4日目 オム焼きそば

 「さあて、今日はパーッと楽しむよ!」


 並んでいるたくさんの準備中の屋台を見て、耳を揺らしながらイル姉は張りきっている。

 今日は年に一度の護神祭だ。

 護神祭とは、村を護る神である護神"ジャクソン"を讃える祭だ。

 この神は過去に実際に存在していたらしく、できたばかりのこの村を魔物の群れから幾度も護ったそうだ。

 村の名前もその神の名前からつけられている。


「でもその前に、イル姉もまずは準備を手伝ってくれよ」


 イル姉がこの村へ来て早くも1ヶ月、今俺たちも屋台の準備をしている。

 2人ではさすがに営業はできないから、始まる頃には何人かアルバイトがやって来る予定だが、準備は俺とイル姉の2人でしなければならない。

 手を止めてる暇はない。


「わかってるわよ~。でも、今からすっごく楽しみなの。修道院にいた頃はこんなことできなかったし」


 屋台の飾り付けをしながら、イル姉は少しふて腐れた声をあげた。

 本当に楽しみにしているのだろう。

 修道院では慎ましい生活をおくることが基本だったからか、このような祭は参加したことがないと以前愚痴っていたのを思い出した。


「始まったらバイトの子たちと交代で回っていいから、まずは頼むよイル姉」


 そうフォローを入れつつ、俺たちは準備を進めた。



 ☆


 正午を回り、護神祭が始まった。


 俺たちの屋台にアルバイトできたのはカンナ、レコン、ソウ、サイコの4人で、この村の子どもたちだ。

 今回もオム焼きそばを出すことにしている。

 イル姉はまるでそういう能力スキルを発動させているのかと疑うくらい、料理を毒物に変えてしまう。

 だから、料理は基本俺が一人で担当することになっている。

 イル姉は、それでは俺が屋台を回れないと言っていたが、俺は特に興味がないからいいと突っぱねた。

 イル姉を含めた他5人がシフトを決め、1人がドリンク、2人が会計と商品の引き渡し、他2人が休憩という風にしている。


 今はイル姉とレコンが休憩でいない。


「オム焼きそば一丁!」


 また1つ注文が入った。


 俺は慣れた手つきで鉄板の上で焼きそばを作っていく。元々あらかじめ調理をしてたものなので、ほとんど温めるだけである。そして、出来上がった焼きそばを、別で半熟まで焼いた溶き卵の上に乗せる。卵ごとそっとひっくり返して卵で包むとオムレツのような形になった。最後にソースとマヨネーズをかけて鰹節を塗して完成した。


 ここまでで所要時間は30秒もない。

 なんて簡単なのだろうか。

 焼きそばを卵で包んでオムレツのようにしようとしたのは、おそらく俺が最初に違いない。

 そして、これだけおいしいと気がついたのも俺が初めての人間だろう。

 このおいしさを伝えるためだけに、毎年俺は屋台を出している。

 おかげで今年も大繁盛だ。


「オム焼きそば一丁あがり!」


 出来上がった料理をサイコから受けとったのは若いカップルだ。

 男の方は村の自警団のうちの一人で弓使いで、マンドレイク農家のトムさんの孫のソーヤだ。

 たまに弓の整備をしに家に来てくれる。

 女の方は魔法使いだろうか。

 指にいくつかの魔道具ののような指輪を嵌め、腰には携帯用の杖をぶら下げている。


 初めて見る顔だ。


「ありがとう、レオン。今年も大繁盛だな!」


 手にしたオム焼きそばを彼女の方へと渡し、ソーヤは俺に声をかけた。

 新しく2つのオム焼きそばの注文が入り、作りながらそれに俺は答える。


「毎年、この屋台を出すのが楽しみで普段の仕事をしているからな。これを見ると皆も楽しみで待ってくれてたんだと思えて嬉しいよ」


 やってること自体は難しくないが、やはり祭で食べるというのもあるのだろう。

 皆おいしそうに食べてくれる。


「──それにしてもソーヤ、いつの間に恋人ができたんだよ。うらやましいぞ全く。村の外の人かい?」


 すると、ソーヤの顔はみるみる真っ赤に変化していった。

 その顔を見て、隣の女性も同じく顔を赤くなる。


「ま、まぁ、最近な。ちょっと前に隣町のポールで知り合ったんだ。ベッキーていうんだ」


 注文があった2つを作り終えた俺は、新しい注文を受けてまた作りはじめた。


「ポールで魔法使いとして冒険者をしています、ベッキーです。いつもソーヤさんがお世話になってます」


 彼女は頭を下げて挨拶をしてきた。


 ──なんて礼儀正しい娘何だろう。


 ソーヤには勿体ない気がする。


「いえいえこちらこそ、いつもソーヤは弓を持ってきてくれるので、ありがたいですよ。ソーヤ、お前には勿体ないくらいに礼儀正しくて可愛い娘だな!」


 こんなに可愛い彼女ができたソーヤが羨ましかったので、少しからかってやった。

 するとソーヤはすぐに答えた。


「そんなこと言ったら、最近レオンだってエルフの女の人と一緒に暮らし始めたじゃねえか! あれはどうなんだよ!」


 イル姉のことだろうか。

 確かに傍から見たらそういうふうに見えるよな。

 でももちろん、そんな関係ではない。


「あれは俺の姉貴分なんだよ。そんな関係じゃねえ!」


 そう、俺にとっては姉なのだ。

 だから、全く女性としては見られない。


「またまた~、そんなこと言っちゃって~」


 これはなかなか信じてもらえなさそうだ。

 そう思いながら、俺はできた新しいオム焼きそばを皿に盛りつけた。

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