第4話 捨て駒の心遣い
大占星術師の名誉は、死後に回復された。
私が、第四王子殿下から予言の解釈を講釈された頃に、数年続いていた隣国との戦争が泥沼化し、彼の予言通りとなったのだ。
王都から離れた国境付近の戦いとはいえ、泥沼化した戦争は、この国の人々の多くに不幸をもたらした。優しい第四王子殿下も例外ではなかった。飼い殺しにされていた王子は、役割を与えられた。旗印として、戦地に赴くことになったのだ。部隊の編成を見たら誰でもわかる。第四王子は、帰ってくることなど、誰にも期待されていなかった。
戦地の兵士の士気を煽るため、前線へ赴き、国民の戦意高揚のため、戦地で死ぬための出兵だった。
捨て駒となることが決まった第四王子殿下は、捨て駒という立場を最大限に活用されることになさったのだろう。あの日のことを、私は忘れない。
戦地に赴くことが決まってすぐだったらしい。第四王子殿下は、我が家を訪れた。お忍びで、誰も連れずに我が家にやってくる不用心な第四王子殿下を、両親が叱りつけたことは何度もあった。
家来らしい男性を連れてきたのは、初めてで、突然の王族らしい物々しい雰囲気に、私も両親も緊張した。
第四王子殿下は、父から申し込まれて一度断った私との婚約を、自ら申し入れに来たのだ。
「学園で、君にはとても世話になったから、御礼をしたい。僕にはなにもない。金も、宝石も、領地もない。でも、僕の婚約者だったという立場は、きっと何かに使えるはずだ。こんな御礼しか出来ないけれど、受け取って欲しい」
お世話係として、一緒にいた時間はそれなりにあったのに、真っ青な顔で、無理矢理微笑む第四王子殿下など見たことはなかった。婚約者だったと、暗に自らが帰らないと告げる方に、私は何も言えなかった。
だって、私は何もしていない。
成績が芳しくない第四王子殿下は、本当はとても賢かった。目立たないことは、後ろ盾がない王子の処世術だった。彼は、兄君達や、貴族たちに目をつけられないように、試験で手を抜いていただけだ。平民の特待生の私が、わざと手を抜いている方の面倒を見る必要など無かった。
私は、彼の面倒を見る役目に、そのまま居座り続けた。周囲は、お金のためだと思ってくれている。お金目的であれば、金に意地汚いと貴族たちに蔑まれる商人の娘だ。それ以外の意図があるなど、疑う者は居ないだろう。値段交渉はそのためのものだった。少々の実益もあったが、本当の目的は周囲の誤解だ。
私は、一人ぼっちの第四王子殿下のお世話係でいたかったのだ。
「ごめんね。僕の我儘につき合わせて」
彼は図書館で一緒に勉強をする私にそう言ってくれる、優しい人だった。世話になったのは、私のほうだった。第四王子殿下に勉強を教えてもらうようになってから、私は学年首席の地位を手放したことがない。
「人に教えることは、自らの学びに繋がります」
教師たちは、真面目な顔で、真っ当な、でも、間違ったことを言った。私達は至極真面目な顔で頭を下げ、後からこっそり笑いあって、一緒にお菓子を食べた。
離宮の生活は、あまり豊かなものでないようだった。第四王子殿下は、王族なのに、私が持ってくる平民のお菓子を大喜びで食べた。使用人の子ども達に食べさせてあげたい、爺さんにお土産として持って帰るといって、少ししか食べない優しい主のために、私はお土産用のお菓子も用意するようになった。
彼が爺さんと呼ぶ、大占星術師が亡くなられたとき、お菓子を持って帰る相手が減ってしまったと、寂しそうにしておられた優しい人だ。
愛する方と永遠に結ばれない王子の優しさに、私は少しずつ惹かれていった。好きになったところで、身分も違う。予言がなくても、不幸になることが分かっていた恋のはずだった。
死を覚悟した第四王子殿下の申し出に、私は泣いた。
私の恋は、叶っていたのだ。叶っていたのに、もう、失われようとしているのだ。泥沼化した戦争に、担ぎ出される旗印の命運など、尽きたも同然だ。戦意高揚のため、国のために死ぬことを覚悟させられた本人が、泣いていないのに、私が泣いてはいけないと思ったけれど、涙は止まらなかった。
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