第6話 男達の戦い
私は、約束と契約で、私の優しい婚約者を、この国に生きて帰るようにと縛り付けた。
父は、父なりの助力をした。傭兵達だ。父は大商人だ。各地へ赴く商隊の警護のため、傭兵達と懇意にしていた。彼らを、未来の息子に貸したのだ。彼らは、正規軍とは全く違う戦い方をする。
王族に、貴族に、平民にすら侮られながら生きてきた私の婚約者は、父の肝入りの傭兵達を見下すことはなかった。傭兵達は、あの人の優しさに、誠実さに、絆されたと聞いた。騎士のように忠誠を誓うことはないが、彼らには彼らなりの義理というものがある。
私の婚約者のために、国が用意したのは、寄せ集め部隊だった。旗印として戦地に赴き、王家のため、戦意高揚のため死ぬ定めの王子に、精鋭部隊が同行する必要はない。
寄せ集め部隊であったことは、私の婚約者にとって、幸運だった。精鋭部隊のように、自分達の戦術など持っていない。正規軍にとって基本の戦術を理解しているかも怪しかった。だからこそ、私の婚約者のとんでもない企みに、巻き込まれてくれた。
偉そうにしている精鋭部隊や、正規軍の鼻を明かしてやれが、合言葉だったそうだ。傭兵仕込みの卑怯極まりない戦い方で、時に盗賊めいていたらしいが、私の婚約者は、戦況をひっくり返した。
第一王子殿下は、戦いが優位になったとき、満を持して、精鋭部隊を率いて国境に到着された。手柄の横取りだと、不満を言う傭兵達を宥めるのが大変だったと、顔を歪めて笑おうとする私の婚約者の言葉に、私は笑うことが出来なかった。
「兄上、一辺倒、王妃様に、睨まれ、君と、君の、家族、殺さ、しまうからと、言い訳、使わせ、もらっ、た」
恐る恐る触れた私の手に、横たわったまま目を細め、頬を寄せる私の婚約者に、私は声が出なかった。
左腕と上半身が、包帯に覆われているのだ。左足には副え木があった。約束通り、生きて帰ってきた私の婚約者は、命がまだ失われていないだけだった。
「帰って、きた、よ。契約を、きちん、履行、た、ご褒美、欲、し、いな」
熱で燃えるように熱い手で、指で、私の頬に、唇に触れ、柄にもなく冗談を言う優しい人に、私の涙は溢れてしまった。
深刻な雰囲気を打開しようとしたのか、おどけて騒いだ傭兵達を、細腕の医者たちが、必死の形相で追い出した。あの細く薄っぺらい体から、どうやってあんな大声が出たのだろうと、後で首を傾げたほどだ。
私の婚約者は、高熱に浮かされ、うわ言を繰り返した。熱に、傷の痛みに、戦地の悪夢に、苦しむ優しい人に私は涙した。うわ言で私の名を、家族だけが使う愛称で呼んでくれたときだけは、歓喜の涙となった。
戦地へ旅立つ前に、愛称で呼んで欲しいといったのに、私の婚約者は、恥ずかしがって、一度も呼んでくれなかった。覚えていてくれたのだ、心の中では呼んでいてくれたのだと、嬉しかった。
少しずつ傷が癒え、熱が下がった私の婚約者は、私を愛称では呼んでくれなくなった。少し残念だった。意識がないときに呼んでくれたのにと言ったら、拗ねるのが分かっているから、言わずに我慢した。
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