第5話 樵の物語
これから皆さんにお話をする物語は遥かな昔、まだ私達の先祖が動物と言葉を交わして生きていた頃に人から人へと口で伝えられたある樵の物語です。
樵の話
これから皆さんにお話をする物語は遥かな昔、まだ私達の先祖が動物と言葉を交わして生きていた頃に人から人へと口で伝えられた物語です。
大きな小高い草原の中に一つの森がありました。そこに一人の若い樵が住んでいました。
その若者は森で生まれ、物心ついた時には斧を振るって森の木を伐り、それを背負って近くの街へいつも行商に出かけていました。
街に行くと若者の木はいつも高く売れました。街は冬になると雪が沢山積もるのですが、他の樵が持ってきた木では直ぐに暖炉の火が消えてしまうのです。それに比べると若者が持ってきた木は火が消えることが無く、その為いつも高く売れました。
若者はその木を売ったお金を自分の必要な分だけ手元に残すと、残りは森の賢者である栗鼠に渡していつも落ち葉と交換しました。
そして若者はその落ち葉を森の色んな所に撒いて木々の新芽や森に棲む獣達がその落ち葉の下で大きく育つようにしていました。
若者は亡くなった両親から言われたことを大切に守っていたのです。
両親は若者に「森を大切にしないといけない。生きるために必要なお金を僅かに残したら、木々の芽や森に棲む獣達が育つように古い木々が落とした落ち葉を買って森をずっと豊かにしなさい」と、言いました。
若者は両親の言葉を守って豊かな森でいられるようにずっと一人で頑張って落ち葉を撒いていました。
街に出たある日、北の森の樵が若者に声を掛けました。その森の樵は自分の森の木がいつも売れないので、若者に怒っていました。
その樵は街の人に安く沢山買ってもらおうと思って沢山の木を馬に曳かせて持って売りに来ていたのですが全然売れなく、ついに森の全ての木を伐ってしまいました。
「お前のおかげで俺の木がこの街で全然売れないじゃないか。おかげでお前と同じ年頃のひとり娘は暖炉の前で飢えと寒さに震えて今年の冬を越さなくなりそうだ。お前は俺の大事な娘がそんなことになってもいいと思っているのか」
若者は赤い頬に手を当てて、その樵に頭を下げました。
「じゃ悪いと思っているのだな。それならばお前の森の木を伐ってお金に代えさせてもらう。お前がこの街で木を売ったのが悪いのだから、その金で冬を越させてもらおう」
そう言うとその樵は若者の森へと入ると木を伐り始めました。そして伐った木を沢山馬に曳かせると街で売りました。若者の森の木は沢山売れ、手に余るほどのお金が入りました。樵は嬉しそうな顔で馬を挽きながら自分の森へと帰りました。
するとそれを見ていた他の森の樵達が若者のところにやって来て北の森の樵と同じことを言って若者の森に行って木を沢山伐りました。
毎日、毎日沢山の樵に木を伐られてあっと言う間に若者の森の木が少なくなり、ついに自分が冬を過ごすための暖炉の木も無くなってしまいました。
その年の冬はいつにも増して雪が沢山降りました。街は若者の木のおかげで窓越しに暖炉の明りが消えることなく、人々が温かい時間を過ごしているのが若者の家から見えました。
そんな冬の寒い日、若者が身体を摩りながら震えていると森の賢者の栗鼠がやってきました。横には立派な角を持った年老いた鹿が居ました。
栗鼠が若者に言いました。
「こちらは北の森の王様だ。君に話があって来たそうだ」
若者は震えながら鹿の方を見ました。
「私は北の森の王だ。雪の季節だが、北の森に棲む私達がこちらの森に棲むことを許してもらえないかと森の賢者殿に頼みに来た。春に来ればいいのだが、それでは手遅れになるので雪の中を急いで走ってきた。それならば賢者殿が君に聞くがいいと言うのでこうして訪ねて来た」
若者は頷くと「もう木々の残っていない何も無い森です。それで良ければ」と言いました。
北の森の王は首を振って角に残った雪を振り払うと言いました。
「この森にはまだ沢山の命が残っている。君はもしかしたらまだ気がついてはいないかもしれないがこの森はまだ豊かな森に甦る力がある。樵の若者よ、ありがとう。それでは私は早速森に戻り仲間にこの森へ直ぐ移動するよう言おう。何故ならば、あまりにもあまりにも、そう時間が無いからだ」
そう言い終わるや否や北の森の王は自分の森へ戻り、直ぐに沢山の仲間を雪の降る中連れてきました。
森の王様は若者に感謝の言葉を述べると仲間に言って震えている若者の身体を交代で温めました。
春が訪れようとしていました。
森に積もった雪が解けだし始め、やがて細い川となって草原を流れて行きました。若者は寒い冬を越せたことを動物達にお礼を言いながら街を見ました。街は相変わらず温かい暖炉の明りに包まれていました。
その時でした。北の森の方から大きな音を立てて濁流が街へと流れて来たのです。
若者は驚きました。その濁流は北の森を飲み込みやがて街へ押し寄せ、大きな川となって街を飲み込みました。
若者は濁流の側まで走ってゆきました。すると目の前を北の森の樵が溺れて流されてゆくのが見えました。若者の側に北の森の王様が仲間達とやってきました。
「春の訪れで北の森の奥の高い山に降り積もった大雪が解け、大きな川になったのだ。あの樵は全ての森の木々を伐っただけでなく、君の様に木々の新芽を育てることしなかった。その為あの森は木々が大地に深く根付かず流された。この森は君が落ち葉の下で育てた新芽がしっかりと大地に根付いていたので雪解け水で流されることは無かったのだ」
北の森の王様が言い終わると、若者の目に濁流に必死に木にしがみついて流されている娘の姿が見えました。
(あれは、きっとあの樵の娘だ)
若者は服を脱いで濁流に飛び込むと渦巻く濁流を力強く泳ぎながら、木に流される娘の側まで行くと手をしっかりと握りました。そして娘を背に背負うと飛び込んだ岸へと戻り始めました。
若者は娘を抱きかかえると声を掛けました。
娘ははっきりとした声で言いました。
「私は父が森の木を全部伐ってしまったこと、また新しい木々の芽を育てないことを戒めていました。でも残念ながら父は私の言うことを聞きませんでした。雪降る中、森の眷属たちが出て行くのを見ても何も思わず父は暖炉の前で手を温めていたのです。愛する父ですがやはり自然の怒りを受けたのでしょう」
若者はそう言う娘を抱きかかえながら街が流されていくのを唯、見つめていました。
やがて時が流れいくつもの季節が過ぎました。
若者の森は新芽が若々しく育ち、多くの獣たちの笑い声や歌で溢れる豊かな森になりました。
やがてそうした豊かな森の中を若者と娘が歩く姿が見えることが多くなり、二人は恋に落ちて結ばれました。
その後、二人は多くの子供に恵まれ、やがてその子供の一人が濁流にのまれた街の上に美しい王国を建国したそうです。
この物語で消えた街のことを現代の言葉でソドムともゴモラとも言うようですが、正しいことは分かりません。
唯、美しい王国の名前をもしあなたが探し出せたらきっと失われた古代の人々が現代の人々に伝えたいことが分かるかもしれません。
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