5日目 花火
太陽も落ち空が暗くなったところで、この祭も終盤を迎えた。
護神祭は日が落ちると、村の神官が特別な白い服と不思議な形をした白い帽子へと着替え、村人の前で不思議な舞を披露する。
そうすることで、護神"ジャクソン"にこれからの1年を五体満足でおくれる様にと祈りを捧げるのだそうだ。
「フォー!!」
踊りながら、神官はたまに不思議な叫び声もあげている。
正直、この儀式は俺には退屈だ。
俺にはこの舞の良さがイマイチわからない。
だが、隣では目を輝かせたイル姉が興味津々で舞を見ていた。
特にあの、前へ歩いてるはずなのに後ろへと進む"月歩き"と呼ばれる動きが気になってるようだ。
どうやら自分が修道院で信仰していた神とは違うため、この儀式にもとても興味があるとのことらしい。
「すごいなぁ、やろうと思えば人もあんな不思議な動きができるんだなぁ」
そう言って楽しそうなイル姉を見ていると、俺も少し嬉しくなってくる。
昔だって笑顔は何度も見てきた。
ただそれは、楽しいや嬉しいといった感情のものではなく、優しさからくる子どもという保護対象への慈愛に満ちたものだった。
もしかしたら勘違いかもしれない。
だけど、昔とは違い、今は同じ高さでものを見ていることに俺は嬉しさを感じた。
そんなことを考えていると、不思議な儀式が終わった。
「すごかったねえ、あの舞!」
興奮覚めやらぬ状態のイル姉は、テンションが高いまま俺に話しかけてきた。
その様子を見た俺は思わずフフッと笑ってしまった。
「どうしたのよ、急に笑って~」
少しふて腐れ、両頬を膨らませたイル姉に俺は笑って答える。
「小さい頃のイメージと違って、子どもみたいな反応をするんだもの。そりゃ笑うよ」
すると恥ずかしくなったのか、イル姉の顔は紅潮してしまった。
これもまた新鮮な反応だ。
だが、これ以上やると恥ずかしさからいじけてしまいそうなので、ここでやめておく。
「イル姉、さっき屋台で買ってきたんだけど、これから花火だし一緒に見ながら飲まない?」
そういって俺は、手に持っていた麦で作られた酒をイル姉に差し出した。
修道女は酒のような物は禁止されているが、今の彼女は違う。
これくらい付き合ってくれるだろう。
すると、イル姉は再び目を輝かせた。
「わあ~、私1度飲んでみたかったの! ありがとうレオン!」
すっかり慣れて言い間違うことがなくなった俺の名前を呼び、イル姉は嬉しそうに俺から酒を受け取る。
そのまま2人で花火を近くで見られる場所まで移動し、そこで打ち上がるのを飲みながら待つことにした。
川原の芝で、俺は座り込む。
すると、すぐにイル姉が俺の右隣に同じように座ってきた。
「「かんぱ~い!」」
そうして、2人で酒を飲みはじめた。
久しぶりに飲んだが、ここの地酒はおいしい。
隣では初めて飲んだ酒にイル姉は少し訝し気な顔をした。
──おいしくなかったか?
「不思議な味~。独特の苦みがあるけど、おいしいわね!」
「それはよかった。気に入るか少し不安だったよ」
心底おいしそうな様子でまた一口飲んだ様子を見て、俺は喜んだ。
そんな話をしていると、一発目の花火が打ち上がった。
「うわぁ~、きれ~」
本当に綺麗だ。
先ほどの不思議な舞よりもよほど良いと思う。
イル姉は花火も見たことがなかったのだろう。
初めて見るものすべてに好奇心を示すイル姉を見ていると、修道院の慎ましやかな生活は彼女にとって合わなかったのではと思ってしまう。
「イル姉は、どうして修道院にいたんだ?」
酒のせいもあるからか、普段なら聞かないことを勢いで聞いてしまった。
修道院へは、よほどの信仰心のある者か、訳ありの者かどちらかしかいない。
どう見ても信仰心の欠片もなさそうな彼女は訳ありな部類だろう。
少し考えた後、イル姉は努めて明るく聞こえるように話しはじめた。
「私もレオンと同じ、孤児だったんだ」
やはりか、想像してた通りだった。そのまま彼女は話を続けた。
「簡単な話。レオンと同じ孤児院出身でね、15歳になったときに、花屋さんで働くようになったんだ」
思わず花火ではなく彼女の方を見た。
初耳だった、まさか俺と同じ孤児院出身だったとは。
そして花屋か。
普段のイル姉ではあまり想像できない。
花より団子とか言ってそうだ。
「でもね、私はエルフでしょ? この村では結構寛容だけど、人の多い場所では差別が酷くて、花屋さんでもお客さんからたくさんの意地悪をされちゃったんだ」
俺はちらりとイル姉の方を見てみた。
よほど辛かったのだろう。
顔は笑って花火を見ているが、身体は小刻みに震えている。
「これじゃ私自身の身が危ないって思ってね、花屋さんはひと月でやめて、あまり人と会わない修道院に入ったんだ」
手に持っていた酒を一口飲んで、イル姉は慌てて続けた。
「あぁ、ごめんね。全然そんなしんみりすることないから。最近はここで自由にやれて楽しいし、あの頃だって孤児院で君と話すのが楽しかったんだよ」
すごく優しい声で、花火ではなく俺の方を向いて彼女は言った。
その声はあの頃の慈愛の込められたものだった。
俺は思わずイル姉から目をそらし、花火の方を向いて話した。
「──イル姉がここにいたかったら、いつまでだって居ていいよ。俺だって楽しいし、最近は前見られなかったイル姉の新しい一面をたくさん見ることができてる気がして楽しいんだ」
まごうこと無き本音だ。
どうして人間は本音を伝えるときに恥ずかしさを感じるのだろう。
顔が熱くなってきた。
そう思っていると、イル姉は立ち上がり、俺の視線の先へ移動した。
そしてこちらを向き、花のような笑顔になった。
「それじゃお言葉に甘えて、いつまでもそばにいるね」
その言葉を放った彼女の背後には大きな花火が打ち上がり、彼女の綺麗な金髪を美しく照らしていた。
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