第9話 鏡さんは何でも見せてくれるそうです。
「はぁ……今後どうしようか」
一番楽なのはこのまま城に居て、衣食住を保障してもらい時々依頼をこなすことよね。自由は多少制限されるかもしれないけど、とても魅力的だ。
王城のご飯は美味しいし、部屋だって元の世界の暮らしていた1Kのアパートなんかより豪華だ。それにここ1か月の野宿テント暮らしに比べたら天国のようである。
あの勇者は今もあのテント生活を続けているのだろうか。私が居なくなってまた寂しい食事事情になっていないかと心配になる。彼はただ野菜を水で煮込むだけとかも多かったからね。
「ってあの人のこと心配してももう私には関係ないんだった。なんで考えてるのよ。今は自分のことを考えないと」
そう思っても心が少しぽっかりと穴が開いたように感じるのは気のせいだろうか。
まぁ1か月一緒に居たんだからね。心配くらいしてもおかしくないわよね。
そう開き直るとますます彼が今どうしているか気になってしまう。
「ちょっと覗くくらい良いかしら……」
そう思いあのノートを開くと、聞きたいことを思い浮かべる。『彼の様子を見ることは出来る?』そう聞くとノートが答えてくれる。『鏡は色々なモノを映すことが出来る。非常に便利なアイテムになる』。
「うーーん、鏡を使えばよいということかしら」
このノートの製作者がひねくれていたのか、このノートは簡単には答えを教えてくれないみたいだ。鏡の前に立つととりあえず念じてみる。やはり鏡と言えばあれだろう。
「鏡よ鏡よ鏡さん、あの勇者の様子を見せておくれ」
某おとぎ話の魔女をイメージして鏡にそう問いかけると、鏡の中がビデオの早送りのような映像が流れたと思ったら、一人の青年を映して映像も落ち着く。
彼はいま昼食を食べているみたいだ。今日のメニューは肉の丸焼きに、同じく人参の丸焼き。それに塩コショウを振っている。人参が堅かったみたいで吐き出すのも見えた。
「ふふ、相変わらずの食事事情ね。でも塩コショウを振ることは覚えてくれたんだ」
可愛い。弟がいたらこんな感じなのかもしれない。いくつになっても年の離れた弟は可愛く思えてしまうんだろう。
その可愛い弟に別れ際唇を奪われたのだが、そんなことはすっかり頭から抜けていた。暫くすると鏡は元の状態に戻ってしまう。
「異世界チート本当に何でもありね……。というかこれは覗きという犯罪にならないのかしら」
慌ててスキル開示してみるが、私のスキルは変わっていなかったので、これはセーフなのだろう。危ない危ない。次からはもう少し考えてから使おう。
今後どうしていくかまだ決めていないが、暫くはお城で暮らし、この国について学ぶことにした。何も知らないで決めることは危険だしね。
◇
城で暮らし始めて早2週間。私は毎日綺麗なドレスを着させてもらい、豪華な食事をし、湯船に入れてもらうという贅沢な暮らしを満喫していた。
幸いまだ依頼もなく、ただこの国について学んでいるだけでストレスも何もなく、もうこのままで良いかなって思い始めている。
このアーレン王国は、こちらの世界で一番大きな国であるそうだ。そして落界人が落ちるのもこのアーレン王国が最も多く、他国では知られていない場合もあるそうで、そういった国では一般市民と同じ待遇となり、こんな贅沢は保障されていないそう。落ちたのがこの国で良かった。
そしてこの国の問題として、魔物が生息していること。各地にダンジョンと呼ばれるものがあり、そこに魔物が住んでいるそうだ。
基本はダンジョンに近寄らなければ問題はないのだが、時折ダンジョンから魔物が出てきて人を襲うことがある。
またダンジョンには宝石類や魔石などが多く取れる為、外に出た魔物の討伐やダンジョンに潜りお宝を取って来る者の為に冒険者ギルドがそういったことを取り仕切っているそう。
ダンジョンは危険なので、ギルドに登録し、複数人でパーティーを組んで入る。ダンジョンに入った者が無事に戻ってきたかギルドで確認して、報酬を渡しているそうだ。
講師の人に魔物を統括する魔王は居ないのかと聞いてみるが、そんなのは居ないと一蹴されてしまう。なんか変な感じがするのだ。魔王が居ないと何かがおかしく感じる。何なのだろう。
「鏡よ鏡よ鏡さん、あの勇者の姿を見せて」
何か気になった私は久々にあの勇者の様子を覗いてみる。しばらく乱れた映像の後は、暗闇の中に佇む彼の姿が映し出される。
「ここはダンジョンの中……? 1人で入っているの?」
あの時はそうなんだとしか思わなかったが、今はそれがどれだけ危険なのか学んだ。ダンジョンに1人で入ることは自殺しに行くようなものだと講師が言っていたのだ。
暗闇の中松明を持ち進んでいく。しかし魔物が襲ってくると松明を手放し暗闇の中音だけで魔物と戦っている。あのバカ、なんて危険なことをしてるのよ。他の魔物が来たら気づかないじゃない。
何とか魔物を倒すと、もう一度火打石で松明に火をつける。非効率この上ない。ダンジョンの中で火をつけるやつがいるか。
本来ならぱパーティーに光魔法を得意なものを入れたり、暗闇を照らす魔道具を持っていくそうなのだが、魔道具は高価なので持っていない者の方が多い。
その場合はパーティーの誰かが松明を持って戦闘には加わらないのが鉄則なのだそう。1人で戦う彼は色々とおかしい。これではいつ死ぬか分からないじゃないか。
そもそも何で彼はそこまでして勇者として冒険をしているのだろうか。魔王も居ないし勇者の出番なんてないと思われる。魔物だって他のパーティーが倒してくれるのだから、別に彼が頑張り続ける理由はない。
彼はなぜ一人でいるのか一度聞いたことがあるけれど、結局勇者だからの一言で済まされてしまった。
彼が一人にこだわるのは何か理由があったのだろうか。そう考えこんでいるといつの間にか映像は終わってしまっていた。
これでは彼が無事にダンジョンから出れたか分からないではないか。もう一度映そうとするとドアがノックされて、結局確かめることは出来なかった。
◇
「それでこの城での生活はどうだい?」
そう尋ねるのはミラー王太子だ。部屋を訪れてきた彼に連れられ、今は白の中庭でお茶をしている。もちろん2人きりではなく、マークとローランが近くに控えている。
「とても良くしてくれていて感謝しています」
「それは良かった。実は2週間後に君の紹介を兼ねた夜会をする予定なんだが良いだろうか」
「夜会……? 私踊れません! 無理ですよ」
「別に踊る必要はないよ。君のお披露目が目的だから、君は時々招待客と挨拶を交わしてくれれば大丈夫。挨拶も必要最低限になるよう、こちらで人を選んで紹介するから心配もいらないよ」
「挨拶……あのエロ親父達とも挨拶を交わさなければならないんですか?」
あの議会にいた人達へはまだ何もアクションを起こしていない。夜会で派手に転ぶとか小さな復讐をするのも良いかもしれない。
「くくっ、エロ親父……。それは不快な思いをさせて悪かったな。エロ親父にも挨拶してもらわないといけないが、俺が傍について必要以上に関わらせないように約束するよ。それにドレスも今回は普通のもので構わない。夜会では胸の紋様など遠くに居る人は見えないから、あえて見せる必要はないからね」
「分かりました。しっかり覆われているものを着ます」
「あぁそうしてくれ。僕としてはこの前のドレスも大変魅力的でもう一度見たいけどね」
そう言ってウインクされるが、いやらしさも嫌味も一切感じさせない。これが王子としての魅力なのか。イケメンは何を言っても好印象しか与えないのだからズルい。
同じイケメンでもあの青年なら『そんなもの2度も見せるんじゃねぇ、恥を知れ』とか言いそうだ。
「では詳しいことはローランに後で聞いてくれ。2週間後君が着飾っている姿を楽しみにしているよ」
ミラー様と別れると、ローランがさっそく張り切ってドレスをどうしようかと思案している。
「ミラー殿下ももう少し早く教えてくれればオーダーメイドでご用意が出来たのに。2週間では時間が足りませんわ」
「オーダーメイドなんて要らないわよ。適当なもので大丈夫」
「いえ、ユリ様のお披露目の夜会なのだから、誰よりも美しく仕上げなければなりません」
そういうと様々なドレスを私に押し当ててくるので、私はもうマネキンになりきることにした。2時間程しただろうか。やっとローランはドレスを決めたようで安心する。
そのドレスを元に、私の体形に合わせて少し調整したり、刺繍などの飾りを追加するそうだ。
異世界チートでパパっとやってしまおうかと提案したのだが、「ふざけないでください! ドレスを台無しにするつもりですか!」と怒られてしまった。
確かに私の想像力が異世界チートにはモノを言うのだが、そんな素敵な刺繍のイメージは出来ない。素人が適当に刺繍を増やしてみても良いドレスが出来るとは思わないから大人しくした。異世界チートも万能ではないようだ。
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