第5話 第四王子殿下の婚約式
血の気が引いた顔で無理矢理笑う第四王子殿下と、涙を流す私に、私の両親は覚悟を決めた。
父は、第四王子殿下の申し出を、恭しく承った。母は、自らの婚礼衣装を、私に合わせて仕立て直すため、職人達を集めた。
私と第四王子殿下の突然の婚約発表は、周囲を驚かせた。戦争の悲惨な話が続いていたなかで、突然の慶事だ。王妃様にもお気遣いいただき、つまりは、お金を注ぎ込んでいただき、今まで厄介者扱いであった第四王子殿下と平民の婚約式とは思えないほど、素晴らしい式典が用意された。
その意図が分からぬ私達ではない。正直不愉快でしかなかったが、お金にも物にも罪はない。王妃様は意図しておられなかっただろうが、お金は民の生活を、一時潤してくれた。
「豪華な婚約式になったね」
王妃様の露骨な態度に、最初は呆れていた第四王子殿下も、式典当日となると、照れくさそうに笑った。兄君達の誰かのお下がりだという衣装を着た第四王子殿下は、とても格好良かった。失礼ながら、初めて王族に見えた。
「とても、綺麗だよ」
突然の式で、私の衣装は、母のお下がりだった。祖父母から母へ贈られた婚礼衣装は、見事なものではあったけれど、流行の型ではなかった。
「母のお下がりです」
事実を口にしただけのはずだった。強いて言えば、私は謙遜のつもりだった。
「お義母様は、ご両親に愛されていたのだろうね。僕は、君のお祖父様とお祖母様にも感謝をしないといけないね」
悲しげに微笑む第四王子殿下に、私の背筋に冷たいものが走った。 感謝をという言葉が、死後の世界で、私の祖父母に御礼を言いに行くと、言っているように聞こえたからだ。
第四王子殿下の母上は、毒殺された。寵愛されていなくとも、陛下のお手つきで、男児を産んだ女を、王妃殿下は許しておられなかったのだろう。亡くなられたのは、第四王子殿下が、学園に入学された日だ。
王家は学園を創立し、資金を援助している。学園の式典で、王家の子女はその威信を知らしめるため、壇上に座る。入学式の日、壇上で蒼白になっておられた殿下の異様な様子は、学生達の目に焼き付いた。
第四王子殿下のお世話係となり、私は事情を知った。王子として失敗が許されない日に、大切な人を奪った王妃様のあまりに残虐な仕打ちに、私は涙した。
「誰にも言ってはいけない、君の身が危ないから。ごめんね、言うつもりはなかったのに、気が緩んでしまった」
私を気遣う第四王子殿下の言葉に、彼の立場の難しさを知った。
父である陛下は、第一、第二、第三王子を守るための捨て駒として、第四王子殿下を、戦地に送ると決定された。
第四王子殿下が、爺さんと呼んで慕っておられる大占星術師は、戦況が悪化するかしないかの時期に、亡くなられた。
この優しい方の身近に、この方が生きて帰ってくることを望んでいる方はいらっしゃらないのだ。
王妃様とご実家が用意された分不相応なまでに豪華な婚約式は、尊敬すべき大占星術師の予言の優しさを、踏みにじるものだった。
王妃様とご実家が、私という身分違いで分不相応な女と、第四王子殿下の婚約式に大金を払った理由は唯一つだ。
同じ戦地で散るにしても、愛する身分違いの婚約者を遺して、戦地で散ったほうが、戦意高揚につながる。私は、王妃様が許せなかった。
「戻って来てください。あなたのお祖父様とお祖母様になるのですから。母方の祖父は無くなっておりますけれど、祖母は存命で、伯父夫婦と暮らしています。父方は両方亡くなっておりますけれど。お墓参りも行きましょう。皆、あなたの家族になるのですもの」
私なりに必死だった。少なくとも私は、帰ってきて欲しいのだ。結婚したら、私の家族は、この方の家族になる。一人ではなくなると、伝えたかった。
私の言葉に、第四王子殿下は、涙を流された。涙が止まらず、婚約式を中止にせねばならないかと、皆が危惧したほどだ。
涙を堪え、婚約式に臨んだ第四王子殿下を、私はまた、泣かせてしまった。涙の味がした誓いの口づけのあと、私の婚約者となった第四王子殿下の耳元で、私が囁いたからだ。
「帰ってきてください」
「努力する」
止まっていたはずの涙が、私の婚約者の目から溢れようとしていた。
「約束してください。私の未来の旦那様」
真っ赤になった目から溢れた涙が、私の頬を濡らした。
「約束、出来たら、どんなに、いいか」
王族と一部の貴族だけが結婚式を挙げることができる、大教会の壇上で、私を抱きしめて、私のベールに顔を埋めて、私の婚約者は、嗚咽を堪えながら涙を流した。
「約束してください」
私は泣かなかった。私は、愛のない結婚を予言された方の婚約者だ。私が泣いては、私の婚約者が爺さんと慕う大占星術師の予言が無駄になる。
「約束してください。婚約は、契約ですよ。契約不履行は許しません」
商人の娘の冗談は、私の婚約者に通じたらしい。
周囲の苦々しい雰囲気に、私は自分の企みが成功したことを知った。私は、第四王子殿下を足がかりに、王家に取り入ろうとする商人の娘だ。私達の婚約に愛はないと、私は周囲に知らしめたかった。
私達は戦争で引き裂かれる悲劇の恋人たちじゃない。
王妃様の用意した筋書きなど壊してやる。予言は、大占星術師が、私の婚約者を守るために贈ってくれたものだ。王妃様には、絶対に利用させてやらない。
「わかった。約束する。取り立てが怖いからね」
泣き笑いの私の婚約者は、もう一度私に口づけた。不器用で優しいと思っていた方が、情熱的な方だと、私は初めて知った。
私はこの日、悪女になった。
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