第6話 リリーの夢
リリーは1枚の置かれた手紙を見つけると、じ自分のために夢を見せてくれたオチャメなある人物を思い出しました。それは少しおっちょこちょいの優しいあの人でした。
この物語はそんなリリーのために力をかしてくれたある人物の優しい物語です。
「もし君が夜空を見上げてあの星座の輝きを見つけたら、まだ僕が宇宙を旅していると思ってね」
机の上に置かれた手紙をリリーが手にしたとき、窓が突然開いて大きな風が吹きました。
扉を振り向くと大きな満月が見えて、その向うへ飛び立ってゆく白い鳥の姿が見えました。リリーは静かにその手紙を持って小さくなってゆく鳥の姿を見つめていました。
リリーは今年で15歳になる女の子です。栗色の髪と頬にはそばかすがありますが、何よりも彼女を深く印象付けるのは深い海のような青く澄み切った瞳でした。
しかし彼女の瞳には生まれてから何も映りませんでした。彼女の青い瞳には青い空も、青い海も映ることが無く、ただ静かに沈黙しているだけでした。
リリーが14歳の時でした。彼女は一人で自分の部屋で机に腕を伏せて泣いていました。
彼女は悲しかったのです。それは自分はいつまでも何も見えないのではないかと思ったからです。彼女の悲しみが深くなるにつれ涙が沢山溢れました。そして涙が机をこぼれて床にぽつりと落ちました。
その時です。床に落ちた涙の滴が大きな影になり、やがて大きな鳥に乗った少年が現れたのです。リリーは何か大きな霊力を感じてはっと顔を開けました。
「初めまして、リリー。僕は悲しみの精霊ルーシー。君がこぼした悲しみの涙に召喚された精霊です。さぁ早速ですが君と契約をしたい。いいかな?」
リリーは驚いて声を上げました。リリーにはルーシーの姿が見えたのです。それは何とも人懐っこい表情に煌びやかな衣装をまとった少年でした。そしてその少年は美しい12枚の翼のある白い鳥の上に跨っていました。
リリーは戸惑ってしましました。突然目の前に現れた精霊に契約をしようと言われても、まったくその意味が分かりませんでした。
そのことが分かったのかルーシーはにこりと笑うとリリーに言いました。
「リリー、僕が突然現れて驚いているね。それに契約だなんて、さっぱり意味が分からないよね。そりゃ誰だって混乱するさ。じゃそんな君の為に僕が教えてあげる」
そう言うとルーシーは手を広げてポンと叩きました。すると大きな分厚い革張りの本が出てきました。
「これは契約書。僕達精霊は召喚されるとその人とある契約をする、つまり簡単に言えばどんな願い事をかなえてほしいか?と言う事さ。そうすることで僕達悲しみの精霊はその人の悲しみを忘れさせて喜びを与える。この分厚い本は今まで僕が交わした契約書の束だよ。この分厚さだけで僕がどれだけ多くの人間と約束を交わして信用が置ける人物かわかるだろう」
リリーの目の前にルーシーが本を差し出しました。黄色くなった古い紙の上に年代と人の名前が書かれていました。そしてその横に願い事が書かれていました。
「ちょっとめくってごらん」ルーシーの言葉にリリーはおそるおそるめくりました。
「ほら、そこに有名人が沢山書かれているだろう」
リリーはルーシーが指さしたところを見ました。
そこにエジソンと名前が書かれていました。“電気を発明したい”と願い事が書かれていました。その前にはアイザックと書かれていました。そして“重力を見つけたい”と書かれていました。そのほかにもレオナルドとかプラトンとか沢山書かれていました。
「わかるかい?人類の歴史で偉業を残した人たちの願いを僕がかなえたということが」
リリーはルーシーを見ました。鼻の下に手を入れてふふんと得意げに笑っていました。
「つまり、僕は偉大な精霊だってこと。それでそんな僕が君の願い事をかなえてあげると言うことさ、さぁ早く言ってくれないかな。君の涙の痕が消えてしまうと僕は消えてしまうから」
確かにルーシーの言う通り彼の身体が段々薄くなっているのが分かりました。床の上に落ちた涙の痕が消えかかっているようでした。
リリーはあまりの突然の事に驚きましたが、思いつくことを素直に言いました。
「目に輝きが見えるようにしてほしい」リリーはルーシーに言いました。
「輝きが見えるようにだって?」ルーシーは首をかしげてリリーに言いました。
「それは契約できないよ。だって君は目が見えているじゃないか。君はお父さんもお母さんも皆見えている。だけど君が心を閉ざして何も見ようとしないから見えないのだろう?」
リリーはルーシーの言葉に耳を押さえて身体を丸めました。
「だって、いつもお父さんもお母さんもお友達も皆喧嘩したり罵ったり!!この世界は夢も希望も全くなにも無い暗い世界・・だから私は何も見ないことにしたの」
ルーシーは優しく言いました。
「じゃ君の瞳に輝きが映る為にはどうすればいいのだい?」リリーは黙っていましたが、ゆっくりと言いました。
「夢があれば私はもう一度世界の輝きを見ることができるかもしれない」
{じゃ、それで契約しよう}
ルーシーの声に大きく空気が震えるとルーシーは鳥に跨って空へ舞い上がりました。
{リリー、君の願いを叶えよう。一年後に夜空を見るがいい、その夜空の南で最も輝く十字星がある。僕は星の輝きをひとつひとつ増やして君の星座を作ろう。君はそんなことができるのかと思うのだろうが、叶わないことを叶えるように努力するのが夢だ}
ルーシーを乗せた鳥が空を回転しました。
{星座が出来れば君に手紙を送ろう。僕は君の為に宇宙を旅して君に夢がある世界を見せ続けるだろう。ではごきげんよう、もし後から天使が来たら、堕天使もたまには良いことをするのだと言ってくれ}
そう言うとルーシーは空へと昇ってゆきました。
リリーは一人残された部屋でぽつりとしていました。
すると風が吹きました。ルーシーはそちらを振り返りました。
そこには白い翼に大きな銀色の柄杓を持った天使が居ました。天使はゆっくりとリリーの方の側にやってくるとそっと肩に手を載せました。
「私はガブリエル、あなたの守護天使だ。さっき現れた彼が君に悪さをしないかと心配で来たのだが、大丈夫だったね」
リリーはうんと頷くと天使に微笑みました。
「彼もたまには良いことをするのだよ」
そう言うと天使は翼を広げて虹に包まれながら消えてゆきました。
リリーは15歳になりました。そして手紙を手にしたのです。
その夜、リリーは夜空を見上げました。南十字星の横に大きな星座が見えました。それは大きな人間の目をしていました。彼は約束を守りリリーに夢を見せてくれました。
もうリリーの瞳に何も映らないことはありません。リリーの青い瞳には夢を見続ける輝きが宿ったのです。
そしてリリーはこの世界が生きるに値するものだと思いました。
ルーシーが何者であったのか、リリーは偉大な古文書にも記されている彼の名前を時折思い出しては自分が亡くなるその時までにこりと笑うのでした。
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