第22話 祭りが始まったようです。

「じゃあ転移してくれ」


「うん、分かった。じゃあ私と手を繋いで」


「なんで手を繋がなきゃいけないんだよ。そんなんしなくても出来るだろう」


「転移といったら手を繋ぐと相場が決まってるのよ。私の想像力が大事なんだから、手を繋ぐ以外の方法が想像できないの。分かったら大人しく手を繋いで」


 私が良くみていたアニメや映画では手を繋いで転移をしていたんだからそれに協力してもらうしかない。彼にそう訴えるとしぶしぶ手を繋いでくれる。

 思えば彼と手を繋ぐのは初めてだが、思ったより大きい手にビックリする。

 まだ17歳と思っていたけど、体は十分大人と一緒なのよね。もちろんまだ成長するのだろうけど。


「じゃあ行くわよ。ふわっとするから気を付けてね」


「ああ」


 目を瞑ると転移を発動させる。二人の体が光に包まれ、ふわっと浮遊感に襲われる。


 ◇


「大丈夫?」


「……うっ」


 大丈夫じゃなさそうだ。彼はあの浮遊感がダメだったらしい。ジェットコースターとかもきっと無理なタイプね。こればかりは体質だから仕方ない。しかし転移が使えないとなると帰りはどうしたものか……。


 水を飲みしばらくたつと彼がやっと立てるようになる。


「ごめんね、帰りはどこか宿をとって明日歩いて戻りましょう」


「悪い……そうしてくれると助かる」


「仕方ないよ。私の前の世界でもあの浮遊感ダメな人はダメだったから。別に転移を使えなくても日常生活に支障ないし気にしないで」


「分かった。じゃあ祭りに行こうか。まだ始まったばかりだから楽しめるはずだ」


「うん!」





「わあ! 可愛い~~」


 町に出ると大通りには様々な出店が出ていた。そしてどの店も月のモチーフを様々な場所に飾っている。それがとても可愛らしい。

 月がライトになっていたりする店もある。まるでクリスマスのように幻想的な空間になっており、こんなに可愛いお祭りとは予想外だった。


「子供や女には人気の祭りだからな。ほら、月関連のグッツも色々売ってるぞ」


「ホントだ! 記念に何か買おうかな」


 店を順番に回っていく。月のモチーフのストラップやアクセサリー、ポーチやボックス等様々なものが売られている。出店も美味しそうな店が沢山あり、その中で骨付き肉とエールのセットを買い広場で食べる。

 この広場も、あちこちに大小様々な月のオブジェが置かれていたり、月のランプで飾り付けられており普段と大分雰囲気が違う。


「うーーん、とっても良い匂い!!」


「結局月に関係ないものを選んだな。肉食め」


「だって美味しいもの食べたいじゃない。それにお祭りといったらエール! エールと言ったら肉でしょ!! あっあなたはまだ飲めないのよね、ごめんね」


 そう言うが本当にごめんとは思っていない。遠慮なんかしてたら楽しめないもの。そこらへんは割り切ってもらわなきゃ。


「こんな感じの大人にだけはなりたくないな」


「何? 聞こえなーーい」


「……おばさん」


 ドカッ。

「聞こえてるじゃないか」


「うるさいなあ。お子様はジュースでも飲んでなさい」


「……そんなお子様はこんなことしないけどな」


「んんっ!!」


「にがっ。こんなのが美味しいのかよ」


「なっ! なっ! 何でこんなとこでそんなこと出来るのよ!!」


 私は純粋な日本人だ。こんな人が多いところでキスする文化で育っていない。


「バカっ。大きな声出すなよ。周り見て見ろ、そんなんしてる奴らばっかだぞ」


 そう言われ周りの人たちを見てみる……カップルだらけじゃないか。確かに飾られたこの公園、今とても幻想的で良い雰囲気を醸し出していると思ったじゃないか。カップルに人気なのも頷ける。よく見たらどこもかしこもキスしたり距離が近かったりとイチャツイテいるカップルだらけだ。

 ……これを見て彼もキスしたくなってしまったのだろうか。まあ彼には日頃お世話になってるし、今頃キスの1回、2回とやかく言うことはないか。そう思うと私はもう一度エールをグイっと飲み、先程のことはエールに流すことにした。彼が死んだ魚のような目をしているが、お酒に満たされている私には気にならない。


 ◇


「見て、これ綺麗じゃない? 記念にこれを買おうかな」


 そう私が手に取ったのは薄い黄色い石で出来た三日月のモチーフのネックレスだ。少し大きめな三日月の周りに小さいキラキラした石が連なっており、それが星のようで可愛らしい。


「この石はもしかして上級の魔石を使ってるのか?」


「そうなんです! 一眼見て分かる人はあまり居ないんですけどお兄さんよく分かりましたね!」


 彼が呟くのを聞き取った店員のお姉さんが声を掛けてくれる。


「魔石だと何か効果があるの?」


「お嬢さんはムーン祭りのお祈りは知らないの?」


「お祈り?」


「こいつは他所から来たんだ」


「それなら知らなくても仕方ないですね。ムーン祭りのメインは、日々貯めたムーンの力を借りて願いを叶えることなんです。三日月の夜に願いを叶えてくれるという言い伝えがありますので。そのムーンの力を溜めるのに魔石を使うんです」


「普段はこんな良い魔石じゃなくて、安いかけらを使うからおまじないとか、願掛けで願うのが今の習慣だけどな。これ高いんじゃないか?」


「それが今なら1万ルーンで売ってるんです! 上級の魔石といっても、魔道具に加工された時に切断された破片を使っているので安く作れているのですよ。しかし数に限りがありますので、今日はこちらがラスト1つです! どうしますか?」


「1万ルーンかぁ……」

 

 普段アクセサリーを着けないから少し高く感じてしまう。自分で身につける物にそんなお金を掛けるくらいなら今は別の物にお金を掛けたい。


「どうですお兄さん、彼女さんにデートの記念にプレゼントしては」


「別に彼女じゃ!」


「それ買う。包んでくれるか?」


「おぉ! 流石色男! すぐ準備しますね」

 

「ちょっと! 私は別にっ」


「良いから黙っとけ」

 

 そう耳元で囁かれ、黙ってしまう。彼は包みを受け取るとスタスタと歩いて行ってしまうので慌てて追いかける。もしかして私用ではなくて気になる女の子へのプレゼントだったかも知れない。そうだったら思い違いをして恥ずかしい……。


 暫く歩いて人通りが少ないところへ来ると彼が振り返って先程の袋を渡してくれる。


「これ、私に?」


「他に誰が居るんだよ」


「てっきり気になる女の子にプレゼントするのかと思った」


「本当にあんたは何でそう考えるかな。俺にそんな奴が居ないのはあんたが1番知ってるだろう」


 確かにほぼ24時間一緒にいるのだ。昔のことは分からないが今の彼にそんな女の子がいるとは思えない。


「これはあんたへのプレゼントだ」


「別にプレゼントされるようなことしてないのにこんな高価な物受け取れないよ」


「良いから黙って受け取れ。王宮に居た時に比べたらそんな安物どうってことないだろう」


「でも……」


「良いか、それに使われてる魔石は本物だ。それを毎日月に照らしてムーンの力を蓄えればまじないや願掛けレベルじゃなく、本当にムーンの力を借りることが出来るはずだ。いざと言う時の為に普段からムーンの魔力を溜めておけ」


「そうなんだ。でもだったら尚更自分で払うよ」


「……王宮での贅沢な暮らしも出来たのに戻ってきてくれたんだろう? そのお礼だ。分かったか」


「……そこまで言うならありがたくもらっておくね。ありがとう」


「あぁ。くれぐれも壊したり失くしたりするなよ」


「もう! 一言余計なんだから!」


 そう怒るが、きっと私の顔は笑っているだろう。彼だっていつもより優しい顔をしている。この今優しい時を探せているのもムーンの効果なのだろうか。


 その後は以前泊まった宿が運良く空いていた為、そこに宿泊して翌日に町に帰った。

 あの日以来私はネックレスを肌身離さず身につけ、夜になると月光に照らすのを忘れないようにした。そうすることで、なんとなく魔石の部分が少しずつ光を宿してる気がしている。



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乙女ゲーの世界に落ちましたが、目の前には推しのご先祖様!?異世界チートで魔王を倒すはずがいつの間にか恋に落ちていました。 高崎 恵 @guuchan

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