第8話 私の戦い

 私は、私の婚約者が戦地で戦っていた間に、学園を首席で卒業した。平民の特待生で、女性である私が、卒業試験で首席をもぎ取ったことは、学園を揺るがした。学園の歴史始まって以来の出来事だったからだ。


 卒業式では、首席が答辞を述べる。学園を創立した王家、指導してくださった先生方、育ててくれた両親、学友たちへの感謝という決まりきった美辞麗句のあとに、私は私の心からの一言を付け加えた。

「私は、戦地で戦う未来の夫に恥じぬよう、精進いたしました」


 思わず感極まってしまい、後の言葉が続かなくなった。失態だ。なんとか答辞を最後まで続けたが、鼻水と涙を堪えながらの答辞は、聞き苦しいものだっただろう。


 学園始まって以来、初の平民の首席、初の女性の首席としては、少々出来の悪い答辞となってしまった。


 祖母から母へ、母から私へと受け継がれた装いの技術も活用した。身を飾るだけが化粧ではないのだ。目の下の隈や、どことなく窶れた様子を、如何に装うか、母に手ほどきをしたのは、祖母だったらしい。祖母が存命中に御礼に行きたいと願っている。

 

 学園首席の答辞としては、失態だった。おかげで、私は目的を達成した。愛する人とは永遠に結ばれないと予言された第四王子殿下と家の都合で婚約した娘が、愛されないまでも、将来の夫に認めてもらうため、健気に努力して、首席となったと受け止めてもらえたらしい。


 第四王子殿下のお心を射止めることが叶わない代わりに、首席の座を射止めたのだという貴婦人方の噂話も、母は仕入れてきてくれた。


 稀代の悪女だと罵った舌の根も乾かぬうちに、淑女の鑑だと褒めそやす声もあるらしい。呆れたが、利用しない手はない。


 どこから出て来た噂かわからないが、是非、広めてくれるようにと母に頼んだ。


 必要なのは、虚構だ。「愛する方とは永遠に結ばれないでしょう」という残酷で優しい予言は、後ろ盾のない第四王子を、政争から守ってきた。


 私が彼の婚約者となった今、私はあの予言を、私の婚約者と私の両方を守る盾にするつもりだった。私の婚約者が、爺さんと慕う大占星術師は、きっと喜んでくださるだろう。


 大商人の妻である母の本気は凄かった。凄まじかった。私が私の婚約者に贈った、私の婚約者と私のイニシャルを刺繍したハンカチの逸話と一緒に、各地に広めてくれた。


 ハンカチと刺繍糸と、悪女から淑女の鑑にされた私が考案したイニシャルの図案集は、売れに売れ、予想外の利益をもたらした。婿入り前から儲けさせてくれた婿に、父は渋い顔をしていた。


 首席の座を明け渡さなかったのは、私の意地でもあった。


 私の婚約者は戦地で戦っておられる間に、学園を卒業する手続きがされた。首席をとったのは、私の意地だ。私達二人で、卒業試験の首席と二位をとって、周囲を驚かせようと、計画していたのだ。卒業するのは一度きりだ。殿下方や、殿下の婚約者達とは年齢が離れている。尊い方々と、血筋が近い御方も、同学年にいなかった。大きな問題にはならないはずだと、私達は考えていた。


 出来の悪い第四王子殿下と、その面倒を押し付けられた平民特待生が、周囲を驚かせるはずだった計画が、王家の都合で計画倒れになってしまったことが、私は許せなかった。


 私が第四王子殿下の婚約者という立場であったことも、私に一人であっても計画の実行をすべきだと促した。戦地で戦っておられる王族の婚約者だ。貴族であっても、蔑ろにすることはできないはずだと、私は考えた。


 私は賭けに勝った。今も首がつながっている。


 傷が癒え、なんとか座れるようになった頃に、この話を聞いた私の婚約者は、真っ青になって、倒れんばかりだった。

「平民が首席だなんて、それも女性だ。貴族が、当主や跡継ぎ達がなんと思うか」


 せっかく傷が癒えたのに、死にそうになっている私の婚約者を救ったのは、私の母だった。

「家のために愛のない結婚をすることになった、商売人の娘が、夫に認められようと、頑張ったということになっていますから、大丈夫ですわよ」

「ですが」

血の気の引いた顔で、私の身を案じる未来の息子に、私の母は優しく微笑んだ。


「傍から見れば、娘は父親に、王家とのつながりのために身売りされたようなものですわ。下手な台本の芝居のようなお話ですもの。悪徳商人の娘は、厄介者の第四王子殿下を引き取って、王家に恩を売ろうとした父親の悪巧みの犠牲になりました。娘のお相手は、愛する方とは永遠に結ばれないと予言された王子です。身分違いの夫に愛されないまでも、認められようと、娘は必死に努力をしたのです。何と健気なお話でしょうか。可哀想なお嬢さんですこと」


 夫を悪徳商人と呼び、娘を悪巧みの犠牲となった可哀想なお嬢さんと言い、貴族のご婦人のように、ハンカチまで取り出して、嘘泣きをしてみせた母に、私の婚約者は唖然としていた。


 悪徳商人と言われた父は、唖然とした私の婚約者を見て、腹を抱えて笑った。実に悪徳商人らしい豪快な高笑いで、私も笑い、母も笑い、まだ幼くて何も分かっていない弟は、積み木を打ち鳴らした。ついには、私の婚約者も笑い出した。残念ながら、私の婚約者は笑った途端に、傷の痛みに悶絶していたけれど。


 戦地から帰ってから、一度も笑わなかった人の笑顔に、私達家族は安堵した。 

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