第2話 困った王子の裏の顔

  予言は第四王子殿下の未来を決定づけた。


 第四王子殿下の母親は使用人だ。母方の実家という後ろ盾もない。母親も、陛下の気紛れでお手付きとなっただけだ。陛下の御寵愛などない。何の旨味もない第四王子だ。貴族とは、体面を重んじる人々だ。愛する方とは永遠に結ばれることのない第四王子に、娘を嫁がせる貴族などいない。


 王宮を襲った病が過ぎ去り、国王陛下御一家は全員ご無事だった。用済みとなった第四王子の扱いが問題となった。一度、陛下のお血筋だと公表された以上、今更違うとは言えない。


「立場が、使用人の息子から、第四王子に変わったけど、僕は僕だ。要らなくなったなら、元の通りにして欲しかったのだけれどね」

御本人はそうおっしゃるが、ありえないことだ。同じものであっても、ものの見方は一つではないのだ。後ろ盾の貴族がいないということは、結婚相手としては最悪だ。死んでも貴族の勢力図が変わらないのだから、最高の血筋を持つ捨て駒だ。


 用済みとなった第四王子殿下は、いつか役に立つだろうと、離宮で飼い殺しにされている。

「君は、察してくれるからありがたいよ」

色々察した結果、少々良心は痛むが、今も私は第四王子殿下のお世話係として、給金を頂いている。実は少々値段交渉をして、給金をあげてもらった。

 

「陛下が、僕の住む離宮にまで、教育係を寄越してくださったことには、心から感謝している。学園にも通わせてくださったからね。学園で、君に会う事もできた」

残酷な予言を授けられてから歳月が過ぎたせいか、達観しておられる第四王子殿下は、商売人の娘である私にとっても、なかなかに手強い。


「恐れ入ります」

学園には、貴族の子弟と、一部の平民の子弟が通っている。私も学園の生徒だ。大商人の跡取り娘として恥ずかしくない教育を受けた私は、自慢ではないが、特待生だ。平民で初めて、かつ、女性で初めて学園を首席で卒業し、周囲を唖然とさせてやるのが密かな目標だ。


 可愛い弟が生まれたから、私は跡取り娘ではなくなった。それでも私は、婿が欲しい。賢い婿をもらって父の店で修行させ、支店をもらって自分の店にしたい。私の野望だ。この第四王子殿下のお世話係の給金もそのための資金だ。


「君が成績優秀だったおかげで、僕の世話係になって、巻き込んでしまったことは済まないと思う」

こういうところが、この人の憎めないところだ。


「巻き込むなどと。巻き込まれたのは殿下であらせられます」

離宮の元鼻垂れ小僧が、国の都合で、今は王子殿下になってしまわれたのだ。あまりにひどい巻き込まれ方だ。


 目立たないことが、この方の処世術だ。それは、学園での成績も同様だった。第四王子殿下の成績が芳しく無く、王家の威信に関わるからと、同じ学生で、特待生の私が、世話係として任命された。私は貴族ではないから、ちょうどよかったのだろう。私も、お小遣いがほしかった。両親から受け継いだ商売人の血が、お給金を目当てに、仕事として引き受けるべきだと囁いた。


 私は、殿下と一緒に、学園の図書館で勉強するようになった。お給金は、王妃殿下の私費だった。ご自身の腹を痛めた殿下方の、異母弟が、成績不良では問題らしい。


「王家の威信が、かかっているらしいから」

どこか皮肉めいた殿下の口調の理由を私が知ったのは、ずっと後だ。


 王家の事情を私が知るよりも先に、私の父が、私が第四王子の世話係となったことを知った。私を愛してくれる父親だが、同時に沢山の従業員と従業員の家族の生活を預かる強かな大商人だ。父は、殿下に狙いを定めた。


 愛する人と永遠に結ばれない殿下であっても、殿下というお立場は魅力的だ。私達平民、特に、強かな父にとっては、本当に魅力だ。


 父は、第四王子殿下に私との婚姻を提案した。陛下の御意向も大切だが、まずは、本人達の意見をと父は考えてくれたのだ。第四王子殿下は、断った。王妃様に睨まれている自分と婚約したら、私の身が危ない、幼い弟を巻き込むかもしれないとおっしゃった。


 第四王子殿下は、それ以上は、何も語られなかった。


 父も、何も言わなかった。


 母は、気にせずまた来てくださいねと、お供なしで、お忍びでやってくる不用心な第四王子殿下に甘いことを言っていた。


 私は、私と弟の身の安全のために断ってくれたのか、断るために、私と弟の身の安全を気遣ってくださるふりをなさったのか、わからずにじっとしていた。


 弟は、機嫌よく部屋の片隅で積み木遊びをしていた。


 その日から、父の申し出について、第四王子殿下も、私も、口にすることは避けた。二人共、出来損ない王子と、平民のお世話係でいることを選んだ。暗黙の了解だった。

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