと、うまく丸め込まれてしまう、その能力の恐ろしさ。
よし、気合を入れて行くか!!
拓郎が覚悟を決めて歩き出した時、楓真がこちらに気付いた。
今日はいつもの制服ではない。
Tシャツに、ジャージ姿。
部活帰りか何かだったんだろうか。
それにしても、今の拓郎も似たような格好をしてあるのだが、こちらは休日のダラダラ感がプンプン。
あちらは、スポーツ店のポスター。スポーツアイテムのモデル。
こうも違うものか。
声をかけらるのがとても怖い。恥ずかしい。お願い、呼ばないで。
「たろ先生!」
なんて、いい顔するんだ、君は!!
雨でどんよりしたこの天候の日に、ここに光り輝く太陽があるよー!
「お疲れ様です!先生!雨で体冷えてませんか!?」
「いやいや、それはふうちゃんのほうだろう?僕は全然平気、暑いくらいだよ。」
実際本当に暑かった。湿気のせいもあるだろうが、ここにきて心臓がバクバクしているしているからだろう。
さっきの覚悟はどこ行った。
「とりあえず、雨降ってるし、どっか入ろうか。お腹は空いてる?あ、ご飯は家で食べるか。」
時計を見れば6時半だ。
拓郎はお腹ぺこぺこだったのでご飯をしっかり食べる気満々だったが、よく考えたら相手は、まだ学生。この時間だし、帰ればご飯が用意されているだろう。
「ファミレスで、お茶でも飲みながら少しだけ話そうか。遅くまで待たせてごめ…。」
「いえ、待つ時間も幸せですから。」
言い終える前に被せてきた。
何、この子、こわい。
「それに、僕もさっき来たところでそんなに待ってないんですよ。先生を待たせる事にならなくてよかったです。」
ホントなんなのこの子。
今時の高校生は、みんなこんななのか…?
出てくる言葉がものすごく自然。
そしてそれに流される。
しかし、ここは大人として主導権を握っていたいところ…できる気がしないが。
「この辺じゃコンビニくらいしかないですし、駅前まで移動しましょう。」
全てにおいて、リードされている。
拓郎はできない事は無理にするもんじゃないな。流れに任せよう。と早々に諦めた。
友人とのご飯とは勝手が違う。いや、違わないはず。同じ男同士だぞ。歳こそ離れているけど、同じでいいじゃないか。
なのにどうしても調子が狂う。思うようにいかずに、から回っている。なんて居心地が悪いんだ…。ムズムズする。
「疲れてますか?」
隣を歩く楓真が拓郎に声をかける。
「いや、大丈夫…。ん?どうしたの?」
答えながら楓真を見ると、笑いを堪えているようだった。
「…何もありません、すみません。お疲れなら無理しないでくださいね。せっかく一緒にいるなら、先生もしんどいよりも、楽しいと思ってくれたほうが嬉しいので。」
優しい笑顔が拓郎に向けられる。
そしてそれを直視できず前を向き直す。
「…ねぇ、ふうちゃん、モテるでしょ。」
「えー?ないですよ、全然。女子とはほとんど喋った事もないですし。」
すぐには信じられない。
この、やけに手慣れてる感。
さては、無自覚天然タラシなのか?
何にしても、危険人物には変わりないな、と拓郎は思う。絆されるのは時間の問題かもしれない。
それから10分ほどで駅前のファミレスに着いて入るまで、会話が続かずに微妙な気まずい空気になる事も恐れていたが、思いの外楽しく過ごせた。
楓真は、今は実家から一番近い地元の高校に通っていて、中学から陸上をずっと続けている、と教えてくれた。割といい成績を残しているようで、中学では全国までは行けなかったが、今年は頑張ると意気込んでいるらしい。
他人事ながら、元教え子の活躍が聞けて、とても嬉しく気分が上がった。
自然と綻ぶ拓郎の表情を見て、楓真もまた気分が和らぐ。
「なんか、ほっとしたら余計にお腹空いちゃったな。がっつり食べてしまってもいい?」
「全然構いませんよ、僕もここで夕ご飯食べて帰るつもりです。というか、たろ先生、緊張してました?」
「へ?なんで?」
拓郎はちょっとドキッとした。
緊張はしていた。ずっとしていた。ずっとしている。進行形で。
人見知りの性格に加えて、天然タラシの容赦ない言動。
いくら元教え子だと言っても、モテ免疫のない拓郎には刺激が強すぎる。しかも、この子は、はっきりと拓郎に好意を伝えている。そんな状態で彼の言動ひとつひとつを意識しないわけがない。
麻疹も水疱瘡も大人になってから罹るとキツイと聞く。
こんな事なら、無理矢理にでももっと経験値を貯めておくんだった。
「き、緊張はしてたよ。僕はしゃべるのも苦手だし、普段子どもの相手しかしてないから、大人の人と話す事もほとんどないし、ふうちゃんがつまらないと思ってないか不安だったし、何よりふうちゃんが変わりすぎてて戸惑ってたっていうか…。あ、いや、悪い意味じゃないよ、全然。良い方にね、変わってたから、まさかこんなにカッコ良くなってると思わないもん…。」
「緊張してくれてたんですか?それって、ちょっとでも意識してくれてたってことですか?」
ちょっと待った。
なんか間違えたかもしれない。
拓郎は焦ったが、ここで、間違えたというのは、楓真に失礼かもしれない、と、言葉を飲んだ。しかし、いい返しも思いつかない。
緊張はしているのは事実、認めるとして、意識してます!とはいい加減には言えないしなぁ。
してないよ!?してるわけじゃないけどもね?
適当な事は言えない、って事で。
しかし、考えてみたら、告白された相手と、一緒にいるというのは、少なからずこちらにも好意なり、望みなりがある可能性というものを与えてしまわないか?
「少し、意地悪しすぎました?」
そう言って、楓真はイタズラっぽく笑う。
「先生、ほんとに変わってなくて、失敗した時とか、焦ってる時とか、嬉しいとか、全部顔に出るからわかりやすいんですよね。」
「え、そんなに?」
自分では割と表情に出ないタイプだと思っていたから、拓郎はとても狼狽えた。ずっとタグのついた新しい服を一日中着ていたのに気付いた時くらい恥ずかしい。
「なんだか、ふうちゃんの方が大人で、自分が情けなくなってくるなぁ。」
拓郎は空気が抜けた風船のように崩れる。
歳ばっかり取って先生としての経験もそこそこ。自分に100%の自信があるわけではないが、こうも男として、人としての違いが見てわかるとこれまでの自分の歴史を思いながら塵になってしまいそう…。
「先生はそれでいいんですよ。」
いちいち、イケメンだ。
いちいち、その言動に動悸が激しくなる。
拓郎は運ばれてきた食事をかきこんでその間に落ち着こうと思った。
しかし、目の前のイケメンはそれも許してくれないようだ。
その視線は途切れることなく、食事中の拓郎に注がれている。
落ち着くどころか、喉が詰まりそうだ。
「…ふうちゃんは食べないの?」
「食べますよ。まだ時間もあるので、気になさらず。」
気にするよ!
「早く食べないとせっかくのご飯冷めちゃうよ。」
「先生と一緒なら、なんでも美味しいので、大丈夫です。」
もう、いいよ。お腹いっぱいです…。降参しますから。そんなに見ないでください。
心の中で拓郎は白旗を全力で振っていた。
胸焼けするほどの熱意、これが若さなのかな、と勝手に納得している。
若さのせいだというのならば、尚更早く目を覚まさせてあげないと。短い青春時代をこんなおっさんに捧げちゃいけない。この子なら、同年代の子の中でも十分目立つだろうし、いくらでも恋人だってできるだろう。
拓郎は、そうでなければ、それが一番いい、と自分に言い聞かせた。なぜかそわそわする不思議な気配を気のせいだとして、放っておく。
そうは、言っても…やっぱり、はっきりダメだと伝えるのは酷だよね…。
あんなに熱烈にアピールしてきてくれた子に対して。
いや、けども、でも!この子の未来が!
気にしないフリをしていたそわそわ、もやもやはその意志に反して膨らんで体積を増す。それを打ち消すように拓郎はテーブルいっぱいの皿を次々に平らげていった。
ほら、こうやって、一緒にご飯を食べて話をしているだけ。それで彼の気が済むなら。このままの関係でもいいんじゃないかな。そうしていればいつか気がつく。これは違うって。
拓郎はふと手を止めて、視線を上げた。
楓真の目はこちらを見ていない。今は、彼の前にあるパスタの皿からフォークを口に運ぼうとしている。
少し伏し目がちに見える目、その目の下の方に横に二つ並ぶ黒子がなんかかっこいい。
フォークを持って、食べるその所作が流れるようで、口に運ばれたパスタは暴れることもなく、するん、と吸い込まれる。
赤いソースが少しついた唇を舐めとる舌先や、拭き取るためにスッと伸びる指。
思わず見惚れてしまい、唾を飲み込む音で我に返る。
その瞬間に、目が合ってしまった。
恥ずかしさ、気まずさこの上ない。
「美味しいですね!」
こちらの気持ちをわかってか、わからないでか、楓真は普段通りの花が咲いたような気持ちいい笑顔を向ける。
その表情に、拓郎はホッとした。
もやもやも、そわそわも全ての感情を、放って置いて、このままをしばらく続けようと思った。
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